第39話・油断


「アリア姉様! いい? 僕のそばから離れちゃダメだよ!」


「はいはい、わかりました」


「クリス、アリアをよろしく頼むよ」


 リカルドはアリアをフレルデント王宮に戻すために、馬車を用意してくれた。


「じゃあね、アリア。気をつけて」


「はい、リカルド様も……」


 リカルドに見送られ、アリアはクリスと共に馬車に乗り込み、フレルデント王宮へと向かう。

 その途中、アリアたちを乗せた馬車は、怪我をしたウクブレスト兵の姿が見える場所を通った。

 もう戦いは終わった。

 難しい事はわからないけれど、もう誰も傷ついたり死んだりしてほしくないとアリアは思った。


「す、すみません、馬車を止めてください!」


「クリス? どうしたの?」


 クリスが突然御者をしている男に声をかけ、馬車が停まると同時に馬車を飛び出して行った。


「どうされたんですか?」


「ごめんなさい、わからないのですけど……」


 クリスはウクブレスト兵の元へと走って行ったが、すぐに真っ青な顔で戻ってきた。


「クリス、どうかしたの? 何があったの?」


「姉様!」


「クリス? どうしたの?」


 クリスはアリアの手を両手で掴むと、震えた声で言った。


「姉様、お願いがあるんだ。どうか、僕の友達を助けてほしい……。僕の友達が、今回の戦いに参加していたんだ。ひどい怪我で、とても痛そうで苦しそうで……だからアリア姉様! 姉様の力で、あいつを助けてあげてほしいんだ!」


「クリスの友達が怪我を? 戦いに出ていたの?」


「そうなんだ。さっき、馬車からちらっと見えて、まさかと思って見に行ったら、アカデミーで仲良くしていた奴だったんだ! お願いだ、姉様! あいつを助けてほしい!」


 泣きそうな表情のクリスに胸を痛めたアリアは頷いたが、その会話を聞いていた御者の男が止めた。


「アリア様、私はリカルド様より、アリア様を必ずフレルデント王宮へとお連れするように命令されています。ウクブレスト兵に近づくのは、お止めください」


「でも、僕の友達が大怪我をしているんだ! アリア姉様なら、簡単に治せるだろう? あんた、どうして邪魔をするんだよ!」


「落ち着いてください、弟君。我々フレルデント軍は、低級ですが、ウクブレスト軍のためにポーションを用意しております。ご友人の手当は、兵士が必ず行いますので、大丈夫です」


「でもっ! ポーションって言ったって、低級なんだろ? とても痛そうで苦しそうなんだ! すぐに治してあげたいじゃないか!」


 感情的になったクリスが御者の男と言い合いになりかけ、アリアは落ち着かせるために、クリスを抱きしめた。

 クリスはアリアよりも三つ年下の、十五歳だった。

 友達の怪我に、とても動揺しているようだ。


「アリア様、例え怪我をしているとしても、ウクブレスト兵の前で、御力を使ってはなりません。貴女に危険が及ぶかもしれない」


「はい、でも……私はクリスの友達を治してあげたいのです……」


「姉様っ、ありがとう」


「アリア様……」


 御者の男は渋い顔をしたが、クリスは表情を輝かせた。


「姉様、行こう!」


「あの、すみません、すぐに戻ります!」


「わかりました。すぐに戻ってください! 戻られたらすぐに出発しますので!」


 何度も御者の男に頭を下げて、アリアは馬車を降りた。


「姉様、こっち! こっちだよ! 早く!」


「クリス、待って!」


 そして、前を走るクリスを追いかけて走り出した時――。


「きゃあっ!」


どこからか馬に乗って現れた何者かに、アリアは抱え上げられた。


「姉様!」


「アリア様!」


 一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 アリアがあげた悲鳴で、それに気付いたクリスが振り返り、手を伸ばしてくるが、その手は届かず、アリアはクリスからどんどん遠ざかっていく。

 御者の男もアリアの身に起こった事に気付き、追いかけようとしてくれているが、馬車を繋いだままでは、追いついてくるのは難しいだろう。

 あの御者の男は、ちゃんと自分に忠告してくれたというのに――。

 そうと思うと、アリアは自分がとても情けなくなった。

 そして、なんとか自力で逃げ出そうと体を捩ると、自分を抱えていた何者かが、呆れたように声を発した。


「おい、暴れるな、落ちるぞ」


「え?」


 その声を聞いた瞬間、アリアは自分の体が驚きと恐怖で震えるのを感じた。

 声の主は、ディスタルだった。

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