第35話・野望
リカルドたちを逃がしてしまったディスタルは、一度ウクブレスト王宮へと戻ってきていた。
入浴するというスザンヌと別れ、ディスタルは父親でありウクブレスト王であるヨハンの元を訪れた。
「父上、母上、そしてターニア、大人しくしているか?」
そう尋ねたディスタルに対し、三人は無言で彼を睨み付けた。
ディスタルは両親と妹を、王宮の一室に閉じ込めていた。
食事は毎日与えているが、ドアの前に見張りの兵士を配置しているので、三人は部屋から出る事ができないでいた。
「おいおい、三人揃って俺を無視か? 今日は、聞きたい事があって、ここを訪れたのだがな」
「聞きたい事?」
「あぁ。父上、アリア・ファインズという娘は、一体何者なのだ」
ディスタルがそう尋ねると、ヨハンも妻のヘレナも、妹のターニアも、ディスタルは一体何を言っているのだろうというような、呆れた表情をした。
「お前の元婚約者だろう。ファインズ公爵の……エランドの二人目の娘で、今はフレルデントの王太子妃か。もう忘れてしまったのか?」
そう言ったヨハンに、
「そういう意味で聞いているのではない」
と、ディスタルは首を横に振った。
そして改めて、自分が本当に聞きたかった事を口にする。
「あの娘、物理攻撃も魔法攻撃も、完全に防御する結界を作った。あの娘にあんな事ができるなんて、全く知らなかった。一体どういう事なんだ」
「そうか、アリアが完全な防御結界を……。お前が興味を持つくらいだ、さぞかし見事なものだったのだろうな。私も見てみたかった」
「その口調だと、あの娘の事を何か知っているようだな。答えろ、あの娘は、何なんだ。俺の婚約者だった頃は、いつも怯えて俯いていた娘だったぞ」
「それは、リカルドくんのおかげだろう。アリアが怯えて俯いていたのは、お前があの娘に冷たく当たっていたからだ。あの娘は、特別な存在だった。精霊に愛されている娘なんだ。強力な魔法が使えるようになったのは、精霊たちがアリアに力を貸しているからだろう」
ヨハンの言葉を聞き、ディスタルは驚きに目を見開いた。
「どういう事だ? 精霊があの娘を愛しているだと?」
「言葉通りの意味だ。あの娘は、精霊に愛されている娘だ。元々強い魔力を持って生まれ、精霊によってさらに力が増し、今、その才能が開花したのだ。私は、魔力が弱まりつつあるこのウクブレスト王家に、あの娘を迎えたかった。だからお前の妻にあの娘を選んだのだ。お前と、この国のために」
「俺は、そんな話は聞いていないが?」
「この話を知らないまま、私はお前たちに愛し合ってほしかったのだ。だが、お前はっ……」
ディスタルはスザンヌと共謀し、アリアをこれ以上ないくらいに傷つけ、捨ててしまった。
ウクブレスト王国にとって、アリア・ファインズという娘を失った事は、至高の宝を自ら溝に捨ててしまったようなものだった。
「なるほど。では、あの娘……アリアを得られれば、俺はこの世界の覇者になれるという事か」
「ディスタル!」
「お兄様っ!」
ディスタルの呟きを聞いたヨハンとターニアは、声を荒げた。
「ディスタル、お前は自分が何を言っているのか、わかっているのか?」
「もちろんだ。一度は捨ててしまったが、あの娘が役に立つ事がわかった今、我が手に取り戻さなければな」
「お兄様! アリアお姉様は、物ではないんですよ! だいたい、アリアお姉様を取り戻して、どうしようと言うのですか!」
「そうだな、側室にでもするか。正妻は、スザンヌがうるさそうだしな。側室にして子供の一人でも産ませれば、あの娘の性格だと、子供ごと、俺と国を守るだろう。どうだ、いい考えだろう? 最初に父上たちが望んだ形になるのだからな」
「お兄様っ」
パシン、と乾いた音が響いた。
ディスタルとの距離を詰め、精一杯背伸びをしたターニアが、彼の頬を叩いた音だった。
「お兄様、何を言っているのですか! アリアお姉様は、リカルド様と結婚されたのですよ? やっと幸せになられたのに、お兄様、あなた、最低ですわ!」
ターニアは、泣きながらディスタルの胸を叩いた。
実の兄の非常識な言動に、彼女は我慢ならなかった。
それは父親であるヨハンも、母親であるヘレナも同じだったようで、ヨハンはため息をついて頭を抱え、ヘレナは顔を覆って泣いていた。
だが、三人とも、今のディスタルを、どうする事もできない事を理解していた。
ヨハンはディスタルの父親で王であり、ヘレナは母親で王妃、そしてターニアは妹で王女であったが、三人は今、王宮の一室に閉じ込められて、何の力もない状態なのだ。
「アリアお姉様を手に入れるなんて、リカルド様が絶対に許さないわ! それに、何度も言ったでしょう? フレルデントに手を出してはいけない。あの国は大いなる力で守られているもの! 攻めれば報いを受けるわ!」
今、自分たちには何もできない。
だから祈るような気持ちで、ターニアは言った。
アリアのそばに居る彼女の優しい夫が、アリアを守ってくれるようにと。
大いなる力で守られているはずのあの国が、アリアを守ってくれるようにと。
そして、この言葉にディスタルが考え直してくれるようにと。
そう祈る事しかできなかった。
だが、ディスタルは胸を叩き続けるターニアの手を簡単にひとまとめにすると、言った。
「許すも許さないもないさ、ターニア。俺はリカルドから、フレルデントごとあの娘を奪うのだからな」
ディスタルはそう言うと、掴んでいたターニアの手を離し、部屋を出て行った。
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