第2396話 佐野さんとの再会 Ⅵ

 「佐野、大変なことになった」


 トラがいなくなってから、半年後のことだった。

 俺は和久井署長に呼び出された。


 「何かあったんですか?」


 てっきり事件かと思っていた。

 でも、一介の刑事の俺だけが呼び出されるのはおかしい。

 署長室には俺の他、誰もいなかった。


 「佐野警視! これから耳にすることは決して他言してはならない!」

 「はい!」


 俺は敬礼し、それを誓った。


 「ある日本の最重要人物からの指令だ」

 「はい!」

 「その方は日本をずっと裏から支えている方だ。総理大臣といえども、その方には逆らえない」

 「はい」


 日本の黒幕ということか。

 そういう人間たちがいることは俺も知っている。

 ロッキード事件でその一角が崩れたことも。


 「お前が想像しているものよりも、ずっと上の存在だ。そのお方は、俺とお前はこの署に残るように命じられた」

 「はい?」

 「俺たちはどこへも異動はない。退職までここにいる」

 「はぁ?」

 「指令の内容はそういうことだ」

 「はい」


 どうにもわけが分からなかった。

 別にどこかへ異動したいわけではないが、どのような理由でここへ残ることになったのか。

 和久井署長は表情を和らげ、俺にソファへ座るように言った。

 自分も俺の向かいのソファに座る。


 「いいか、ここからが本当に秘密の話だ」

 「はい」

 「この指令は、お前もよく知っているあの赤虎、石神高虎に関わることなんだ」

 「エェェー! トラですかぁ!」

 「声が大きい!」


 叱られた。

 極秘の会話というのは本当なのだろう。


 「お前も、この街が少々異常だったとは思ったことはないか?」

 「はい?」

 「地方とは言えないが、はっきり言って山に囲まれた田舎町だ。人口だってそれほど多いわけじゃない」

 「はい」


 話の流れが見えない。

 トラがどうかしたのか?

 和久井署長が話を続けた。


 「それなのに、やけに暴力団組織が多かった。しかもどこも武闘派のとんでもないイケイケの組織だった」

 「ああ!」


 なるほど、そのことは俺も不思議に思っていた。

 誘拐や殺人も平然と行なう危険で厄介な連中ばかりだった。


 「シノギも厳しかったはずだ。それなのに、幾つもの物騒な連中が集まっていた」

 「そうですね!」

 「それに過激派だの愚連隊だのも異常に多かった。日本で警察署を真っ向から襲う連中がそうそういるはずもない。俺が言うのもなんだが、たかが田舎の警察署だぞ?」

 「言われてみればそうですよね?」

 

 過激派が手製の銃や爆弾やら火炎瓶を抱えて襲って来たことがある。

 ヤクザが仲間を取り戻そうと、マシンガンを持って飛び込んできたこともあった。

 どちらも、偶然その場に居合わせたトラが撃退した。


 「集められたんだよ」

 「え?」

 「この街にな。そのとんでもないお方がそうしたのだ」

 「どういうことですか!」

 「静かに!」


 また叱られた。

 和久井署長が俺の隣に移って来た。

 本当に他の人間に聞かれるわけにはいかない話なのだ。

 声のトーンがまた低くなった。


 「石神高虎だ」

 「トラ?」

 「そうだ。彼を鍛え上げるために、そのように仕向けられたのだということだ」

 「そんな!」


 信じられない話だった。

 トラは確かに暴れん坊だった。

 でも、どうして……


 「石神高虎は、特別な人間だったんだ」

 「なんですか、それは」

 「彼は強くならなければいけなかったんだ」

 「トラが?」

 「そうだ。だから過酷な状況が作られた。実際に石神高虎を中心として、数々の大事件が起きた」

 「それはそうでしたが」


 本当にそうだ。

 何故か平和なはずのこの田舎町で、いつも大事件が起き、常にその中心にトラがいた。

 特に過激派による警察署襲撃事件は全国が驚愕し、マスコミの報道で一時は大混乱だった。

 今でも日本の学生運動史のトップの事件として記録されている。


 「石神高虎を中心に事件が起きて、その結果武闘派ヤクザも過激派も愚連隊も全て潰された」

 「!」


 その通りだった。

 何故俺は今まで気づかなかったのだろう。

 何となくは分かる。

 トラがああいう犯罪者とは別格の、明るく優しい奴だったからだ。

 あの連中とはあまりにも違うために、トラが偶然巻き込まれていると思い込んでいたのだ。


 「俺も偶然だと思っていた。やけに大事件が多かったとは思ったが、まさかそれが一人の少年のために仕組まれていたことだったとは考えもしなかった」

 「そうですよね……」


 俺も同じだったが、本当に想像すらしていなかった。

 トラが災厄の多い人間だとは思ってはいたが、まさか本当にトラを中心に回っていたとは。


 「俺も先日、警視総監に呼び出され、そのことを教えられたんだ」

 「警視総監!」

 「全てが日本の真の支配者、小島将軍の力によることだったと」

 「小島将軍……」


 初めて聞いた名前だ。

 一介の刑事などは、一生知ることもないのだろう。


 「石神高虎は、小島将軍に見初められた人間だったのだ。それがどういうことなのかは分からないけどな」

 「トラ……」


 「石神高虎は、その試練のようなものを全て乗り越えた。お前も分かっているだろう? この街にはもう厄介な暴力団も過激派も危険な愚連隊もいない。これからも多少の事件はあるだろうが、今までとは全く違う。本来の平和な街になったんだ」

 「トラのお陰なんですね」

 「そうだ、あの石神高虎が全部平らげた。悪人はいなくなったんだ」

 「そうですね……」


 本当にその通りだった。

 でも、そうすると最初の指令の意味が分からない。


 「それで、自分と署長がここに残るというのは、どういうことなんですかね?」

 「俺たちで、石神高虎が平和にしたこの街を守り続けて欲しいということなんだよ」

 「え?」

 「石神高虎が愛したこの場所を、ずっと守れということだ。悪い人間、犯罪はこれからも起きるだろう。だから我々が守れと。あの少年が大事に思うこの街をずっと守れということだ」

 「!」

 「石神高虎に触れ、彼の信頼を得た俺たちならば、そうしてくれるだろうと、小島将軍が仰ったそうだ。あの方に信頼されたということは、相当凄いことなのだそうだよ」

 「……」


 言葉も無かった。

 小島将軍という雲の上の方のことは分からない。

 でも俺は、トラが愛したこの街は絶対に守りたいと思った。


 「それをやらせてもらえるんですね」

 「そうだ」

 「ありがとうございます! 必ず、守りますよ!」

 「そうだな」

 「はい!」


 嬉しくて涙が出た。

 和久井署長も笑っていた。


 「名誉なことだし、実に遣り甲斐のあることだよな!」

 「はい!」


 




 和久井署長と俺は、それをやり切ったと思う。

 先に和久井署長が定年退職し、警備会社を始められた。

 その会社は小島将軍の援助があったそうだ。

 そして俺も定年退職し、和久井署長に誘われその警備会社に入った。

 部長職を与えられ、とんでもない高給を頂くことになった。


 でも、地位や金などはどうでもいい。

 俺はトラの愛したあの街を守ったことだけで十分だ。

 それが俺の人生の誇りであり、あのトラと一緒に過ごした時間が、俺の一等の大事な思い出だ。

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