第12話・ロザリンドの評価


「アリア、お待たせ」


 リカルドがロザリンドの館に戻ったのは、彼自身が言っていた通り、午後のお茶の時間の少し前だった。

 だが、ロザリンドのそばにアリアの姿がない事に気づいたリカルドは、彼女は自分を待たずに帰ってしまったのかもしれないと思い、落胆した。


「大ばば様、アリアはどうしたのですか? やはり、ダーフィルの屋敷に戻ってしまったのですか?」


「いや、まだここに居るよ。今はここの雑用を手伝ってくれているのさ」


 首を横に振り、ロザリンドは言った。

 リカルドは喜び、アリアがどこに居るのかを問う。

 今日の仕事は、あらかた終わらせてきた。一刻も早くアリアに会いたかったからだ。


「まぁまぁ、落ち着きなさい。あの子はお前の大事な子なんだろう? 恋焦がれた相手を前に浮かれる気持ちはわからないでもないが、まだ恋人でもないのに、強引にいって困らせるのではないよ。焦らず落ち着いて接しなさい」


 優しく諭されて、リカルドは赤面して頷いた。

 いくつになっても、この曾祖母にだけは、心を見透かされてしまうのだ。


「坊、少しばばと話をしよう。あの子に対する私の評価に、坊は興味ないかい?」


「それは……とても興味がありますね」


 少し緊張して頷いたリカルドは、近くにあった椅子に素直に腰を下ろした。


「あの子が坊を待つ間に、何かできる事をさせてほしいと言ったから、今は薬草の仕分けを任せている。最初は何を言い出すのかと、驚いたよ。私のご機嫌取りでもするつもりなのかと思ったさ」


 ロザリンドはそう言うと、苦笑した。


「でも、違ったよ。ご機嫌取りに手伝いを申し出たのではなく、本当に自分がしたかったようだ。指示した事を、休憩も取らずに真面目にこつこつとやっているよ」


「彼女はとても真面目な子なんです。サリーナがそう言っていたのを、大ばば様だって聞いた事があったでしょう」


 リカルドがそう言うと、あぁ、とロザリンドは頷いた。


「あの子は、とてもいい子だね。声が出なくても、ずっと精霊たちがあの子のそばに居るよ。あの子が大好きで仕方ないのだろうね。そういうところも、坊にぴったりの相手だと思うよ。よくあんなぴったりの相手を見つけたものだ」


 ロザリンドに誉められて、リカルドは頬を染めて照れた。

 アリアの事を誉められたのが嬉しい。

 どうやらこの曾祖母は、アリアの事を大変気に入ったようだった。


「早くあの喉を治してやりたいねぇ。きっと声も可愛いだろうに」


「えぇ、とても可愛くて綺麗な声をしています。と言っても、僕が聴いたのは、かなり昔の事ですが……」


 リカルドは初めてアリアを見た時の事を思い出した。

 自分と同じように精霊に愛されている少女。

 彼女はそれを知らないようだったが、幼いリカルドは、彼女を自分の運命の相手だと確信したのだ。

 リカルドは、あの日からずっとアリアに恋をしている。

 それはロザリンドも知っている事だった。

 だから、ロザリンドは可愛い孫の初恋の相手を、心底助けてやりたいと思っていた。


「坊、今、あの子に渡して飲ませているのは、傷ついた喉を癒す薬だ。あの子の喉を治すには、まず傷ついた喉を癒す事から始めなくてはならない」


 そう言ったロザリンドに、はい、とリカルドは頷いた。

 喉が痛んだままだと、食事もしづらいだろう。

 早く治してやりたいとリカルドは思った。


「呪いを解くための薬は、別に作る。そうしたら、お前が呪いを解いておやり」


「わかりました。ありがとうございます、大ばば様」


「じゃあ、坊もだいぶ落ち着いたようだし、そろそろ離れに居るアリアを呼んでおいで。みんなで午後のお茶をしよう」


「はいっ」


 リカルドが離れに向かうと、ロザリンドが言ったように、アリアは一人で真面目に薬草の仕分けを行なっていた。

 誰も見ていないのだから、嫌なら休めばいいのだが、彼女は誰にも見られていなくても、真面目に作業を続けている。

 これは本当にロザリンドへのご機嫌取りではなく、彼女自身が自らの意思で、手伝いをしたいと思っているのだろう。

 籠を抱えた彼女が、バランスを崩してよろめいたところで、リカルドは転びそうになる彼女と籠へと腕を伸ばした。

 アリアはリカルドの腕の中、少し照れたように笑い、声の出ぬ唇で、ありがとうございます、と礼を言う。


「待たせてすまなかったね」


 と詫びながら、リカルドは腕の中のアリアが愛しくてたまらないと思った。


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