第11話・リカルドのわがままと、アリアのお手伝い



「やあ、アリア。大ばば様の薬は、ちゃんと飲んでいるかい?」


 翌日もリカルドは、ダーフィル公爵家を訪れた。

 忙しいはずなのにとアリアは驚いたが、リカルドは、


「さぁ、行こうか」


 とアリアの手を取ると、昨日と同じようにアリアを愛馬ブライトに乗せる。


「アリア、僕が毎日、大ばば様の館まで送り迎えするからね」


 そう言ったリカルドにアリアはまた驚いた。


「でも、君は大ばば様の診察を受けないといけないだろう?」


 確かにそうではあるのだが、忙しいリカルドに送り迎えしてもらうというのは、申し訳なさすぎる。

 だけど、声を出す事ができないアリアには、今の気持ちをリカルドに伝える事は、できなかった。

 ただ戸惑った表情で、彼を見つめる事しかできない。


「リカルド様、アリアが困っていますわ。それに、お仕事は大丈夫ですの?」


 見かねたサリーナが、助け船を出してくれたが、リカルドはサリーナをチラリと見ると、ニヤリと笑って答える。


「大丈夫だよ、サリーナ。僕にはとても優秀な人材がついているからね」


「あら、その優秀な人材が、王子の代わりに残業になったりしたら、その方の妻はガッカリしてしまいますわ」


「あはは、言うねえ、サリーナ。でも、安心するといい。朝の分はやってきたから大丈夫だ。ステファンにも無理をさせないし、アリアは夕方にはこちらに送り届けるよ」


 リカルドはそう言うと、愛馬ブライトの腹に蹴り入れ、走り出した。


「おやまあ、坊、お前、また来たのかい? ダーフィルに馬車を出させれば良いものを」


 アリアを連れて館を訪れたリカルドを、ロザリンドは呆れたように見つめた。


「もちろんですよ、これからはアリアを連れて、毎日来ますよ」


「今までは月に何度かしか来なかったくせに、何を言うか」


「大ばば様ったら、毎日僕に会えるのが嬉しいでしょう?」


 リカルドはアリアを優しくブライトから下ろすと、ロザリンドの方へと促した。


「アリア、申し訳ないが、僕は少し戻らなくてはならない。昼には戻れそうにはないが、午後のお茶には戻るつもりだから、それまでここで待っていてほしい」


 リカルドはそれだけ言うと、再びブライトに跨がり、行ってしまった。

 やはり彼は忙しい身なのだ、とアリアは思った。

 そして、これ以上彼の手を煩わせてはいけないと思い、ロザリンドに詫びて、診察が終われば自力でダーフィル公爵家に戻ろうと思う旨を、筆談でロザリンドに告げた。

 少し距離はあるだろうが、ダーフィルの館からロザリンドの館までの道は、なんとなく覚える事ができたので、一人ででも戻れると思ったのだ。

 だが、ロザリンドは首を横に振り、リカルドが戻るまでここで待つように、アリアに告げた。


「お前さんに何か用事があるというわけではないのなら、どうかこのまま待ってやっておくれ。あの子はね、めったにわがままなんて言わないんだよ」


 ロザリンドは皺だらけの手でアリアの手を握り、言った。

 老女のその様子にはどこか必死さが感じられて、特に予定があったわけではないアリアは頷いた。


「そうかい、良かったよ。ありがとうねぇ。じゃあ、診察をしようかねぇ」


 ロザリンドは皺だらけの顔で嬉しそうに笑うと、アリアを連れて館へと入っていった。


「薬はちゃんと飲んだかい? あぁ、昨日よりは少し腫れが引いているようだねぇ、良かったよ」


 喉の診察をしたロザリンドは、また嬉しそうに笑った。

 リカルドの感情表現が豊かなところは、この曾祖母に似たのかもしれないとアリアは思う。


「お前さんの話は、サリーナから良く聞いていたよ。大人しくて真面目な娘だと聞いていた。突然他国の王子が迎えに行ったりして、驚いたのではないかい?」


 そう問われ、アリアは頷いた。

 だけど、とても驚いたけれど、良くしてもらってとても嬉しいと伝えると、ロザリンドは安心したようにほっと息をついた。

 ただ、リカルドは忙しい身なのに申し訳ないと思うと伝えると、


「それはね、構わないんだよ」


 と言ってロザリンドは笑った。


「あの子は今頃、お前さんに構っていたからだと言われないように、いつも以上に張り切って仕事をしているだろうよ。それで良い結果が得られるなら、万々歳さ」


 ロザリンドはアリアにとても好意的だった。

 迷惑だと思われているのではないかと思っていたアリアは、胸を撫で下ろした。


「だからね、坊が戻るまで時間がかかるだろうから、退屈かもしれんが待っていてやっておくれ」


『では、私でもお手伝いできる事があれば、お手伝いせてもらえませんか?』


「何だって?」


『雑用でも何でもいいのです。私にできるような事があれば、させていただけませんか?』


 アリアの申し出にロザリンドは驚いたようだったが、少し考えて頷いた。


「お前さんは、薬草の知識はあるかい?」


 アリアは頷くと、ノートにペンを走らせた。


『家の庭で、いくつか育てていました。あとは、本で読んだ程度の知識です』


「そうかい、では、おいで」


 ロザリンドはアリアを連れて館の外に出ると、離れへと向かう。


「この離れには、薬草を置いているんだ。この国は自然が豊かだろう? 特別な栽培をしなくてはならないもの以外は、駄賃目当てに子供たちがそのへんから採ってくるのだが、雑草も多いんだ。だから誰かが仕分けをしなければならないんだが、なかなか手が回らなくてね」


 離れの入り口には、薬草が入った籠が、いくつも積み上げられていた。

 そのうちの一つを覗き込んだロザリンドが苦笑する。

 籠の中身は、ほとんどが雑草だった。


「雑草が多く困ったものだねぇ。だけど、中にはちゃんと使えるものもある。それがどれかわかるかい?」


 アリアは籠の中を覗き込み、手を伸ばした。

 ほとんどが雑草だったが、確かにいくつか使えるものもある。

 三種類の草を取り出してロザリンドに見せると、老女は満足そうに頷いた。


「うん、いい子だ。それで合っているよ。では、急がなくてもいいから、ここでその薬草の仕分けをしてくれるかい? 雑草は堆肥にするから、一まとめにしておいておくれ」


 ロザリンドはそう言うと、館に戻って行き、アリアはロザリンドに言われた通り、薬草の仕分けを始めた。

 些細な事かもしれないが、アリアは自分に手伝える事があるのが、嬉しかった。

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