第42話・後悔
ディスタルの身柄は、三日後にウクブレストに引き渡される事になった。
戦いがあった国境あたりまで、ウクブレスト側がディスタルを迎えに来る事になっている。
リカルドがそれをディスタルに伝えるために、彼に与えた部屋を訪れると、ディスタルはベッドの中で目を閉じていた。
眠っているわけではない事は、彼の口元が笑みを浮かべている事が物語っていた。
随分楽しそうだ、と思いながら、リカルドはディスタルに声をかけた。
「ディスタル、三日後にウクブレストに君を引き渡す事になった」
リカルドがそう言うと、ディスタルは目を開け、リカルドを見た。
「おい、リカルド。俺は、ウクブレストに戻れるのか?」
「あぁ」
「そうか。ありがとう。礼を言う」
ディスタルは少し目を細めて笑った。
あぁ、まるで憑き物が落ちたような顔をしている、とリカルドは思った。
彼の口元の笑みといい、今の憑き物が落ちたような笑みといい、彼にこんな表情をさせているものに思い当たり、ため息をつく。
「ディスタル、アリアの歌を聴いていたのか?」
アリアは、先ほどまで行っていた、ディスタルの処遇をどうするかという会議には、出ていなかった。
彼女はフレルデント王宮に戻って来てから、疲れているにもかかわらず、ずっとロザリンドの薬草園で歌っていた。
今回の戦いで、ウクブレスト兵の治療に、多くのポーションが使われて、蓄えがなくなってしまっため、新たにポーションを補充しなければならない。
また、彼女はディスタルやスザンヌに利用され、傷ついたウクブレスト兵を憂いていた。
だから、良い薬草が育ちますように、良いポーションが作れますように、傷ついた人たちの怪我が早く良くなりますように。
そんな祈りを込めて、彼女はずっと歌っているのだ。
アリアの歌の効果は、薬草園だけではなく、彼女の歌声を耳にした者全てに届いていた。
傷ついたウクブレスト兵は、少しずつ回復に向かっているはずだ。
そしてアリアの歌声は、ディスタルに貸し与えているこの部屋にも届いていた。
「俺は、この歌声を消そうとしたのだな」
「そういう事、だね」
「アリアは……この癒しの歌声は、俺のものだったのに……。俺は自らこの歌声を手放してしまったのだな」
「後悔しているとしても、返す気はないからな」
そう言って睨みつけると、同じようにディスタルもリカルドを睨みつけてきた。
「返してもらうつもりなど、なかったさ。俺は、お前からアリアを奪うつもりだった」
「そんな事はさせないさ。それに、それができないのは、さすがにもう理解できただろう?」
ディスタルが再びアリアを奪おうとすれば、リカルドが手を下すまでもなく、ディスタルは今度こそドラゴンたちに八つ裂きにされるだろう。
それがわかっているのだろう、あぁ、とディスタルは頷いた。
「ところでディスタル……。どうしてウクブレストに戻りたいと言い出したんだ?」
リカルドがそう問いかけると、
「故郷に戻りたいという気持ちがおかしいか? 普通の事だと思うが?」
と、ディスタルは、はぐらかそうとした。
だがリカルドはそれを見抜き、言えよ、と理由を促す。
ディスタルの性格なら、捕虜になった時点で自ら命を断っていてもおかしくない。
それが、彼は大人しく捕虜となり、ウクブレストに戻りたいのだという。
何かあるとしか思えなかった。
ディスタルは暫くの間考え込んだが、やがて頷き、口を開いた。
「もしも今後……父やターニアが助けて欲しいと頼んできたら、手を貸してやってほしい」
「あぁ、わかった」
意外な事を言われ、リカルドは驚いたが、頷いた。
そして、続けられた言葉を聞いて、さらに驚く。
「だが、それ以外は、もう関わるな。何もしなくていい」
「おい……本当に、一体があった……?」
「リカルド……おそらく、今、ウクブレストは……」
「え?」
ディスタルの話を全て聞き終えたリカルドは、真剣な表情で、わかった、と頷いた。
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