第38話・戦いの後
「リカルド、ウクブレスト軍はもう戦意喪失しているだろうが、ディスタルとスザンヌの姿が見えない」
アリアの歌声に聴き入っていたリカルドに、ステファンがそう報告してきた。
「スザンヌが兵士たちに、自分とディスタルを逃がすために、ドラゴンと戦えと言ったらしい。兵士たちは無理矢理戦わされていたんだ。あの女、人を操る魔法も使えるようだ」
「そうか……。では、二人は逃げた可能性が高いか」
「あぁ、でも……」
「そうだな。ディスタルは、どこかに潜んでいる可能性があるな」
スザンヌは逃げた可能性が高いだろう。
だけどディスタルは、何も手にせずに退くとは思えなかった。
今回、ウクブレスト軍は本気でフレルデントを攻めるつもりで進軍してきたはずだ。
だが、ドラゴンたちに襲われ、フレルデント軍と戦う事もできずに、壊滅状態。
ウクブレストにはもう戦う力は残されていないのだ。
このまま退いても、ディスタルには何も残らない。
だが、ただ一つ、この戦況を引っ繰り返す事ができる可能性があった。
それは、アリアを手に入れる事――。
彼女の力は、先日ディスタルも目の当たりにしていたし、ディスタルがアリアに興味を持ってしまった事に、リカルドは気づいていた。
「やっぱり、連れて行くべきじゃなかったかもな」
先日の会見の際にアリアを同行させた事を、リカルドは後悔していた。
そして、今回この場に同行させた事も。
ディスタルがスザンヌと逃げていたら気づかなかっただろうが、この場に留まっていたとしたら、もう気づいているはずだ。
彼女の歌で、ドラゴンやウクブレスト兵の傷が癒えた事に。
できる事なら王宮へと戻したいところだが、優しいアリアはきっと、傷ついたウクブレスト兵を放っておけずに、手当してやりたいと言い出すだろう。
「ステファン、ディスタルとスザンヌが本当に逃げたかどうか、確認してくれ。あと、ウクブレストの王宮に偵察を送れ。救出できそうなら、王と王妃、それからターニアの救出を。それから……」
絶対にアリアを一人にはさせられなかった。
だが今、リカルドはウクブレストとの戦い(にもならなかったが)の後始末の指揮を取らなければならなかった。
悩んだ末、リカルドはアリアの弟であるクリスを彼女と共に行動させる事にした。
絶対にアリアを一人にしないでほしい。
真剣なリカルドの頼みに、クリスはしっかりと頷いてくれた。
「アリア、お願いがあるんだ。どうか、フレルデントの王宮に戻ってほしい」
「え? 」
怪我の手当や雑用など、何だって自分ができる事を手伝おうと思っていたアリアは、リカルドからそう言われ、首を傾げた。
「戦いはハルカゼたちのおかげで、ほぼ何もせずに終わった。フレルデント兵には大きな怪我をした者は居ないし、ウクブレスト兵には重傷者が多いけれど、もしもの事を考えて、手当や世話は兵士に行わせる。僕はこの戦いの後始末をしなければならないから、君のそばにずっと居られない。それに、きっとまたサリーナが心配しているんじゃないかな?」
「リカルド様……」
「ね、お願いだから。王宮で僕の帰りを待っていてほしい」
「そうですね……はい、わかりました」
アリアは素直に頷いた。
このままここに居れば、忙しい彼に心配をかける事しかできないようだ。
もう危険はなさそうだし、それなら、リカルドの望み通り、王宮に戻って、彼の帰りを待っていようと思う。
「ありがとう、アリア」
安心したように笑い、リカルドがアリアを抱きしめた。
「後始末が終わったら、すぐに戻るから。あと、護衛はクリスに頼んだよ。クリスと一緒に、王宮に戻ってくれ。クリス、よろしく頼むよ」
「はい、リカルド様! 任せてください! アリア姉様は、僕が必ず無事に王宮へ送りますから!」
クリスはそう言うと、胸を叩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます