第2話 その面接は突然に-2


 ――面接の日がやってきた。

 といっても昨日の今日だ。変に気構える時間も、余裕もない。

 服は適当だが下はグレーのスラックス、上は白のワイシャツにネイビーカラーのジャケット。

 ネクタイはしっかり締めるとがっつきすぎだと感じたので、ループタイ(留め具のついた紐状のネクタイ)にした。

 いわゆる〝ビジネスカジュアル〟という奴だ。髭も元から薄いがきちんと剃ったし、見苦しくない程度には、外見を整える事が出来ただろう。


「……そろそろ行くかな」


 咥えていた煙草を灰皿に押しつけ消火。その後は消臭剤を全身に吹きかける。

 念のためにバッグの中も確認した。書類は昨日準備して印刷した物が入っている。筆記用具もシャーペンから万年筆まで入っている。いざという時の為の、お断りプランも考えた。

 これで準備完了だ。


 さあいこう、もしかしたらホワイトなベンチャー系かもしれないし。

 自分に言い聞かせるように、アパートの扉を開けた。






 ―――――― ◆ ◇ ◇ ――――――






 約束の15分程前にカフェに着いた。着いたはいいが……。

 目の前の駐車スペースに、場違いにも程がある真っ赤な高級車が止まっていた。これは、スポーツカーか?

 車に詳しくない自分でも、相当なお値段だろう……ということが分かる。

 どうせ、何処か別の場所に用があって留めているだけだろう。こういうことをやる奴は。そう思いつつ、店内へと向かう。


「あ、雨宮君。いらっしゃい、お客さんが来ているよ」


 店に入ると、馴染みになった店長が声を掛けて来た。

 店長は大手商社を定年退職後、コーヒー好きが高じて店を開いた人だった。ビジネスマンとしても、男としても経験が豊富な紳士ジェントルマンだ。

 人柄も穏やかで、馴染みになってからは良く相談に乗ってもらってもいる。


「もしかして彼女さんかい? あの一番奥の席だよ」


 店長が穏やかに笑って、皿を磨きながら店の奥を差した。視線を向けるとそこには――


 ――美人だ。そうとしか、心の中で言葉が出なかった。

 年齢はおよそ20代前半というところだろう。

 黒、いや……濡羽色ぬればいろというのか。照らす光が、髪の色を変化させている。

 着込んだこんのスーツも、オーダーメイドなのか彼女の身体にぴったりと合っていた。

 窓の外を眺めながら、肩まで伸びた髪をかき上げる姿。微笑みを称えた表情。


 このままずっと眺めていたい――


「ははは……ほらほら、早く行ってあげなよ。彼女、30分くらい前から待ってるんだ」


「あ、あぁ……ありがとうございます」


「あとでいつものコーヒー、持って行くよ」


 店長に声を掛けられて、現実に引き戻される。

 それに、あの人が面接の相手なのか、という非情な現実も突きつけられた。

 あんな人と……まともに話せる気がしない……。


「あの、……すみません。お待たせしました、雨宮です」


「雨宮さん! すみません、ちょっと早く着きすぎてしまって……私が、昨日お話させて頂いたアスカです」


 奥の席へと足を進め声を掛けると、彼女は立ち上がり手を差し出してきた。引き寄せられるようにその手を握り返してしまう。

 彼女はそのまま、向かいの席を勧める。


「それでは、さっそく面接させて頂きたいんですけど……ご用意頂いた書類をこちらで拝見させて頂く間、こちらの『適性検査てきせいけんさ』をやっていただいていいですか?」


 お互いに席につくと、彼女はバッグから10枚ほどの紙束を取り出した。

 目を向けると、紙束はコピー用紙のようなものではない、羊皮紙ようひしのような紙質。そこには選択式の質問が記載されているようだ。

 紙での適性検査というのもなかなか珍しい。集計が面倒だろうに。


「そちら、選択式の問題になっていますので〝それぞれ良く読んで〟答えてくださいね。あ、書類頂いてもいいです?」


「あ、はい。こちらです」


 バッグから書類を取り出し、クリアファイルごと彼女に渡す。彼女は微笑んでそれを受け取り、読み始めた。


「時間はいくら掛かってもいいですからね。というか、時間が掛かった方が私が楽出来るっていうか……ね? のんびりやってもらって良いですよ」


「ははは……わかりました」


 渡された適性検査紙に目を通す。

 ひとまずは全てを斜め読み。1枚につき9……いや、10問ずつの設問が記載されていた。

 内容的には一般的な性格診断のようだが、倫理観を問うような問題が多い。

 ただ、それぞれの紙の最後に『この用紙に全て回答したら、チェックを入れてください』という質問が入っていた。チェックシートなんかにある最終確認用だろうか。


 改めて問題を読み込み、答えていく。こういう問題の解答は自分をよく見せるのが一般的だ。ウケの良い回答をすればいいのは分かっている。

 ……ただ、曲げられないものはある。自分が〝そうだ〟と思った答えを曲げてはいけない。むしろ、そういう方がウケがいい場合が高い。

 そう考えながら答えていく。






 ―――――― ◆ ◆ ◇ ――――――






 そうして、回答を全て終えた。

 実質90問、そこそこの時間は掛かる。途中で店長がコーヒーを持ってきてくれたが、最後のチェックを終えた後に口をつけるとぬるくなっていたし、目の前の彼女は、いつの間にかパフェやパンケーキを頼んで完食していた。


「終わりました、これで良いですか?」


「はい! ではこちらは後ほど拝見させて頂きます。それでは早速、いくつかお聞きしたいんですが――」


 彼女は適性検査紙をバッグにしまい、口を拭うと笑みを向けて来た。

 そして面接が始まる。自己紹介や、これまでの経歴、使ってきたツールやソフトウェアなど、これも一般的な面接内容だ。

 話してみると彼女は聞き上手だった。

 話術が巧みというのか、人の話を聞き、その意図を引き出すのが上手い。

 その上、言葉を着飾らないので、話しているうちに緊張もほぐれていく。

 この面接の結果がどうであれ、この人と話せた事自体が良い思い出になる気がした。


「以上でこちらがお伺いしたいことは以上ですが――」


 <Pppp...>


「あっ、すみません。ちょっと中座させて頂きますね!」


 彼女の懐から電子音が鳴る。どうやら急ぎの連絡らしく、バタバタと店の外へ出て行った。

 その外見の美しさとは若干のギャップを感じる騒々しさ。実はそういう性格だったりするのだろうか。


 待っている間に窓の外から眺めてみると、スマホで何か話しているのが見える。

 笑ったり何か驚いたり、表情が豊かなようだ。


 暫くして、彼女が戻ってくると――


「すみません、お待たせしました。……それで、急なんですけど」


 コホン、と咳払いをして、彼女は真面目な表情を。


「今、雨宮さんの事を部長と話しまして……もしこの後お時間あるようでしたら、是非、このまま最終面接させて頂きたい、とのことでした」


「――お時間、大丈夫ですか?」






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






「…………は、い……?」


 ――時が、止まったような気がした。


 一次面接をして、すぐそのまま最終面接なんて、普通なら〝ありえない〟事態。

 いくら人手の足りない会社であったとしても、アルバイトならまだしも、社員待遇を前提とした面接ならもっと長く、複雑な過程フローがあるはずだ。

 昨日抱えた不安が、再燃する。


「もちろん、部長との面接の上、お断り頂いてもかまいませんし、私がお送りしますので……どうでしょうか?」


 彼女が申し訳なさそうに言葉を続ける。

 宗教の勧誘や、マルチ商法ならこんな顔はしないだろう。もしもそうだとしたら、稀代の悪人か詐欺師のはずだ。

 悪人なら、もっと裏に隠した〝顔〟がある。意図的に作られた〝表情〟というものがある。それが見え隠れするものだ。

 しかし、彼女にはそんな気配はみじんも感じられない。人を騙す、といった意図はなさそうだ。


「あ、あぁ、いえ、はい……大丈夫、です」


 ――断ってしまっても良かったのに、応えてしまった。

 途端に彼女の表情が満面の笑みに変わる。


「ありがとうございます! それじゃ、早速行きましょう!」


 彼女に導かれるまま、コーヒー代を払い店を出る。店長は微笑んで送り出してくれた。

 店を出る時につまずきかけたが、彼女はなぜか「」と言った。もしかしたら彼女と歩調が合っていなかったのかもしれない。

 そのまま、先の高級車の前まで足を進め……これ、彼女の車だったのか。


「じゃあ乗ってください。ちょっと遠いので、お休み頂いてて良いですよ」


 言われた通りに助手席に座る。

 シートは柔らかく、程良く背中を包み込み、高級なソファのような座り心地だ。

 そんなもの、これまで座ったことも無いのだけれど。


 エンジンが掛かり、穏やかに車が進み始めた。細かな振動が睡魔を呼び、徐々に眠気が増していく。

 初対面の相手の車で、寝落ちる訳なんていかない、のだが……。


 ――……意識が、ゆっくり、と、落ち、て、いっ……た…………――――






 ――――――――――――――――――――


 ◆雨宮が躓いた理由

  よくある呪詛返しです。悪態もまた呪詛、返されれば痛い目を見るのですね。

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