第27話・婚礼


 リカルドとアリアの婚礼の日は、まるで自然が祝福してくれているかのような、晴天だった。

 アリアの婚礼の衣装は、全てフレルデント王家が用意をしてくれた。

 それは、フレルデント王家に嫁ぐ花嫁が、代々纏った特別なものなのだという。

 純白の絹の衣装は、一枚の絹を直接体に巻き付けて着付けられ、白地に金色の糸でドラゴンの姿を刺繍した帯で締められた。

 髪や衣装を飾るアクセサリーは、色とりどりの宝石や、ドラゴンの鱗を使って作られており、神秘的な輝きを放っている。


「アリア」


 リカルドが差し出した手に、アリアは自分の手を重ねた。

 リカルドの手は、緊張し震えるアリアの手を包み込み、優しく握り返してくれる。

 これからこの国の王の前で、互いへの永遠の愛を誓う。

 そのために、アリアは彼と共に歩き出すのだ。


「アリア、行こう」


「はい」


 リカルドと共に、アリアは王へと向かい、歩き出す。

 フレルデント王であるライルは二人を優しく迎え入れ、言った。


「リカルド、アリア、お前たちは互いを唯一の者とし、このフレルデントを愛し守っていく事を誓うか?」


「はい、誓います」


「私も、誓います」


 リカルドを愛し、このフレルデントも愛し守っていく……それを心から誓って頷くと、誓いの口付けを、と言われた。

 少し恥ずかしかったが、アリアは自分を優しく見つめるリカルドに、身を任せ、唇を合わせる。

 すると、アリアもリカルドさえも予想しなかった事が起きた。


「まあ……」


「素敵……」


 リカルドと口付けをした瞬間、明るい光が二人を包んだのだ。

 それは以前、声を取り戻して歌った後に見た光と同じもので、リカルドとアリアの周りに居る精霊たちの放つ光だった。

 精霊の光はいつもよりも強く可視化し、この場にいた強い魔力を持たない人間にも見える程になっていた。


「精霊たちの祝福、今日は盛大だね」


 唇を離した時に、リカルドがアリアの耳元で囁く。


「でも、今日はそれだけじゃないかもしれない」


「え?」


 それはまるで予言のようで、確信めいた言葉だった。

 頰を染めたアリアが、リカルドを見つめたまま首を傾げると、


「来たよ」


 と再びリカルドがアリアの耳元で囁いた。

 リカルドの視線の先を追いかけたアリアが見たものは、緑、赤、水色、金色、黒髪の五人の子供たちで、二人はいつの間にか、真っ白な空間の中に五人の子供たちと共に立っていた。






「ここは、どこなのでしょう……」


 先程まで、フレルデント王の前に居たはずだった。

 周りには家族も居て、婚礼の儀を行なっていたはずなのに、いつの間にか白一色の不思議な空間の中に居る。

 不安になったアリアは、リカルドにしがみ付いた。


「どうやら精霊の光の中から、別の空間に飛ばされたようだね。だけど大丈夫だ。ここは危険な場所じゃないよ」


 リカルドはそう言って、優しくアリアを抱き寄せた。

 アリアはリカルドの腕の中、ほう、と息をつく。

 彼がそばに居てくれるだけで、心が安らいだ。

 そして、確かにここは危険な場所などではないと思う。


「アリア、驚かせてごめんね」


 五人の子供たちは、心配そうにアリアを見つめる。

 優しい子供たちだ、とアリアは思った。


「大丈夫ですよ」


 そう答えると、子供たちは安心したように表情を緩めた。

 彼らは人間で例えるなら、十歳くらいの子供の姿だった。

 どの子供も整った顔立ちをしており、尖った耳をしている。

 子供たちはリカルドとアリアの前で横に一列に並んでいて、一斉に胸に手を当てると五人揃って、丁寧にお辞儀をした。


「リカルド、アリア、フレルデントの未来の王と王妃よ。本日の婚礼、おめでとうございます」


 代表してそう言ったのは、真ん中に居た緑の髪の子供だった。


「我らは、あなた方がその命を終えるまで、あなた方を守る事を誓おう。だから、残りの眷属にも名を与えてほしいのだ」


「え?」


 どういう意味なのだろう? 首を傾げたアリアに、


「なるほどね。アリア、君が付けてあげるといいよ」


 と、リカルドが耳打ちする。


「では、まずは、我の名を!」


 そう言って元気に手を挙げたのは、向かって一番左に立っている、赤い髪の子供だった。


「さ、アリア」


「え? 名前? じゃあ……」


 子供の赤い髪は、アリアに炎を連想させた。

 赤く、激しい炎。


「では、『ホムラ』ではどうでしょう?」


「うむ、気に入った!」


「次は、わしじゃ!」


 赤い髪の子供の次は、その隣の水色の髪の子供が手を挙げた。

 水色の髪は、美しい水の流れを連想させた。


「では、『スイレイ』と」


「スイレイか! 良いな!」


「次は私です!」


 次に手を挙げたのは、真ん中の緑の髪の子供の隣に居た、光輝く金色の髪の子供だった。


「『コウリン』」


 と呟くように言うと、金色の髪の子供は、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「次は、俺だ!」


 次に手を挙げたのは、向かって右端に居た黒髪の子供だった。

 艶のある美しい黒髪から、


「『カゲツヤ』」


 と呟くと黒髪の子供は満足そうに頷いた。


「我ら眷属は、リカルドとアリアの命がある限り、二人の愛するものを守ろう。いつでも力を貸そう」


 緑の髪の子供がそう言い、五人は胸に手を当て、またお辞儀をした。


「あの、あなたの名前は?」


 四人の子供には名前を付けたが、まだ真ん中にいる緑の髪の子供には付けていなかった。

 緑の髪の子供の事は、何と呼べばいいのだろうと思い、問いかけたアリアに、緑の髪の子供は嬉しそうに笑い、言った。


「アリア、僕の名前は、ハルカゼだよ」


「え?」


 ハルカゼ、という名前を、アリアは聞いた事があった。

 そんな、まさか、と思う。


「リカルド、アリア、僕ら眷属は、君たちの命がある限り、二人が愛するものを守るよ。いつでも力を貸すから」


 緑の髪の子供――ハルカゼがそう言って笑った瞬間、視界が真っ白になり、隣に立つリカルドも、目の前の五人の子供たちも見えなくなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る