第2393話 佐野さんとの再会 Ⅲ

 俺は街の製材所の社長夫婦の殺人事件を追っていた。

 二人は首を吊った状態で発見され、心中の線も浮かんだが二人の身体に幾つも暴行の跡が見つかり、殺人事件の可能性も見えていた。

 製材所は借金があり、社長夫婦が死んで抵当権を持っていた山野組がその土地を手に入れた。

 ならば、もう決まった。

 俺は地道に聞き込みをし、証拠を揃えて行った。

 事件の前日に山野組の連中が製材所に押し寄せていたことが分かった。

 寿司屋の出前の店員が工場内で正座している夫婦とそれを取り囲んでいた山野たちを見ていた。

 あまりの光景に、出前の店員がそのまま帰らずに聞き耳を立てていたのだ。


 「さあ、折角美味い寿司を取ってやったんだ。喰えよ」

 「最後に美味いもの喰ってさ、それでな」

 「どうせもう返せる借金じゃねぇ。そろそろ綺麗に精算して楽になれって」

 「首吊りは痛くもなんともねぇんだってよ。な、良かったな」


 恐ろしい会話に出前の店員はすぐに逃げた。

 誰かに話そうとも思わなかった。

 話せばあの連中は復讐に来る。

 人を殺すのは何でもない連中なのは、自分が聞いた通りだ。

 だから口を噤んでいた。


 俺は製材所の中に遺された寿司桶を見て、それを運んだ店員に問い詰めた。

 なかなか話そうとはしなかったが、俺が必ず護ると言い、やっと事実を聴かせてもらった。

 もちろん本人も良心の呵責に悩んでもいた。

 そうやって幾つもの証拠を集め、ついに山野組長をあげることが出来た。

 山野には他の余罪も多く見つかり、数十年はムショから出られないはずだった。

 寿司屋の店員のことは伏せられ、ただ俺のことが山野組に知られた。

 組長があげられ組は解散に追い込まれたが、残党が俺を逆恨みしたようだ。

 

 俺の女房と娘が狙われた。





 トラがどこでその話を聞いたのかは、後から分かった。

 最初は、トラが家族の顔を見ていたからなのだろうと思っていた。

 いつものごとく、俺がトラの取り調べをしていた時に、女房が娘を連れて署内に来たのだ。

 泊まり込みが続いていた俺に、着替えをもって来てくれたのだった。

 トラがこっちを見て手を振っていた。

 俺の家族だと気付いたのだろう。

 トラは頭がいい。

 バカだが。


 だからあの日通りかかって女房と娘だと気付いたのかと思っていた。

 でもそうじゃなかった。

 ちゃんと考えれば、そんな偶然などあり得ない。

 俺は二人が助かったことでトラに感謝し、少々ボケていたようだ。

 刑事としての冷静な考えが出来て無かった。


 後から分かったのは、トラが城戸さんの店で聞いた会話からだったらしい。

 城戸さんが、店に来た元山野組の連中の会話を聞いていた。

 酔っていて、随分と声も大きかったようだ。

 最初はくだらないことを喋っていたようだが、こういうことを言った。


 「佐野の奴、ぜってぇ許さねぇ!」

 「あいつ、女房と娘がいるらしいぜ!」

 

 トラが随分と怖い顔をしていたと聞いた。

 トラはあちこちで揉め事を起こし、近辺のヤクザとも何度もぶつかっていた。

 だから、もしかしたら元山野組のそいつらの顔も知っていたのかもしれない。

 

 城戸さんから、トラが数日店に遅くなってから来るようになったと聞いた。


 「期末試験が近いんで」


 そう言っていたそうだが、トラがテスト勉強で遅くなることなど、それまで無かった。

 あいつはどうしようもない喧嘩屋でバカだが、不思議と学校の勉強はいつも満点だった。

 有名な進学校に通っていたが、そこでも常にトップの成績だったのだ。

 俺も城戸さんも知っている。

 だから城戸さんも不思議には思ったそうだが、別に夜になってからでも構わないので、トラの言う通りにしてやった。


 多分、俺の家族をトラが護ってくれていたのだろう。

 女房は決まった時間に娘を連れて買い物に出ていた。

 だからトラは主にその時間を見ていてくれたに違いない。

 あとは俺の家の近くで張り込んでいてくれたか。

 また娘の帰りも見守っていてくれたことを後から知った。


 あいつは俺に何も言わなかった。


 俺の女房と娘が襲われたのは、多分城戸さんの店での話があった翌週だ。

 男三人でワゴン車に拉致しようとした。

 慣れた連中だから、ごく短時間で終わる誘拐のはずだった。

 そこへトラが突っ込んで行った。

 いつもの真っ赤な《六根清浄》の刺繍の特攻服で、愛車のRZにまたがって。

 瞬時に二人を殴り倒し、運転席の男を引きずり下ろして顔面を踏みつぶした。

 ステンレスの棒で給油口をぶっ壊し、車に火を点けた上で男たちを車内に投げ込んだ。


 「大丈夫ですかぁ!」

 「は、はい!」

 「そんじゃ!」


 瞬時に女房と娘に怪我が無いことを確認して、それだけ言ってトラは逃げた。

 俺は連絡を受けてすぐに現場へ行った。

 スーパーの近くのことであり、通り掛っている人間は多く、何人かの通行人の男性が車の中から元組員たちを引きずり出した。

 車は炎上したが、証言から男たちも自力で脱出していただろうと言っていた。

 そのことがあってトラのやり過ぎの暴力も、少しは酌量の余地となった。


 署に女房と娘を連れて行き、話を聞いた。


 「真っ赤な裾の長いツナギみたいな服の男の子でね、背が高くて凄くハンサムな顔の子」

 「トラかぁ!」

 「背中に《六根清浄》って金色の刺繍があったの」

 「間違いねぇ!」

 「突然バイクに乗って来てね、私たちを助けてくれたのよ」

 「そうだったかぁ!」


 俺は涙が出そうになるほどトラに感謝した。

 トラの家に行ってトラに礼を言おうとしたが、トラは全然知らないと言いやがった。

 あいつはそういう奴だ。

 俺なんかに世話になってると勝手に思いやがって、自分がしたことを何とも思ってない。

 ギョクを胸にぶち込まれて佳苗を助けた時も。

 若い警官が愚連隊に襲われた時に、瀕死の重傷を負って助けた時も。

 火炎瓶持った過激派が警察署を襲った時にも。

 他にも何度もトラが俺たちを助けてくれたのに。

 そして今回は俺の大事な女房と娘を救ってくれた。


 俺はトラを焼き肉屋に呼んで、腹いっぱい喰わせた。

 それくらいしかさせてもらえなかった。






 その後で、女房が思い出したと俺に言った。


 「あのね、前に焼き肉屋で御馳走した石神君ね、あの子を多分、よく見掛けてたの」

 「なんだ?」


 娘の愛花が「最近うさぎちゃんを見掛けない」と言ったらしい。


 「それで思い出したのよ! 愛花と買い物に行くと、よく見掛けてたの。学校の制服を着てたから、今まで気づかなかったわ。カッコイイ子だなって私も思ってたの」

 「トラに間違いないか?」

 「うん。それに家の近所でもよく顔を見てた。愛花も学校の帰りに時々一緒に歩いてくれてたんだって」

 「なんだ、そりゃ?」

 「分からない。愛花はすっかり懐いてたみたいだけど、一度私もお会いしてね」

 「そうなのかよ!」

 「本当に愛花を楽しませてくれてて。私の顔を見たら笑顔で「石神うさぎです!」って。あなたに何度も助けられたんだって言ってたの」

 「お前、トラに会ってたのか!」

 「ええ。ほんの一瞬で行ってしまったから、よく顔は覚えて無かったんだけど」

 「お前、そんなこと……」

 

 女房は、トラが赤い特攻服で助けに来たから、トラの顔に気付かなかったらしい。

 焼き肉屋では見覚えがあるとは思ったようだが、それ以前に会ったのはトラが助けに来た時と、近所で数回見掛けたこと、短い時間愛花と一緒にいる所を見ただけだった。

 俺はその後調べてみた。

 城戸さんからトラがアルバイトを遅くに入っていたことと、元組員たちが店で物騒なことを言っていた話を聞いた。

 トラに改めて礼をしたかったが、もうトラは受け入れてくれないだろう。

 

 だから俺は、あいつが困ったときに絶対に助けると誓った。






 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■






 「ところがお前は、俺を頼ってくれなかったな」

 「頼りない人でしたからね」

 「なんだとぉ!」


 佐野さんが笑った。


 「なあ、お前、女房と娘を護ってくれてたんだろう?」


 俺はそれには答えなかった。


 「みなさん、お元気ですか?」

 「ああ。女房は趣味でアクセサリー作りなんか初めてよ。なんか才能があったみたいでな、今じゃ売り物になってるよ」

 「そうですか!」

 「娘は結婚してな。もう孫が二人いるぜ」

 「おめでとうございます!」


 佐野さんは喋りながら、俺を見ていた。


 「トラ、ありがとう」

 「何をですか。俺こそ佐野さんには散々お世話になったじゃないですか」

 「苦労も多かったけどな!」

 「ワハハハハハハハハ!」


 二人で笑った。


 「まったくよ。あんな田舎町で、どうしてだか大事件ばっかでよ! なんか知らんが恐ろしいヤクザだの愚連隊だの過激派だのがウヨウヨいてよ!」

 「ああ、そうでしたよね」

 「トラが全部潰してくれたな」

 「えぇ、俺ですかぁ!」

 「そうだよ。それで最もワルのお前がいなくなってから、ほんとに平和でなぁ」

 「アハハハハハハ!」


 「俺も無事に定年まで生きてたよ」

 「良かったですね!」


 二人で大笑いした。

 本当に懐かしい。

 俺の青春の日々だ。

 そして佐野さんも、一番楽しかった時だと言ってくれた。


 最高に幸せだった。

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