第2話・嵌められた令嬢
喉が焼けるように痛み、上手く息ができなかった。
一体どうしたのだろう、とアリアは思う。
自分の体なのに、上手く動かす事ができず、せめてパーティーの席で粗相をしないように、気を張っている事しかできなかった。
今は隣国フレルデントの王子、リカルド・フレルデントを招いての、大切なパーティーの最中だというのに。
婚約者であるディスタルのために、歌を歌わなければならないというのに。
「どうした、アリア。何故歌わない? お前は俺に恥をかかせるつもりか? この公の場で、我が親友リカルドを歓迎できないとでもいうわけか?」
アリアの異変は誰が見ても一目でわかるものだった。
呼吸は浅く、体は震え、顔色は紙のように白かった。
だけどディスタルは少しもアリアを気遣う素振りをせず、逆に何故歌わないのだとアリアに詰め寄った。
ディスタルに恥をかかせてはいけないと思い、アリアは歌うために必死に息を吸い込もうとしたが、喉が焼けるように痛み、肺が軋み、咳込んでしまう。
アリアはちらりと自分を囲むギャラリーを見回し、そこに両親と弟の姿を見つける。
このパーティーには、両親と、将来公爵家を継ぐ事になる弟のクリスも招待されていた。
ここで自分が歌えなければ、ディスタルにだけでなく、家族にも恥をかかせてしまう事になってしまう。
だから、歌わなければならない――そう思ったが、アリアはどうしても声を出す事ができなかった。
「もういい。これ以上待っても無駄なようだ」
ディスタルは深い息をつくと、アリアをアイスブルーの目で呆れたように見つめた。
謝ろうとアリアは口を開きかけるが、再び咳込み俯いてしまう。
アリアに追い打ちをかけるように、ディスタルはもう一度深い息をつくと、小声で「役立たず」と言った。
弾かれたようにアリアは顔を上げたが、ディスタルはもうアリアには用はないと言わんばかりに彼女から顔を背け、別の女性を見つめ、その名を呼んだ。
「スザンヌ」
ディスタルに名前を呼ばれた女性は、はい、と頷き前に出てきた。
燃えるような赤い髪と金色の目をしたその女性に、ディスタルは手を差し出した。
スザンヌと呼ばれた女性は、ディスタルの手に自分の手を重ねる前に、ちらりとアリアに目を向けて、ニヤ、と笑う。
アリアはこの赤い髪と金色の目をした女性と、このパーティーが始まる前に話をしたのを思い出した。
そして、その時に彼女から飲み物を勧められ、口にした事も。
彼女の名前は、スザンヌ・マッコール男爵令嬢。
ディスタルが、様々な場所で愛でた『華』の一人と噂される女性だった。
「あの役立たずの代わりに、歌え、スザンヌ。俺のために」
「はい、ディスタル様」
ディスタルの隣で、スザンヌが歌い始める。
その歌声は歓迎の席で歌うには攻撃的な炎のように激しいものだったが、堂々と歌い上げるその姿は、ギャラリーを圧倒した。
● ○ ●
スザンヌの歌が終わり、パーティー会場は拍手と声援に包まれた。
スザンヌは優雅にお辞儀をし、隣に立つディスタルと微笑み合う。
「スザンヌ、やはりお前は最高の女だな」
ディスタルはそう言うと、スザンヌの腰に腕を回し抱き寄せた。
「簡単な頼み事一つ満足にできず、婚約者である俺に恥をかかせる女とは違い、お前は本当に素晴らしい。その美しさ、堂々とした佇まい、スザンヌ、お前こそ、この俺にふさわしい。どうか俺の婚約者に……いや、妻になってくれ」
「まぁ、ディスタル様……」
「そして、アリア・ファインズ。お前との婚約は、破棄させてもらうぞ! 俺からの簡単な頼み事一つも満足にできないのだから、仕方ないだろう。父上、母上、アリア・ファインズは公の場でこれだけの失態を犯したのです。異論はありませんね?」
突然突き付けられた婚約破棄宣言を聞いても、声が出せないアリアは何も言う事ができず、好奇の目にさらされるしかなかった。
また、彼女を息子の妻にと望んだ国王夫妻も、アリアの両親も弟も、ディスタルが口にした婚約破棄と、新たな婚約者の決定を止める事は出来なかった。
「アリア、大丈夫かい。今日はもう、失礼しよう……」
「そうです、アリア姉様、家に帰りましょう」
父親であるエランド・ファインズ公爵と弟のクリスが震えながら立ち尽くすアリアに近づき、彼女の好奇の目から庇い、支えてくれた。
アリアはパーティー会場を出るまで、自分の足で必死に歩いたが、会場を出た瞬間崩れ落ちるように倒れ、意識を失った。
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