第3話 箒と雑巾でできる簡単な錬金術(1)
ジジ……という電子音の後、溌剌とした男子生徒の声が放課後の校内に響き渡った。
『さぁ、やってまいりました第1回校内野球大会!実況を務めます野球部の
『解説を務める女子生徒の味方、数学科の
放送に観客席(廊下の窓際)の生徒たちが大いにざわつく。
「誰だよ解説にエセホスト呼んだの!」
「暇だったんだってよ」
「いいのか先生それで……」
『宮本先生。今回の大会の発案は清水先生だそうですけれども』
『凛ちゃん気持ち悪い位上機嫌やったで』
清水の不気味な笑いを思い出して宮本は「おお怖」と身震いした。
『では選手の紹介に移りましょうか。まずは問題児の寄せ集め、チーム清水からお願いします!』
『えーと、右端からアホ、優等生もどき、無口ノッポ、ゴリラやな』
「……やっぱり、エセホストじゃダメじゃない?」
「……そうかも」
窓から身を乗り出した女子生徒2人がそう話していると、宮本はくるりとそちらを振り返って大声で言った。
『冗談やって!かわいい子達が見とるのにあんな適当な紹介で終わらせる訳ないやろ!』
「えっ、今の聞こえてたの」
「こわ、地獄耳じゃん」
『えっ、引かれた……』
『あの先生、しっかりとした紹介お願いできますか?』
『あーはいはい。右端から2年の霧島勇人、桜木奏太、
『2年生はおなじみ問題児トリオですね。選手に意気込みを聞いてみましょう!』
「……何でこんな事に」
奏太はマウンド(とされている昇降口前)で遠い目をしながら、ぼーっと校舎を見上げた。
「やっべー!満席!皆見てるかー!?」
「……。」
霧島は校舎から観戦している生徒達に手を振ると、仏頂面で隣に立つ多田野に声をかけた。
「にしても、多田野が遅刻なんて珍しいよな」
「……そうだろうか」
「何かあったの?」
奏太と霧島が多田野を見上げる。
多田野は表情筋をピクリとも動かさないまま、難しい顔でボソリと呟いた。
「……野良猫を見ていたら昼を過ぎていた」
「「えっ」」
意外な理由に目を丸くした2人は、放送席の大野から呼ばれて慌ててそちらへかけていったのだった。
『それでは意気込みをお願いできますか?』
『絶対勝つぞー!』
『まぁ、頑張ります……』
『……ああ』
『全力で楽しむからな……フフッ……フフフフ……』
「え、マジで怖いな」
「清水先生の笑いとか不気味すぎだろ……」
『え、ええと……それでは清水チームの対戦相手である
大野は、清水のあまりの不気味さに身震いしながら逃げるように次のチームの紹介に移る。
『お、相手チームは歴史考古学なん?』
『はい!先生、選手の紹介をお願いします!』
『えーと、同じように右端から3年アホ、2年ドアホ、1年確信犯アホと、
『植木先輩に
2度目のやりとりに諦めたのか、大野がやや死んだ目をしながら宮本の紹介を訂正する。
『それでは早速意気込みを……あ、ちょっと!』
『
植木に渡されたマイクを強奪し、二階堂が観客席に手を振る。
暫くすると他の生徒達に連れられて、ある女子生徒が顔を出した。
『あ、いた!』
「まったく、どうしたのよ……」
雪ノ下と呼ばれた女子生徒は黒髪のツインテールを揺らしながら、マウンドを見下ろす。
その目は心底面倒くさいと主張していた。
『いやぁ、あのぉ……』
「なに、言いたいことがあるなら言いなさいよ」
『じ、実は……』
『さっき、先輩方とやらかして自分らまた反省文書くことになりました!』
「よーし、そこで動かず待ってなさい。私がはっ倒してあげるから」
効果音をつけるならドスドスといったところだろうか。
有言実行とはまさにこの事。マウンドに降り立った雪ノ下は男子3人を右から順にはっ倒した。
「アホ共、これで今月何回目よ!?」
「3?」
「4?」
「6っすね」
「7よ馬鹿!」
「「あだっ」」
『桐が咲高校名物、歴史考古学部のお家芸が早速炸裂しました!』
『完全に進行止まっとるけどええの?』
『あっ……。雪ノ下さーん、とりあえず後ででもいいですかー……?』
「ええと、雪ノ下さん?ほら、大野くんが困ってるから……」
小言を続ける雪ノ下の後ろでオロオロとするのは顧問である今泉。
雪ノ下はその言葉で自身に集まる視線を初めて自覚した。
「え、ちょとやだ!え、ええと……と、とにかく試合が終わったらお説教だから!いいわね!?」
「ほーん」
「おう」
「うっす」
3人が返事をするのを見届けて雪ノ下は急いでマウンドから退場する。
観客席の生徒達は(いつも大変だなー)とそれを眺めていたのだった。
『それでは改めまして、植木先輩から意気込みをどうぞ!』
『まあ程々に頑張るわ』
『やるからには勝つぜ!』
『そんなことより部活対抗反省文枚数レースで優勝しそうなんすけど、そこんとこどうなんすかね』
『あ、あはは……活動停止にならないといいわね……』
植木はやる気なさげに。
笛田はやる気十分に。
二階堂はそれどころではなく。
まとまりのない部員達に今泉は苦笑を浮かべた。
『選手紹介も終わったところでいよいよゲーム開始です!ルールは簡単、攻撃チームは球を打ったら校舎内に置かれたベースまで走ってください。守備のチームはベースを踏まれる前に走者に球を当てる、もしくは先にボールを持ってベースを踏んでください。』
『はーい、そんでもって今回使う道具がこれな』
そう言って宮本が手に持ち掲げたのは、紛れもなく掃除で使う箒と丸められた雑巾だった。
それを見た生徒達はもれなく全員思考を停止させ、辺りは沈黙に包まれる。
「小学生かよ!?」
暫しの間の後、観客席の1人がそう叫んだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます