第3話・パーティーの後

 あのパーティーの後、アリアは高熱を出し、五日間生死の境をさまよった。

 そして六日目の朝、アリアが目覚めると、母親のセリカと隣国フレルデントのダーフィル公爵家に嫁いでいった姉のサリーナの姿が、目の前にあった。


「アリア! 良かったわ!」


 サリーナはアリアが目を覚ますと、美しく整った顔を嬉しさのあまりくしゃくしゃにして、まるで飛びかかるようにしてアリアを抱きしめた。

 セリカは夫のエランドと息子のクリスに、アリアが目覚めた事を知らせに行き、四人の家族は涙を流してアリアが目覚めた事を喜んでくれた。


 目覚めたばかりのせいか、記憶がおぼろげなアリアは、それでも大切な家族に自分が迷惑をかけてしまったのだと思い、「心配をかけてごめんなさい」と謝ろうとした。

 だが、アリアの声は、出なかった。


「アリア、声が、出ないのかい?」


 そう聞いてきたのは、父親であるエランドだった。

 アリアは頷き、自分の喉へと手を触れた。

 アリアの喉は熱を持ち、棘のようなもので絶えず突かれているような痛みがあった。

 どうしてこんな事になっているのだろう……しばし思い巡らせた彼女は、自分があのパーティーで失態を犯し、ディスタルから婚約破棄を言い渡された事を思い出した。


「アリア!」


「アリア姉様っ!」


 ぽろりと涙を零すと、傍に居たサリーナとクリスがアリアをきつく抱きしめてくれた。

 自分は公の場で失態を犯してしまった……その事で父や弟に迷惑はかからなかっただろうか、と思う。

 クリスの顔を見て、物を書く仕草をすると、聡明な彼はノートとペンを持って来てアリアに渡してくれた。

 アリアは礼の代わりにクリスの頭を撫でると、ノートに尋ねたい事を書き、エランドに見せた。


『私はパーティーで失態を犯してしまいました。申し訳ありません。私のせいで、お父様やクリスに、迷惑がかかってしまったのではないですか?』


「こんな自分がつらい時に何を言っているんだ、アリア。大丈夫だよ、気にしなくていいんだよ?」


 その言葉が嘘か真かはわからなかったが、優しい父の言葉にアリアはまた涙を零した。

 優しい両親に、姉と弟。自分は家族に恵まれていると思った。


『私が寝込んでいた間の事を、全て教えてください』


 そう書いて問いかけると、エランドは渋い顔をしたが、わかったと頷いた。


「あのパーティーの翌日に、国王陛下から正式に婚約を破棄するという連絡があったよ。だが、それだけだ、私やクリスに対して何か沙汰があったというわけではないから、安心しなさい」


 それを聞いて、アリアはほっと息をついた。

 良かった、と唇を動かすと、それに気づいたクリスが吐き捨てるように言う。


「全然良くないよっ! ディスタル王子も、王様も、ひどいよっ! 一方的に姉様を婚約者にして、一方的に破棄するなんて! しかも、あんなふうに大勢の前で姉様をさらし者にしてっ……」


 アリアは涙目になって震えるクリスの体を、そっと抱き寄せた。

 弟にこんな事を言わせてしまったのは、不甲斐ない自分なのだろうと彼女は己を責める。

 それに気づいているサリーナが、アリアごとクリスを抱きしめた。


「クリス、それはもう終わった事にしなさい。確かに理不尽ではあるけれど、私たちは国王陛下には逆らえないもの……」


「でもっ……」


「それに、別の考え方をすれば、あんな思いやりの欠片もない男の元に、優しくて可愛い私たちのアリアが嫁ぐ事にならなくて、良かったわ。あんな男に嫁いだら、きっと辛い事ばかりに決まっているもの……」


「うん、そうだね……そうだよ!」


 アリアはクリスの背中を優しく撫でながら、ぼんやりとサリーナの言葉を聞いていた。

 アリアに見向きもしなかったディスタルは、スザンヌと結ばれるために、彼女と共に、アリアを排除しようとしたのだろう。

 だけど、もしもスザンヌと結ばれたいだけなのなら、どうして自分に公の場で失態を犯させて婚約破棄を言い渡し、さらし者にするという方法を取ったのだろう。

 自分はそんなにも、ディスタルに嫌われていたのだろうか?

 そう思うと、アリアは悲しくなって、また涙を零した。


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