第36話・開戦、そして……


 ディスタルが自分の部屋に戻ると、スザンヌが何本ものワインを空けていた、浴びるように飲んでいた。


「おい、どうした、ヤケ酒か?」


 と尋ねると、スザンヌはディスタルを鋭い目で睨みつけた。

 ジョークのつもりだったのだが、どうやら本当にヤケ酒らしい。 

 それもそうか、とディスタルは思う。

 自信を持って放ったファイヤーボールは、アリアの完全な防御結界に弾かれ、己が放ったものよりも強力な魔法を、リカルドが簡単に使ったのだ。

 さぞかしショックだった事だろう。


「ディスタル様、フレルデントを攻めますわよね? 私、今度こそ絶対に、あの娘を八つ裂きにしてやりますわ!」


 そう言ったスザンヌを、ディスタルは興味深げに見つめた。

 あぁ、と頷くと、


「あの女、今度こそ必ず殺してやる……」


 とワインを煽りながら呟き、アリアへの憎しみを隠そうともしない。

 何故スザンヌがここまでアリアを憎んでいるのか。

 何か理由があるのかもしれないとも思ったが、案外ただ腹が立つという理由だけかもしれないとも思う。


「お前は、本当に攻撃的な性格だな。そのあたりは、俺に似ている」


「そう、でしょうか?」


「あぁ。自分が一番でないと我慢できないようなところも、俺と似ている」


「ふふふ。そうかもしれませんね。私、ディスタル様のそういうところ、大好きですわ」


「そうか」


 ディスタルとスザンヌは、互いを気に入り、愛を囁き合ってはいるものの、心の底では互いを冷静に観察し合い、利用し合っている……そんな関係だった。

 実際、ディスタルは彼女の歌と魔力を、そしてスザンヌはディスタルの権力を利用していた。

 だが、スザンヌは最近、自分の方がディスタルよりも偉いというような態度を取る時があった。

 それが、ディスタルは気に入らない。


「あの女も、あの男も、絶対に殺してやるわ。あんな田舎の国なんて、炎で焼き尽くしてやる!」


 そうか、と答えながらも、ディスタルは内心、それは困ると思っていた。

 ディスタルはリカルドからアリアを奪い、側室にするつもりだった。

 だが、それを知れば、スザンヌは怒り狂うだろう。

 近いうちにスザンヌに対し、自分との力関係をはっきりとさせなければとディスタルは思った。






 様々な思惑が交錯する中、ウクブレスト軍は、フレルデントへと軍を進めた。

 いくつかの国を侵略し、調子付いているウクブレスト軍は、フレルデントのような田舎の国は、すぐに落とせるだろうと、誰もがそう思っていた。

 だが現実は違い、ウクブレスト軍はフレルデント領に入る事すらできない状態で、さらに信じられないものに行く手を塞がれ、攻撃を受けていた。


「どうして、ドラゴンが……」


 ウクブレスト軍は、ドラゴンからの攻撃を受けていた。

 グリーンドラゴン、レッドドラゴン、ブルードラゴン、ゴールドドラゴン、ブラックドラゴン。

 それぞれが群れを成して、ウクブレスト軍に襲いかかっている。


「こんなの、勝てるはずがない。逃げなければ……」


「ディスタル様、スザンヌ様、早く撤退命令を……」


「そうだ、撤退すれば……ドラゴンはもう襲って来ないかもしれないっ……」


 一縷の望みを胸に、ウクブレスト軍の兵士たちは、ディスタルとスザンヌを振り返った。

 だが、撤退命令が出ると思っていた彼らは、スザンヌの言葉に絶望する。


「私とディスタル様が安全な所に行くまで、盾となってドラゴンと戦いなさい! 盾になれないのなら、餌となって時間を稼ぎなさい!」


「スザンヌ様っ!」


 なんて非道な事を口にするのだろうかと、ウクブレストの兵士たちは思った。

 ドラゴンの群れを前に、盾になどなれるはずがない。

 だけど、この女は盾になれと言う。

 それができないのなら、餌になれと言う。


「そんな事、できるはずがないだろう!」


 ウクブレストの兵士の誰もがそう叫びたかった。

 だが、心に反して誰も叫ぶ事をせず、心に反してドラゴンへと向き直る。


「大丈夫よ、いつもの通り、戦いの歌を聞かせてあげるわ。だから、ドラゴンとも戦える。大丈夫、あなたたちは強いわ」


 スザンヌの言葉に、誰もが嘘だと心の中で叫びながらも、自分たちは強いのだと頷いた。

 そして、聴こえるスザンヌの戦いの歌に操られ、ドラゴンへと向かっていく。

 スザンヌは、心の弱った人間相手なら、魔法で操る事が出来た。

 今も、ドラゴンを前に混乱する兵士たちを操り、ドラゴンへ向かわせ、自分は離れた場所でそれを見つめる。


「ドラゴンが襲ってくるなんて、一体どういう事なのかしら」


「フレルデントに手を出すな、か」


「え? 何、それ」


 隣に立つディスタルの呟きにスザンヌは首を傾げる。


「妹がな、何度も言っていた。お前も聞いていただろう」


「そう言えば、そんな事も言っていたような気がするわね」


「ターニアがこの状況を見たら、ドラゴンがフレルデントを守っているのだとでも言うのかもしれんな」


「ふん、嫌だわ、ディスタル様、弱気になってらっしゃるの?」


 くすくすと笑いながら、スザンヌはディスタルを見つめる。

 そんなスザンヌを見て、ディスタルはため息をついた。


「弱気にはならんが、退かざるを得ない状況ではあるな。ドラゴンのせいで、我が軍は壊滅状態だ……それに……」


「なぁに?」


「どうやら見つかったようだ……」


「え?」


 ディスタルはスザンヌの遥か後ろを見ていた。

 振り返ったスザンヌは、ディスタルの視線の先にあるものに気づく。

 五匹のドラゴンが、自分たち二人を見ていた。

 ドラゴンの目が、見つけた、と叫んでいるように思えた。


「ひぃっ! ディ、ディスタル! わ、私を守りなさい! あのドラゴンを倒しなさい! あのドラゴンと戦いなさいっ!」


 そう言ったスザンヌに、ディスタルは冷たく言い放った。


「何を言う。それはこちらのセリフだ。あのドラゴンから、俺を守ってみろ、スザンヌ」


「そんな事! そんな事、できるはずないでしょうっ!」


「そうか、できないのか。だが、あの娘には……アリア・ファインズには、それができるかもしれないぞ?」


「なっ! なんて事を!」


 スザンヌはディスタルの頰を叩いた。

 そしてディスタルの馬を奪うと、彼を置いて一人で逃げ出した。

 そんな彼女の後を、ゴールドドラゴンとブラックドラゴンが追いかけて行った。

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