第37話・ドラゴンの約束



 ウクブレスト軍が、フレルデントに攻め入ろうとしていると聞いたアリアは、覚悟を決めた。

 そして、もしも誰かが怪我をしてしまった時に、手当てなどの手伝いをしたいと、リカルドに頼み込み、絶対に危険な事をしないと約束をして、出陣するリカルドに同行した。


 だが、結果としてフレルデント軍は、誰も怪我をする事はなかった。

 その代わりにウクブレスト軍が、全滅しかかっていた。


「そんな……どうして?」


 ウクブレスト軍は、フレルデント領の手前で、ドラゴンに襲われていた。

 ウクブレスト軍がどれだけ強くて、どれだけ大軍だとしても、ドラゴン相手には簡単にはいかない。

 それも、ドラゴンは一匹ではないのだ。

 グリーンドラゴン、レッドドラゴン、ブルードラゴン、ゴールドドラゴン、ブラックドラゴン。

 それぞれが群れを成して、ウクブレスト軍に襲いかかっていたのだ。

 ウクブレスト軍はドラゴン相手に戦おうとしていたが、どんどん数を減らしていっていた。


「リカルド様、どうして、こんな事が……」


「そうだね。僕らを、守ろうとしてくれているんじゃないかな」


「守る?」


「そう。あの日、ハルカゼたちが僕らにくれた言葉を覚えているかい?」


「あの日?」


 少し考えて、アリアはリカルドの言わんとしている事を理解した。

 それは、リカルドとアリアの婚礼の儀での事だ。

 幼い子供の姿を借りて、ドラゴンたちは自分たちを祝福してくれた。

 そして、こんな事を言っていた。


『我ら眷属は、リカルドとアリアの命がある限り、二人の愛するものを守ろう。いつでも力を貸そう』


「もちろん、覚えています」


「僕もだよ。だから、ハルカゼたちは、あの日の約束を守ってくれているんじゃないかなって、思う」


「みんな……」


 アリアはドラゴンたちを見つめた。

 ウクブレスト軍からの攻撃を受けて、怪我をしているドラゴンも何匹か居るようだ。

 手当てをしてあげなければ、とアリアは思った。

 そして、戦いを止めさせなければ、とも思う。


「リカルド様、私、ハルカゼたちを止めたいです。このままじゃ、ウクブレストの兵士が、みんな死んでしまいます!」


 例え戦争でも、例え敵だとしても、誰にも死なないでほしい。


 そう続けると、リカルドはアリアの肩を優しく抱き、頷いてくれた。






「ハルカゼ、ホムラ、スイレイ、コウリン、カゲツヤ! 私たちを守ってくれてありがとう! でも、もう止めて。このままだと、たくさん人が死んでしまう! あなたたちの仲間にも、戦うのを止めるように言って!」


 アリアがそう叫ぶと、グリーン、レッド、ブルーのドラゴンは動きを止めた。

 アリアは周りを見回した。

 ゴールドドラゴンと、ブラックドラゴン……コウリンとカゲツヤが居なかった。

 二匹はどこに行ったのだろう?

 気にはなったが、今はここに居るハルカゼたち止めるのが先だとアリアは思い、もう一度ハルカゼたちに頼んだ。


「お願い、ハルカゼ、ホムラ、スイレイ、ウクブレストの人たちを、殺さないで!」


 アリアの願いに、三匹のドラゴンたちは仕方がないなというように、仲間のドラゴンへと吼えた。

 それに従い、ドラゴンたちはウクブレスト軍への攻撃を止める。


「ありがとう……」


 アリアは礼も兼ねて歌を歌った。

 その歌は、ドラゴンたちに優しく降り注がれた。

 ウクブレスト軍と戦った際に傷ついた体が、歌の癒しの効果により、治っていく。

 傷が治ったドラゴンたちは、どこかへと飛んで行った。


「ありがとう、またね」


 去っていくドラゴンたちに、アリアは呟いた。

 ドラゴンに愛され守られる自分たちは、本当に幸せだと思う。


「アリア、お疲れ様。でも、もう少し、歌ってやってくれるかい?」


「は、はい、構いませんけれど……」


 ステファンから何か報告を受けたリカルドに頼まれ、アリアは頷いた。

 思いきり息を吸い込み、歌う。


 アリアの歌は、ドラゴンの傷だけを癒したわけではなかった。

 ドラゴンに襲われながらも、ディスタルとスザンヌを逃すために戦った、瀕死のウクブレスト兵の傷にも作用していたのだ。


「なんて優しい歌なのだろう……体はまだ動かせないが、痛みは引いていく……」


「スザンヌ様の歌も素晴らしかったが、いつも何かに追い立てられるようだった……それに比べて、なんて癒される歌なのだろう……」


「あぁ、やっと戦いから解放されるんだ……もう戦わなくていいんだ……」


 ウクブレスト兵は微かに聴こえるアリアの歌声に、みんな涙して聴き入っていた。

 それを彼女が知るのは、もう少し後の事だった。


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