第43話・謝罪と別れ



「ディスタル、行くぞ」


 三日後、リカルドはウクブレスト側にディスタルを引き渡すために、彼を迎えにディスタルに貸し与えている部屋へと向かった。


「ディスタル、今からウクブレスト側との待ち合わせ場所へと向かう。念のため、これを付けてもらう」


 リカルドが手枷を掲げて見せると、ディスタルは素直に両手を差し出した。


「まるで、囚人のようだな」


 と笑うディスタルに、リカルドも笑う。


「実際、囚人のようなものだろう」


「まぁ、確かにな」


 確かに囚人のようだが、そうと思えないほどの堂々とした様子に、リカルドも笑ってしまった。

 ディスタルとの会話は、軽快で楽しい。

 つい先日まで、殺し合いをしようとしていた相手とは思えないほどに。

 やはり彼は自分にとっては友人でもあるのだと、リカルドは思った。


「あ……」


「アリア……」


「リカルド様……」


 ディスタルを護送するための馬車へと向かう中、アリアの姿を見かけたリカルドは、足を止めた。


「リカルド様、今から出られるのですね」


「あぁ、そうなんだ。アリアは、今から大ばば様のところかい?」


「はい、そうです」


 頷いたアリアは、ちらりとリカルドの隣に立つディスタルへと視線を向けた。

 ディスタルの方も、アリアに視線を向けており、リカルドは一瞬二人の間に入るべきかと考え、止めた。

 今のディスタルには、アリアをどうにかしようという気はないはずだ。

 もしもの時には、アリアの目の前であろうが、命を奪うつもりで、リカルドはアリアの視線の先に居るディスタルに目を向ける。


「この三日間、ずっとお前の歌を聴いていた」


「え?」


 ディスタルの言葉に、アリアはとても驚いたらしく、驚いたその表情のままディスタルを無言で見つめていた。

 ディスタルはそんなアリアを見て小さく息をつくと、


「いろいろ、すまなかったな」


 と、はっきりした口調でアリアに謝罪した。


「いえ、あのっ……」


「何だ?」


 アリアはディスタルに何かを言いかけたが、俯いてしまった。

 だが思い切ったように顔を上げると、口を開く。


「ウクブレストでは、いろんな事がありました。辛かった事も、怖かった事も、いろいろありました。でも……」


「でも?」


「あのいろんな事があったから、私は今、ここに居るのです」


 真っ直ぐに自分の顔を見てそう言ったアリアに、ディスタルはくしゃりと笑って頷いた。


「確かに、そうかもしれないな」


「はい」


「では、な。最後に君と話せて良かった」


「はい、私もです。お気をつけて」


 ぺこりと頭を下げたアリアに、ディスタルは頷く。


「ディスタル様、ウクブレストまで、お気をつけて」


「あぁ、ありがとう」


「リカルド様、お帰りをお待ちしています」


「あぁ、ありがとう、アリア」


 手を振るアリアに、リカルドも手を振った。

 ディスタルはそんな二人を見ずに、先に歩いて行った。






「リカルド様、お兄様!」


 引き渡し場所である、戦いがあった国境までディスタルを迎えに来たのは、ターニアだった。


「ターニア、君が来たのかい?」


「はい……あの、リカルド様、この度は愚兄がご迷惑をかけ、申し訳ありませんでしたっ」


 ターニアはそう言うと、勢いよく頭を下げた。

 リカルドは、事が事だけに、気にしなくてもいいよとも言えず、ただ苦笑する。


「もう既にお聞きかもしれませんが、両親と共に王宮の一室に閉じ込められていたところを、ステファン様に助けていただきました。本当に、なんとお礼を言っていいか……」


「いや、無事で良かったよ。アリアも心配していたからね」


「おい、ターニア、行くぞ」


 リカルドとターニアの話を、ディスタルが遮った。

 ターニアは勝手なディスタルを睨みつけたが、ディスタルは何も感じないらしく、


「じゃあな、リカルド」


 と言うと、一人でさっさと馬車に乗り込んでしまう。


「あぁ、ディスタル。ターニアも、元気で。これ、ディスタルの手枷の鍵だから」


 リカルドが小さな鍵をターニアに渡すと、彼女を急かすように、ディスタルがまた声をかけた。


「おい、ターニア、行くぞ!」


「もう、お兄様ったら! リカルド様、では、失礼いたします」


 ターニアは、何度もリカルドに頭を下げて、申し訳なさそうに馬車に乗り込む。

 動き出した馬車を見送り、リカルドは深い息をついた。






 フレルデント王宮に戻ったリカルドは、ディスタルを迎えに来ていたのはターニアで、元気そうだったという事をアリアに伝えた。

 アリアは、良かった、と呟いたが、その表情は安心したようなものではなく、どこか不安そうな表情をしていた。


「どうかしたかい?」


「リカルド様、あの……ウクブレストでは、まだ何か起こっているのでしょうか?」


「どうして、そう思うんだい?」


「それは……ディスタル様が、別人のように変わられたから……。それに、あの時……私がディスタル様に連れ去られた時、私はディスタル様から逃げるのに必死だったのですが、後から考えると、おかしな事が多かったように思うのです……」


「おかしな事?」


「ディスタル様が私を攫って逃げていた時、ディスタル様は何かに気付いて、驚いたように馬を止めて、どういう事だ、と呟かれたのです。そしてその時にディスタル様が見ていた方向は、ウクブレスト王宮がある方向でした」


 アリアは一度言葉を切ると、少し考え込んで、続けた。

 その時の事を、必死に思い出そうとしているようだった。


「それからすぐに、コウリンとカゲツヤが現れたから、ディスタル様は突然現れたドラゴンに驚かれたのかとも思ったのですが、それは違うような気がします。それに、私を助けてくれた時にコウリンとカゲツヤは、ひどい怪我を負っていました。一体、誰が二匹のドラゴンを、あんなにも傷つけたのでしょう?」


「なるほど、ね」


 アリアの言葉を最後まで聞き、リカルドは頷いた。

 おっとりとしているようで、かなり鋭いと思う。

 だが、リカルドはもう彼女をウクブレストに関わらせたくなかった。


「アリア……もしもウクブレストで何かが起きていたとしても、それはもうウクブレスト側の問題だ。我々フレルデントには関係ない事なんだよ。戦いも、終わった事だしね」


 リカルドが諭すように言うと、アリアは素直に頷いた。


「それに、確かにディスタルは、人が変わったようだったかもしれないけれど、君があいつを気にするのは、妬けるな。僕より、あいつの方が良かったのかい?」


 ウクブレストからアリアの意識をそらせるために口にした事だったが、半分は本心だった。

 アリアはディスタルの婚約者だったのだ。

 態度の変わったディスタルを目の当たりにして、心が揺らいだのではないかと思ってしまう。


「リカルド様、それは、ないです。ただ、最後にお話した時のディスタル様の変わりようが、気になってしまっただけで……」


「そう、良かった」


 リカルドは安心したように息をついた。


「アリア、いろいろとあったけれど、ウクブレストとディスタルの事は、もう忘れてほしい。そして僕らは、幸せになろう」


「はい、リカルド様」


 リカルドは彼女の意識を自分に向けられた事を安堵しつつ、もう会う事もないだろう友を想い、アリアを引き寄せ、抱きしめた。


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