第33話・策された会見


「え?」


 銃声が鳴りやんだ後、三つの死体が転がっているはずの場所に、リカルドたち三人はそのままの姿で立っていた。

 そして、三人の周りには、ばらばらと散らばっている小さなもの――何十発もの銃弾は、一つもリカルドたちに届いてはいなかった。


「何故だ?」


「私がやるわ! お前たち、退きなさい!」


 驚くディスタルの隣で、スザンヌが怒鳴るように叫んだ。

 そして兵を退がらせると、両手の中に小さな炎の玉を作り出す。

 ファイヤーボールの呪文だった。

 最初は卵くらいのサイズのファイヤーボールは、スザンヌの呪文の詠唱で膨れ上がり、人間の赤ん坊ほどの大きさになった。

 そしてそれを、


「死になさい!」


 という叫びと共に、リカルドたちに向かって投げつける。

 だがそのファイヤーボールは、リカルドたちに当たる前に何かにぶつかり、搔き消えた。

 まるで、リカルドたちの周りに、見えない壁があるかのようだった。


「面白いな。俺もやってみよう……おい、それを貸せ」


 ディスタルは近くに居た兵士から槍を奪い取ると、リカルドたちに向かって投げつけた。

 だが、槍はスザンヌが放ったファイヤーボールと同じように、見えない壁に弾かれる。


「物理攻撃も魔法攻撃も弾く結界魔法か……」


 驚くように言ったディスタルに、あぁ、とリカルドが頷いた。


「これでお前たちの攻撃は、僕らには当たらない。残念だったね」


「ははは、何を言っている! 攻撃が当たらずとも、お前たちはここに来るまで乗っていた馬車を帰してしまったではないか! ここからどうやって帰るつもりなんだ!」


 笑うディスタルに、リカルドは何でもない事のように答えた。


「方法なんて、いくらでもあるさ。例えば……」


「なんだ?」


「例えば、ここでお前たちを皆殺しにするとか……そうすれば、僕らは安全にここから離れる事ができるだろう?」


「ほう? それは、興味深い話だな。やるか?」


「いや、しない」


 リカルドは首を横に振り、笑う。


「可愛いアリアの前で、そんな野蛮な事、できるはずないだろう?」


 その言葉は、その気になれば簡単にできるという意味にも取れた。

 苛立ったディスタルは腰に下げた剣を引き抜くと、リカルドに斬りかかったが、それも結界魔法の前に弾かれてしまう。

 見えない結界に剣が弾かれた時、ディスタルはリカルドを見ていた。

 リカルドは冷たい氷のような目でディスタルを見ていた。

 その背には、小柄で華奢な少女を庇っている。

 少女は昔ディスタルの婚約者だったが、現在はリカルドの妻なのだという。

 その少女が今どんな表情をしているのだろうと、ディスタルは興味が湧いた。

 怯えて震え、真っ青になっているに違いないと、思った。

 だが――。


「まさか、お前が?」


 リカルドの背中に庇われて、怯えて震えているとばかり思っていた少女は、リカルドの後ろから、挑むような目でディスタルを見ていた。

 その瞬間、ディスタルは気づいた。

 この物理も魔法も弾く完璧な防御結界を作り出しているのが、誰なのかという事に。


「おい、ディスタル。僕のアリアを見るな」


 ディスタルを睨みつけながらそう言ったリカルドは、ため息をつくと、指笛を吹く。

 すると、どこからかバサリと大きな音がして、兵たちが悲鳴を上げた。


「ドラゴンだ!」


「なんでここにっ!」


 ドラゴンはリカルドたちの頭上で羽ばたくと、首に掛けていたらしい縄梯子を器用に降ろす。


「ステファン、アリアを連れて先に乗れ。僕はこいつらが何もしないように見張っておく」


 リカルドが言い終わる前に、目の前に突然現れたドラゴンに驚き混乱した何人かの兵士が、ドラゴンに向かって銃を撃ち矢を放った。

 だが、リカルドたちに放ったそれがそうであったように、銃弾や矢

ドラゴンに届く前に弾かれ、地面に落ちる。


「動くな。動くと、これをお見舞いする事になるぞ」


 リカルドの手の中に、炎の玉が作り出される。

 それはみるみるうちに、先ほどスザンヌが放ったファイヤーボールの五倍以上に膨れ上がる。

 これが放たれたら、辺り一面火の海になってしまうだろう。

 兵士たちは震えながら武器を収めた。


「主と違い、良くできた兵だな」


 リカルドは武器を収めたウクブレスト兵を満足そうに見ると、視線をディスタルへと移した。


「ディスタル、お前が何か良からぬ事を企んでいたのは、気づいていたよ。だから、策を練らせてもらった。でも……本当に予想通りの事をしてくれて、がっかりだ」


「こちらは、お前のこの行動は、予想もしていなかった」


 リカルドは片手でファイヤーボールを操りながら、もう片方の手で縄梯子を引き寄せた。


「ディスタル、もう一度だけ言っておく。他国を攻めるなんて事は、もう止めろ」


「断ると言ったら?」


 ディスタルの言葉にリカルドは苦笑し、握っていた縄梯子をクイと引いた。

 縄梯子を引かれた合図に、ドラゴンがゆっくりと上空へと翼をはためかせる。


「俺を怒らせない方がいいぞ、ディスタル……」


 その言葉を残し、リカルドは上空から巨大なファイヤーボールを落とした。

 だがそのファイヤーボールは、ディスタルたちの二メートルほどの頭上で搔き消え、その間にリカルドたち三人を連れたドラゴンの姿は、見えなくなっていた。

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