第10話・パーティーの裏側


「スザンヌ……お前、あの娘に何を飲ませた?」


 今や正式な婚約者となったスザンヌを、王宮の自室へと招いたディスタルは、彼女に尋ねた。

 

「俺がお前に渡した薬は、一時的に声が出なくなるだけのものだったはずだ。だが、あの娘は何日も生死の境をさまよったらしい。声は完全に出なくなり、一部の者の中では、毒を盛られたのではないかという噂まで出ているらしいぞ」


「あら? 何もしていませわよ? それに、私はディスタル様から、薬なんて受け取ったかしら?」


「ほう、そうくるか」


 ディスタルはスザンヌの顔を興味深げに眺めた。

 激しく華やかで美しいこの女には、全く退屈しない。

 彼女は初めて出会った時から、その胸に野望を抱いているのが一目でわかった。

 男爵令嬢ではあるが、貧乏だったマッコール家に生まれた彼女は、何としても、何をしてでもそこから這い上がろうとする、野望と執念を持っていた。

 ディスタルに近づいたのも、金のためであり、その野望のためだっただろう。

 この女はディスタルを使って、成り上がろうとしているのだ。

 そんなスザンヌを、ディスタルは本当におもしろい女だと思っていた。


「お前は、本当に興味深いな」


 元婚約者とは大違いだと思う。

 元婚約者であるアリアは、ディスタルにとって本当につまらない女だった。

 年齢が五歳も離れていた事もそうだが、アリアは幼く、大人しく真面目過ぎた。

 せめて姉の方ならと……何故、妹の方なのかと、何度思った事か。


「お前にとってアリア・ファインズは、殺したいほどの相手だったか?」


そう問いかけると、スザンヌはただ、ニヤリと笑った。


「公爵家に生まれ、両親に大事に育てられ、何の苦労もせず王に認められ、あなたの婚約者になり……良いご身分の方だとは、常々思っておりましたわ」


「ほう……」


 要するに、気に入らない相手だったという事だ。


「殺してやりたいと、思ったか」


「ふふっ」


 否定をしない彼女を見て、ディスタルはスザンヌがアリアを本気で殺そうとしていたのを感じ取った。


「大胆な女だな」


「でも、ディスタル様は、こんな私の事を気に入ってらっしゃるでしょう?」


「あぁ、そうだな」


 ディスタルはスザンヌへと手を伸ばすと、彼女の体を引き寄せた。


「俺の事は毒殺しようとしないでくれよ」


「ディスタル様が私を捨てない限り、そんな事はしませんわ」


 心の中で、どうだか、と思いながらディスタルはスザンヌに唇を寄せた。

 窓の外でカツンと音がした。

 ちらりと窓に視線を向けると、小鳥が飛び立つのが見えた。






 現ウクブレスト王である、ヨハン・ウグブレストの伸ばした手の指先に、小鳥がとまる。

 ヨハンは小鳥に魔法をかけ、息子であるディスタルと、婚約者となったスザンヌを探らせていたのだ。

彼は小鳥が見聞きしてきた事を確認すると、はぁ、と深いため息をついた。

 役目を終えた小鳥は、ヨハンの指先から飛び立っていく。


「あなた……アリアの件は……」


 ヨハンに声をかけたのは、彼の妻であるヘレナだった。


「あぁ、やはりディスタルとスザンヌが原因のようだった」


 ヨハンは頷くと、また深いため息をついた。


「ディスタル……なんて事を……」


「あぁ……あの精霊に愛されている娘を傷つけるなど……」


 アリア・ファインズはヨハンにとって親友である、エランド・ファインズ公爵の次女だった。

 アリアが精霊に愛されている娘だという事に、ヨハンが気付いたのは、十年以上も前の事で、彼がヘレナと共にファインズ公爵家に招かれていた時の事だった。

 庭から愛らしい歌声が聴こえ、ヘレナと共にそちらへと目を向けた彼は驚いた。

 歌う少女の周りを、精霊たちが嬉しそうに飛び回っていたからだ。

 ヨハンには、昔から精霊が見えていた。

 だから一目でわかったのだ。

 この少女は精霊たちに愛されており、癒し守る事ができる力を持っている事を。

 そして、少女が精霊たちに愛され続ける限り、精霊たちは少女を守り、少女の願いを叶えるために、力を貸し続けるのだろうと。


 ウクブレスト王国は、近代化が進んだ王国だった。

 最新の兵器を開発し、他国を攻め、領土を広げてきた。

 だが、それと同時に、ウグブレスト王国は信仰と伝統を失っていった国でもあった。

 信仰と伝統を失うという事は、魔力の衰退を意味しており、現にウクブレスト王家の魔力は少しずつ失われていき、ヨハンの父親は魔力を持たずに生まれていた。

 その息子であるヨハンは魔術師であった母の血と考え方の影響で、精霊が見えるほどの魔力を持って生まれたが、後継であるディスタルの魔力は、ささやか過ぎるものだった。

 だから、ヨハンは次代の王となるディスタルのために、この王国のために、精霊に愛されているアリアを求めたのだ。

 だがディスタルは反発し、別の女性を妻にするために、精霊に愛されるアリアを陥れ、傷つけた。


「この国は、精霊たちの怒りを買ってしまったかもしれないな」


 うなだれるヨハンに、ヘレナが寄り添う。

 魔力が衰退したウグブレストは、今後更なる近代化の道を進み、他国を侵略し、恨みを買っていくのだろう。

 近い未来、周りに味方はなく、敵ばかりになってしまうのかもしれない。

 だから、ヨハンはあの娘が欲しかった。

 癒し守る力を持つに、この国を愛し守ってもらいたかったのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る