こちら異世界管理局! ~World Wide Watcher’s~

@rin_skgm21

Prologue ようこそ異世界管理局!

第1話 その面接は突然に-1


「……ん、んぁ……?」


 日差しが顔を照らす。開け放ったままの窓から吹き込む風は冷たく、冬が差し迫っていることを告げていた。

 身体をでる冷たさか、それとも内側から巻き起こる空腹のうごめきか、ふいに目が覚めた。

 ああ、もう昼を過ぎているのだろう。下手すれば夕方か。


 ――なんという昼夜逆転生活。昨日の夜中、4時頃までセールで買ったデジタル積みゲーを消化していた、というのが明確な理由だ。

 流石に戦記物をぶっ通しでクリアしようなんてのは、無茶が過ぎた気がする。


 ……というか、今何時だ?

 枕元のスマホに手を伸ばす。時計が示した時刻は、14時32分。昼というには遅く、夕方というには早い。おやつの時間ですらなく、黄昏の差し込む頃合いとも言えず。

 なんとも中途半端ちゅうとはんぱな時間だ。


「あちゃー……。今日は早いうちに買い出し行っておこうと思ったのに」


 寝ぼけた眼でスマホに届いた諸々の通知にも目を通す。ソシャゲの通知、SNSやチャットアプリが繰り出すどうでも良いニュース。

 そして、友人に宛てた連絡の返信。


「――――……、そっか。仕方ないよな」


 内容は、誘いの断りの連絡だった。

 加えて、もう連絡してこないでほしい。という絶縁の願い。

 きっと、彼にとって〝この自分〟は、悪く映ってしまったのかもしれない。


 ――少し〝優しすぎた〟かな?

 まあ、何時ものことだ。上手くいってる、と思ってたけど仕方ない。


 今までありがとう、と簡単に返事を返そうとして、止めた。

 そのまま、また別のスマホの通知を眺める。

 最後の方に、埋もれるようにこの間行った面接の結果を知らせるメールが届いているのに気づいた。


 〝選考結果のご連絡〟という題名で予測は出来ている、が……少しだけ緊張する。こういうものは開けてみなければ分からない、どっかの学者シュレーディンガーも猫を犠牲にしてそう言ってのけた。

 そんな自分に、ははは、と苦笑しそうになりながらメールの文面を開き。




 ――――――――


 雨宮アメミヤ 幸彦ユキヒコ 様


 時下じかますますご清栄せいえいのことと存じます。


 この度は、弊社へいしゃ求人にご応募いただきありがとう誠にございました。

 慎重なる書類、作品選考の結果、この度は残念ではございますが、

 貴方様のご希望に添いかねる結果となりました。

 誠に申し訳なく存じますが、ご了承りょうしょうくださいますようお願い申し上げます。


 末筆まっぴつではございますが、貴殿きでんの今後のご活躍をお祈り申し上げます。


 ――――――――



「――やっぱりなぁ」


 届いたのはいつもの〝お祈りメール〟という奴だった。


 雨宮幸彦、34歳。元ゲーム開発者……といってもエンジニアではなく、プランナー寄りの作業をしていたのだが、半年ほど前に仕事を辞めた。

 デバッガー出身だが、勤めた会社がいわゆるブラックだった事もあって、ろくな実績もなく、転職活動の花になるようなスキルもない。

 独学でゲームエンジンを勉強してはみたものの、それでも特に作りたいものも、情熱も持てなかった。

 つまり、いろいろやったがどれも中途半端に終わってしまった。

 とはいえ、これ以上この企業に勤めていても先はない、と離職を決め、転職活動をして……完敗している。


 まあ、仕方ないよネ! 応募してるのは有名どころばっかりだったし。

 現実は非情である。という結論が突きつけられるのには割と慣れたものだ。






 ―――――― ◆ ◇ ◇ ――――――






「……とはいえ、そろそろ本格的にどーにかしないとなぁ。いろいろ切り崩しても……持ってあと数ヶ月ってとこか」


 ごろり、と寝返りを打って、おもむろに積み上げている漫画の山の間から、求人誌を手に取る。

 昨今の世界的な危機、加えて日本の経済状況、その他諸々……。そういった条件が折り合い重なり、良い求人というのはなかなかないものだ。

 世の人々なら〝職なんてえり好みしなければある〟というだろう。ただ、それでも今までやってきたことを活かしたい、というただ一点の我が儘プライドにしがみついて、足掻あがいているだけ。

 〝そうあるべき〟という意志が働いているだけの話だ。


 しかしまあ、それでも食べるに困れば致し方ないというところはある。

 求人誌をめくりながら、ぼんやりと考える。

 今の時代ではネットでも探すことは出来るが、たまにこうして求人誌を見てみると、業種は全く違えど面白い求人があったりもするものだ。


「…………んん?」


 求人の中に目を引くものがあった。

 求人誌の片隅、最も小さい枠に掲載された味もそっけもないような求人内容。

 歩いていて、ふと黒曜石を見つけたような……そんな気分で目についた求人に目を通す。



 ――――――――


 雇用待遇:正社員(試用期間3ヶ月の間は契約社員待遇とする)

 職務内容:クライアントとの折衝せっしょう

      及びチーム運用、及び他チームサポート

 勤務時間:応相談(原則フルタイム8時間制)

  勤務地:要相談

   休日:完全週休2日制(ただし出張等による臨時出勤等あり)


 ご興味をお持ち頂けた方は下記までご連絡ください。

 World.Wide.Watcher's Tel:xxx-xxx-xxxx


 ――――――――


 普段なら目にもとまらないような求人だ。ああだこうだと着飾きかざった文章すらない。というか最低限の内容すら満たしていない気がする。

 ただ、それでも何か目を離せない。


 ――そういえば、クライアントとの折衝せっしょうならデバッグ業務で結構やったし、プランナーになってからは、チーム運用もそれなりに関わった。

 業種も相対するクライアントも全然違うだろうが、もしかしたら今までの仕事が活かせるかもしれない。

 そんな僅かな希望が、小さく、ほんの小さく湧き上がった。


「……とりあえず、連絡だけでも入れてみるか」


 そろそろ15時にもなろうという所、普通の会社なら昼休みも終わって業務に戻っている。

 ちょうど時間的にも落ち着いている頃だ。そう考え、スマホを操作する。

 ……思いついたらとりあえずやってみる、という性格にも難儀なんぎしてきたが、こういう時は役に立つものだ。






 ―――――― ◆ ◆ ◇ ――――――






<Prrrr...Prrrr...>


「はい、こちら受付担当です」


 3コールも待たずに電話は繋がった。相手の声は明朗めいろうな女性のもの。

 女性と話す時は、これまた少し緊張する。賢者どうていだし。


「お忙しいところ恐れ入ります、求人誌を拝見してご連絡させて頂いた――」


『あぁっ! 面接希望の方ですかぁ!?』


 急に相手の声色が変わった。驚いてスマホを落としそうになる。

 ……あんな求人内容で、あんな小さな枠なら連絡してくる希望者も少ないだろうし、わからなくはない。というか、アレで本気で雇う気があったのか、とすら思う。


『あ、オホン……失礼しました。この度は面接のご希望ありがとうございます。つきましては早速面接の日程などお話させて頂きたいのですが……』


「ありがとうございます。あの、書類選考などは?」


『それは面接の折に拝見させて頂きますのでご安心ください』


 徐々に女性の声色が戻ってきた。

 彼女もよほど恥ずかしかったのか、声色に照れが見え隠れしている。


『そういえばお名前を伺っておりませんでしたね、私はアスカ、と申します』


「すみません、失礼しました。私は雨宮と言います、よろしくお願いします」


『はい! こちらこそよろしくお願いしま――』


『では面接なんですけれども、弊社は面接の形態が少し特殊でして……何処か雨宮さんのご近所にカフェとかありませんか?』


 お互いに名乗りあったところで、相手の方から話を切り出してきた。

 なんというか、初対面の相手に頭を下げたら相手も下げてきて、ゴチン! なんて頭をぶつけあってしまったような気分だ。


 カフェ? まさか、この近くまで来て面接するつもりか?

 普通ならまず無いことだ、転職エージェントと会うとかならまだしも、普通はこっちから伺う、というのが筋だろう。

 ……まさか、マルチ勧誘かんゆうとかじゃ……? なんて一抹の不安がよぎる。


「カフェ、ですか……ああ、駅前にありますが、こちらの方まで来て頂ける、ということでしょうか? オンラインなどではなく?」


『はい、弊社が採用を行う際の一次面接は、志望者の方のご近所で直接行うことになっておりまして。ご面倒おかけしてすみません』


「いえ、こちらこそ。でしたら…………」


 近隣駅、そしてその近くにあるカフェの住所を伝える。

 縁あって店長と馴染みになり、時折利用している場所だ。


『わかりました、大丈夫です、ではそちらで面接させて頂きますね、お時間はいつ頃がよろしいですか?』


「そうですね、こちらとしては今週一週間の間であれば何時でも可能です」


『それでしたら急なんですけど、明日の……そうですね、明日の13時などいかがでしょうか?』


「明日ですか!?」


 ――流石に急が過ぎる! すっとんきょうな声で答えてしまった。

 ひとまずは、小さく咳払いをして取り繕う。


「ああ、いえ……すみません。明日大丈夫です」


『はい、でしたら明日13時にて設定致しますね。面接には私がお伺いします!』


 この人が来るのか……?

 ここまでの状況の流れは、イレギュラーの中のイレギュラーと言ってもいい。面接の時点で好待遇が過ぎるというものだ。

 ……でも、彼女の声から誰かを騙そう、というような悪意は

 不安は募る、が最悪……騙されそうになったらなんとか逃げ出せばいいだろう。


『それと、当日はこれからお伝えするものをご持参ください』


 彼女から伝えられたのは履歴書、職務経歴書、といった一般的な必要書類だけだった。

 その辺りの準備なら既に出来ている。用意するのは問題ない。

 服装も自由で良い、と言われた。とはいえ流石にジャージで行くような無作法は出来ない。適当な服を見繕っておこう。


『それでは、明日お会いできるのを楽しみにしています。よろしくお願いします』


「こちらこそ、さっそくお会いできる機会を頂きありがたく存じます。どうぞよろしくお願いします。……では、失礼致します」






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






「……とりあえず、明日か」


 電話は難なく切れ、後には明日面接する、という約束が残った。

 ……いや、本当に大丈夫なのだろうか、という不安も残る。

 ただ、もう動き出してしまったのだからどうしようもない。自分で動き出したのだから、仕方がない。

 とりあえず、やるだけやって駄目ならそれまで、騙されたならそれはそれ、裏切られたならそれもまたそこまで。

 流れ始めた水は止められないのだから、やるだけやってみよう。


 ――その選択が正しかったかどうかは、どうせ

 〝O world, 嗚呼、人の世の thyなんと  slipperyうつろいturns!易きことか!〟なんて謳ったのは、何処の誰だったっけ。






 ――――――――――――――――――――


 次回から後書き欄に設定メモやちょっとした解説などを書き残したりします。

 ご興味のある方はあわせてご覧下さい。

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