第26話・ウクブレストの王女



 リカルドはターニアに、ウクブレストで何があったかを教える事にした。


「姫、今のウクブレストの事について、私が知る限りの事をご説明しましょう」


 ターニアへの説明は、エランドが引き受けた。

 ターニアは不安そうな表情のまま、エランドの話を聞き、ライルの魔法によりアリアは別室でその様子を見守っていた。


 エランドはまず、アリアがディスタルに婚約破棄を言い渡された事をターニアに伝えた。

 婚約破棄の理由は、リカルドが国を訪れた時のパーティーで、アリアが歌えなかったから。

 だけどそれは、誰かに毒を盛られて声が出なくなってしまったからで、アリアはそのせいで、生死の境をさまよった事。

 何とか命を取り留めたものの、アリアは喉を潰されて声が出なくなってしまった事。

 アリアはパーティーが始まる前に、ある人物から飲み物を貰っており、その中に毒が入っていた可能性が高い事。

 その人物は、アリアが婚約破棄された後に、ディスタルの新たな婚約者になった女性だった事。

 そして、その女性がアリアに毒を盛ったのだという噂を流した罪を着せられ、ファインズはウクブレスト王より爵位を剥奪され、国外追放を言い渡された事。


 ターニアはエランドの説明を黙って聞いていたが、全てを聞き終わると顔を青くして、信じられない、と呟いた。


「あの、アリアお姉様は……」


「アリアは、このフレルデントで治療を受けさせていただき、今は回復しています」


「そうですか、良かったです……」


 ターニアは安心したように笑い、リカルドは彼女が本当にアリアの回復を喜んでいる事を感じた。


「リカルド様、ファインズのおじ様……。私はお話を聞いた後でも、お父様がファインズのおじ様にそんな事を言うなんて、信じられないです。だけど、ファインズのおじ様が私に嘘を言うはずもないとも思います。だから……お父様とお兄様に変わって、私、ターニア・ウクブレストがお詫び致します。ファインズのおじ様、クリス、申し訳ありませんでした」


 潔く頭を下げたターニアに、リカルドは彼女を信用できる者と判断した。


「だけど、兄はともかく、父の言動は絶対におかしいと思います。だって、父はファインズのおじ様を本当の親友だと言っていましたし、アリアお姉様をウクブレスト王家に迎えるのを楽しみにしていました。私も、おとなしいけれど優しいアリアお姉様が大好きですし、本当の姉妹になれるのを楽しみにしていたのです。だから私は、ウクブレストで何かが起きているのだと思います」


 そう言ったターニアにエランドが頷く。

 ウクブレスト王家に対して、まだわだかまりを抱いているクリスは複雑な表情だったが、アリアもターニアの言葉は本心からのものだと思った。


「ところで、どうして今日、フレルデントの王宮に、ファインズのおじ様や、クリスが来ておられますの? やはり、サリーナお姉様がフレルデントのダーフィル家に嫁いでおられる関係から、フレルデント王家と繋がりを持たれたのですか?」


 首を傾げたターニアの問いに、エランドやクリスの代わりに口を開いたのは、リカルドだった。


「今日は、大切な打ち合わせがあって、王宮まで来ていただいたんだよ」


「まぁ、大切な打ち合わせ? では、もしかして、私はお邪魔だったのではないですか?」


「いや、構わない。君の事は、先程までの話から、信用してもいいと思うから」


 リカルドはそう言うと、別室に居たアリアを迎えに来てくれた。


「まあ、アリアお姉様!」


「ターニア様、お久しぶりですね。お元気そうで良かったです」


「はい、二年ぶり、くらいでしょうか。ところで、どうしてアリアお姉様がこちらに?」


 不思議そうなターニアに、またリカルドが答える。


「ターニア、アリアは僕の妻になるんだ。僕たちは五日後、式を挙げる。今日はそのための打ち合わせだったんだ。ねぇ、アリア」


「はい、リカルド様」


 アリアは頬を染めて頷いた。

 ターニアは驚いたようだったが、


「アリアお姉様、おめでとうございます!」


 と言うと、飛びつくようにしてアリアの手を取り、強く握りしめた。


「アリアお姉様、我が兄ディスタルのご無礼を、お許しください。私、アリアお姉様と姉妹になれないのは、とても残念ですが、お姉様が幸せになられるのが一番です! 本当におめでとうございます!」


「ありがとうございます、ターニア様」


 ターニアの祝福が、アリアはとても嬉しかった。

 アリアはディスタルに冷たくされていた日々が長かったため、ウクブレスト王家の者全てが、ディスタルと同じ気持ちだったのではと思っていたのだ。


「あの、リカルド様、お願いがありますの! お二人のお式に、私も出席させていただけませんか?」


そう言ったターニアに、リカルドもアリアも驚いたが、二人して頷いた。






 ターニアはフレルデントの王宮に滞在する事になった。

 話し相手を兼ねて、アリアも彼女と共に王宮に滞在する事になり、話はターニアが留学先で学んできた事の話になった。


 ターニアが留学先で学んできた事は、主に歴史や魔法に関する事で、これは魔力が弱まっているウクブレスト王家を憂いての事だった。


「ウクブレスト王家の魔力は、衰えています。その原因を調べたくて、いろんな国の歴史を学びましたが……」


 近代化による自然破壊や信仰の衰退が、その原因ではないかとターニアは結論付けたらしい。

 確かに、ウクブレストは近代化した国だった。

 そして、王家にも国民にも、強い魔力を持つ者は、少なくなってきている。


「国の発展と引き換えに、ウクブレストは大切なものを失ったのではないかと思います。このフレルデントは、ウクブレストが失ったものがたくさんある、素晴らしい国だと思います」


「ありがとうございます、ターニア様」


 もうすぐこのフレルデントが、自分の故郷になる。

 アリアはターニアの言葉が嬉しかった。


「アリアお姉様は、いずれこの国の王妃様になられますね。私はいろんな国で歴史や魔法の事を学んできましたが、いくつかの国で、この国の噂を耳にしたんですよ」


「まぁ、それは、どういう噂ですか?」


「それが、『フレルデントに手を出してはならない』というような内容で……どういう意味なのかは、よくわかりませんでした。でも、どれも古文書に書かれていた事です」


「古文書に、そんな事が……」


 一体どういう意味なのだろう?

 アリアは、後からリカルドに聞いてみようと思った。


「フレルデントに手を出してはならない?」


 ターニアから聞いた古文書の事をリカルドに聞くと、彼は楽しそうに笑った。


「それはいいな。是非とも手を出さないでもらいたいものだね」


「それは、確かにそうですけど……」


「そうだろう? 平和が一番だよ」


 アリアは頷いたが、どこかリカルドにはぐらかされたような気もしていた。


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