第2392話 佐野さんとの再会 Ⅱ
佐野さんを「虎温泉」に連れて行った。
浴衣をお貸しした。
佐野さんの背中を流させてもらう。
「おい、随分とまた贅沢なことをしてやがんな!」
「うちって物凄い貧乏でしたからね」
「ああ、そうだったな」
「その反動ですよ」
「ワハハハハハハハハ!」
佐野さんが笑った。
佐野さんは健康そうな身体で、まだ鍛えているのだろうことも分かった。
「お前の身体はすげぇよな」
「そうですね」
俺の背中を流しながら佐野さんが言った。
「トラはいつだって傷ついて来た」
「そんなことは」
「まあ、お前に傷だらけにされた奴らの方が多いけどな!」
「アハハハハハハ!」
二人で湯船に浸かっていると、双子がかき氷を作りに来た。
「こんなサービスまであんのかよ!」
「はい」
二人で練乳イチゴを食べながらのんびりした。
「俺は今、和久井警備ってとこで働いてんだ。和久井署長が俺の定年後に誘ってくれてな」
「そうだったんですか!」
和久井さんは俺によく鰻をご馳走してくれた署長だ。
「和久井社長と、よく一緒に飲んでお前の話をしてるよ」
「そうですか」
「まあ、お前は俺なんかに連絡したくもなかったんだろうけどよ。俺たちはお前をずっと待ってたんだ」
「すみません。俺、傭兵なんかしてたし、ご連絡しても迷惑だろうって」
「ああ、聞いたよ。聖と一緒にアメリカへ行ったんだってな」
「はい。聖が俺を助けてくれて。お袋の入院費も出してくれて、俺を傭兵に誘ってくれました」
「そうか」
「散々戦場で暴れて来ました。俺は汚れちまった。だからみなさんにももうお会い出来る資格も無いって」
「ばかやろう」
佐野さんが微笑んでいた。
「お前がどんな奴なのかなんて、みんな分かってるんだよ! 暴れん坊で変態で。それでお前ほど優しくて情に厚い奴はいねぇ! お前が汚れることなんかねぇよ。トラはトラだ」
「はい」
「お前が金に困ってたことは分かった。まあ、俺も金なんかねぇけどよ。でも、お前とお袋さんの面倒を見るくらい……」
佐野さんが泣いていた。
「いいんですよ。俺がそんな世話にならないってことは、佐野さんも知ってたでしょう。俺はアメリカへ行って良かったんです。本当に聖に助けてもらったんですよ」
「そっか、そうだったな」
俺はアメリカの傭兵時代のことを少し話し、日本に戻って来てからのことも簡単に話した。
「港区の大きな病院に今の院長から誘ってもらいましてね。何とかやってます」
「おい、この暮らしは何とかってもんじゃねぇだろう?」
「アハハハハハハ!」
佐野さんが俺を見ていた。
「俺も長年刑事をやってた。お前が会社の社長とかだったらまだ納得もするけどな。でも、医者だけじゃこんな生活は出来ねぇ」
「はい」
「お前のことだ。悪いことで稼いだ金じゃないことも分かる。お前の眼は昔のままだ。あの優しい、自分のことより大事な人間のことだけ考えてるトラのままだ」
「ありがとうございます」
「良かったら教えてくれよ。俺に何か出来るかもしれねぇ」
「……」
佐野さんと再会したのは運命なのだろうと思った。
亜紀ちゃんが発端だが、亜紀ちゃんは佐野さんと会うことを諦めていた。
それでも、佐野さんがこうやって目の前にいるのだ。
ならば何かの導きなのだろうと俺は考えた。
「山中と大学時代に出会って親友になりましてね」
「山中?」
「あの子どもたちの父親です。夫婦で交通事故で突然亡くなりました」
「そうだったか。だからお前が引き取ったんだな。まあ、トラらしいよ」
「はい。そして、もう一人親友が出来ました」
「おう」
「御堂です」
「!」
佐野さんには分かっただろう。
「御堂を総理大臣にしたのは俺です。山梨の旧家の生まれの男で、物静かで優しい奴でした。御堂家の当主として生きていく人生があった。でも俺のためにその人生を捨てて、総理大臣になってくれたんです」
「おい、あの御堂総理のことだよな……」
「はい。御堂は「業」と戦う俺のために、日本を護るために俺の頼みを聞いてくれたんです」
「トラ! お前、まさか……」
「俺が「虎」の軍の最高司令官です」
「!」
佐野さんが言葉を喪っていた。
俺は建屋に入り、ワイルドターキーを小ぶりのグラスに注いで佐野さんに渡した。
佐野さんは一気にそれを呑み干した。
「だ、だから「虎」の軍なのか……」
「まあ、そういうことです。あの喧嘩三昧の悪ガキが、ついに軍隊まで持っちゃいましたよ」
「トラ、お前よ……」
静かにバーボンが佐野さんの身体に沁み渡り、佐野さんがため息を吐いて俺に言った。
「そうだったか。まあ、途轍もない話だが、一気に納得したよ」
「そうですか」
二人で湯船に背を預け、夜空を見上げた。
「お前はやっぱ変わってねぇな」
「そうですかね」
「お前はいつだって誰かのために戦って来た。相手がどんな奴らでもな」
「バカですからね」
「鬼愚奈巣もピエロもお前らよりずっと大きな族だった。でもお前がいたから全部潰した」
「そうでしたね」
「武闘派ヤクザたちだってお前には敵わなかった」
「佐野さんにも助けてもらったじゃないですか」
「バカ言え! 俺たちが行ったら、もういつも終わってたじゃねぇか!」
「ワハハハハハハハハ!」
佐野さんもやっと笑った。
「お前の仲間たちもよ、みんなお前のことが大好きで、いっつもお前と一緒に暴れてたよなぁ」
「俺はみんなに助けられてばっかりですよ」
「総長の井上も、保奈美も、聖も木村も槙野も桐原も水島も名護も、みんなお前が大好きだったな」
「はい」
「ああ、あのちっちゃい女もいたな」
「茜ですね。あいつとは最近再会しまして」
「そうだったか!」
「あいつ、バイクの中免が取れなかったくせに、大型車両の免許取ってましてね。今じゃダンプを転がしてますよ」
「マジか!」
二人で笑った。
「あの時代が懐かしいぜ。俺の刑事人生の中で、一番楽しくって輝いてた時代だ」
「佐野さんも若かったですしね」
「このやろう!」
佐野さんが俺の肩を組んだ。
昔、俺によくそうしてくれた。
カツ丼が美味いと言うと、いつもそうやって肩を抱き、背中を叩いて「一杯喰え」と言ってくれた。
「お前と出会ったからだよ。まあ、驚かされることばっかりで、苦労もしたけどよ」
「ワハハハハハハハハ!」
「でも、お前に助けられることばかりだった。女房と娘もお前に助けてもらった」
「あれは偶然ですって」
佐野さんが笑いながら俺も見た。
「そうじゃねぇ。あんな偶然なんてねぇよ」
「何言ってんですか」
「お前は女房と娘が狙われてるのを知って、護ってくれてたんだろう?」
「え?」
「後からいろいろと聞いて分かったよ。女房はしょっちゅう真っ赤な特攻服の奴を見てたって言ってた」
「……」
「あの山野組の連中も、何度も事務所の周りでお前を見てた。トラ、お前何してたんだよ?」
「さぁー」
佐野さんが笑いながら俺を見ていた。
あの豪快で優しくて俺を可愛がってくれた、あの佐野さんのままだった。
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