第25話・思いがけない来訪者
それは、リカルドとアリアの婚礼まであと五日という日の事だった。
王宮に両家の親族が集まり、婚礼の最終打ち合わせを行っていた時、リカルドの元に、ウクブレストの王女が訪ねてきたという報告が入った。
「ターニア様が? どうされたのでしょう?」
ターニア・ウクブレストはディスタルの妹で、現在十五歳、クリスと同じ年齢だった。
幼い頃から学問に興味を持ち、非常に勉強熱心で、十三歳の頃から他国に留学をしていたはずなのだが、彼女の突然の訪問に全員が驚いた。
ターニアとは友人であったはずなのだが、ウクブレスト王家に対して怒りを燻らせているクリスは、不快感を顕にする。
「とりあえず、わざわざ来てくれたんだ。会わないわけにはいかないだろう」
父親であるフレルデント王――ライルの言葉に、リカルドは頷いた。
「そうですね、僕とステファンで会いましょう。父上、念のため、魔法で会話を確認してください」
「ああ、わかった」
頷いたライルが指をパチンと鳴らすと、空中に映像が浮かび上がる。
そこには長いライトブラウンの髪を緩く三つ編みにした、一人の少女が映し出されていた。
どうなっているのかと驚くアリアたちに、
「ターニアを通した部屋の映像だよ。父上が魔法で様子を確認できるようにしたんだ」
とリカルドが言った。
「先に言っておくけれど、僕らはいつもこんな盗み聞きのような事をしているわけではないからね。だけど、彼女はウクブレストの王女。このフレルデントに何をしにきたのか、その真意を見極めるためにも、全員で確認をした方がいいだろう」
リカルドはそう言うと、ステファンと共に部屋を出ていった。
「ターニア様……」
アリアがターニアの姿を見るのは、久しぶりだった。
おそらく最後に会ってから、二年以上は経過しているはずだった。
彼女は留学先から全くウクブレストに戻らず、勉学に勤しんでいると聞いていた。
元気そうな姿を目にし、良かった、とアリアは呟いた。
「やあ、ターニア、久しぶりだね」
しばらくすると、リカルドとステファンが、ターニアが待つ部屋へと入室した。
リカルドの入室と共に、ターニアは立ち上がりドレスの裾を軽く持ち上げて挨拶をする。
「リカルド様、お久しぶりです」
「何年も留学に出ていたと聞いていたが、今日はどうしたんだい?」
リカルドがそう言うと、ターニアは困ったような表情になり……
「お願いです、リカルド様。今のウクブレストに関する事で、ご存知の事があれば、何でもいいので教えていただきたいのです」
と言った。
「ウクブレストの事を教えて、か。ウクブレストは君の国だ。僕たちよりも、君の方が詳しいはずだろう?」
そう言ったリカルドに、確かに、とターニアは頷く。
「ですが、私は長い間国を離れ、他国に留学をしていました。そして留学していた間、私は一度もウクブレストに戻らなかったのです。だから、私は今のウクブレストについて、何も知らないのです」
「なるほど、そう言われれば、そうかもしれないね。だけどターニア、どうして僕らに今のウクブレストの聞こうと思ったんだい? 何か理由があるんじゃないのか?」
「それは……留学先で、ウクブレストが他国に攻め入ろうとしているという噂を聞いたからです」
ターニアは、フレルデントとは反対側に位置する、ウクブレストの近隣の国に留学していた。
彼女が学んでいたのは、歴史と魔法。
その理由は、ウクブレスト王家に魔力を持つ者が生まれにくくなっているからだった。
「ウクブレストは、近代化の進んだ国です。ですが、私の知りたい事は、ウクブレストでは学べない事でした。他国で学んだ事は、とても興味深い事で、私は国にも帰らずに勉学にのめり込みました。そうしてつい最近、友人からウクブレストが他国に攻め入ろうとしているらしいという事を聞いたのです」
他国に攻め入ろうとしているウクブレストの王女だと周りに知られれば、ターニアに危険が及ぶかもしれない。
だから彼女は、ウクブレストが攻め入ろうとしている国々から逃れるように、遠回りをして自国に戻ろうとする過程で、このフレルデントを訪れたのだと言った。
「いろんな国で、ウクブレストが周りの国に圧力をかけようとしている事や、戦争が始まるかもしれないという噂を聞きました。だけど私には信じられなかったのです。だって、好戦的な兄ならともかく、今のウクブレストの王である父は平和主義で、周りの国々との調和を望んでいたのですから!」
だから、ウクブレストに何かが起こっているのではないかと思ったらしい。
そして、もしも何かを知っているのなら、何でもいいので教えてほしいのだとターニアは続けた。
「なるほどね、君はとても賢い子だ」
「ありがとうございます。それで、リカルド様は、何かご存知ではないでしょうか? 私には、父が他国に攻め入ろうとしているという事が、どうしても信じられないのです!」
ターニアに縋るような目で見つめられ、リカルドは考える。
彼女に真実を教えるべきか、教えないでおくべきか。
真実を告げたところで、彼女は信じないかもしれない。
だけど、真実を知らないまま自国に戻れば、彼女の身に危険が及ぶ可能性があるのではないだろうか。
フレルデントとターニアにとって、どうする事が最善なのか。
だが、リカルドが考え込んでいる間に、新たにこの場に飛び込んできた者が居た。
「何を言ってるんだ! お前の父親は、ひどい男だ! 最低な王だ!」
「お、おい、クリス!」
勢いよくドアを開け、飛び込んできたのは、クリスだった。
クリスは止めようとしたステファンの腕をすり抜けると、ターニアに詰め寄る。
「お前の父親と兄は、最低な奴らだ! あいつらは、僕らファインズ家に、ものすごくひどい仕打ちをしたんだ!」
「クリス? あなた、クリス・ファインズ? あなたがどうしてこのフレルデントにいるの? それに、どういう事? 私の家族があなたたちに何をしたって言うの?」
「それは、教えてやるさ! お前の父親と兄はっ……」
「クリス!」
パン、と乾いた音が響いた。
飛び出したクリスの跡を追って来たエランドが、息子の頬を叩いたのだ。
「父様……」
「クリス、お前は何をしているのだ! 姫は何もご存知ないのだぞ! その姫に対してお前はっ……」
エランドに頬を叩かれて頭が冷えたクリスは、ターニアに向き直ると、小さく「ごめん」と謝った。
ターニアはそれに頷きながらも、
「どうしてファインズのおじ様が、フレルデントに居られるのですか?」
と不安そうな表情で呟いた。
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