第2379話 千鶴・御坂 石神家へ Ⅸ

 その日はずっと全員が《神雷》の練習に明け暮れた。

 剣聖たちは全て撃てるようになり、千鶴や御坂の指導に入ってくれる。

 虎白さんが御坂の相手をしてくれた。

 俺と双子は他の剣士たちに「小雷」と魔法陣の指導だ。

 ロボは寝てる。


 昼食の時間になり、若い剣士たちが下から食事を運んで来る。

 その中で、虎蘭が真白のばあさんを背負って上がって来た。

 虎白さんに聞く。


 「今度はどいつだい?」

 「ああ、この御坂鈴葉という奴だ」

 「ふーん」


 真白のばあさんは御坂を一瞥し、俺たちと一緒に食事を始めた。

 みそ焼きお握りと豚汁だった。

 海苔も配られ、指先を汚さないように配慮されていた。

 また物凄く美味い。

 豚汁も出汁がよく出ていて、これも美味い。

 双子も楽しそうに喰いながら、千鶴や御坂、虎蘭や虎水と話している。


 「ルーちゃんとハーちゃんは覚えが早いよね!」

 「「うん!」」

 「石神さんが、「花岡」も二人が最初だったって言ってた」

 「うん、でもね、ほんとはタカさんも出来てたんじゃないかって思うの」

 「それはどうして?」

 「だって、タカさん、私たちが出来ることはすぐに出来ちゃうし、それにいつだって私たちより強いもん」

 「そうなんだ!」


 虎蘭たちが俺を見る。


 「なんだよ」

 「えー! 今は石神さんが話す場面でしょう!」

 「なんでだよ」

 「もう!」


 話すつもりはねぇ。

 双子は天才で、亜紀ちゃんは超天才だ。

 俺は凡才なので、必死に努力しているだけだ。

 そんなことより。


 「おい、御坂」

 「はい、なんですか?」

 「真白が来た。あいつはお前に鍼を打つ」

 「はぁ」

 「虎白さんは、お前に「虎相」を教えるつもりだ」

 「はい」

 「相当な激痛がある。覚悟しておけ」

 「はい!」


 御坂が明るく笑った。

 大した女だ。


 「石神さん」

 

 千鶴が言った。


 「なんだ?」

 「私も鍼を打ってもらえませんか?」

 「なんだと!」

 

 千鶴が真剣な顔で俺を見ていた。


 「ものに出来なくてもいいんです! 試させていただけませんか?」

 「本気かよ」

 「はい!」


 虎蘭が千鶴に言った。


 「千鶴ちゃん、「虎相」は石神家の血が流れて無いとダメなんだよ」

 「はい、それでもいいんです。私、何でも試して出来ることは全部やりたいんです!」

 「千鶴ちゃん……」


 俺はどうしようかと思った。

 本来は断るところだが、千鶴も御坂と同じように必死に求める者の眼をしていた。


 「分かった。虎白さんに聞いてみる。許可が降りたらな」

 「はい! お願いします!」


 虎白さんを見ると、もう食事を終わっているようだった。

 俺はみんなと話しながらだったので、まだ食い足りない。

 握り飯はあと12個ある。

 俺は二つを一口ずつ齧って、喰われないようにした。


 「「「「「「……」」」」」」


 虎白さんの所へ行く。


 「虎白さん」

 「なんだ?」

 「あの、マンロウ千鶴が「虎相」に挑戦したいって言うんですけど」

 「あいつがかよ」

 「はい。本人は是非と言ってまして。身に付かなくてもしょうがないけど、試してはみたいんだと」

 「うーん」


 虎白さんは即座に否定はせずに、考えていた。


 「可能性はねぇぞ?」

 「それでもいいそうです」

 「分かった。真白にやらせるよ」

 「はい! ありがとうございます!」

 「お前が礼を言うことじゃねぇだろう」

 「はい!」


 俺は戻って、千鶴に虎白さんの許可が取れたと言った。

 千鶴は喜んで、虎白さんにお礼を言いに行った。


 「……」


 味噌握りは残ってなかった。

 俺、好物なのに……






 

 食事を終え、御坂と千鶴が建物の中へ連れて行かれた。

 30分ほどで御坂が出て来た。

 恐ろしい形相になっている。

 やはり、相当辛いのだ。

 俺は体験していないが、聖も千石も相当な苦痛だったと言っている。

 大丈夫かとは声を掛けなかった。

 大丈夫なはずはない。


 虎白さんが来た。


 「やるぞ」

 「はい!」


 御坂が叫んだ。

 虎白さんが「虎相」になり、御坂に剣を撃ち込んで行く。

 御坂の反応が、石神家の奥義を模るようになっている。

 本人は必死で虎白さんの剣をかわしているつもりだが、そのように誘導されているのだ。

 御坂は時折倒れそうになるが、虎白さんがそれをさせないようにまた撃ち込んで行く。

 御坂は倒れることも出来ない。


 剣聖たちが御坂を見ていた。

 恐らく全員「虎眼」を使っている。

 御坂に「虎相」が出るのを待っているのだ。


 「行くぞ!」


 虎白さんが叫んだ。

 裂帛の気合と共に、御坂の頭上に剣を振り下ろした。

 御坂が反応できずに、それでも虎白さんへ無意識に自分の剣先を突き向けた。

 虎白さんの剣は、御坂の頭頂寸前で止まった。


 「ウォォォォォォーーーー!」


 御坂が叫んだ。


 「出たぞ!」

 「あいつ、やりやがった!」

 「いい色だ」

 「赤だな。あいついい剣士になるぜ!」


 剣聖たちが次々に叫んだ。


 「虎白さん!」


 御坂の剣が、虎白さんの左胸に突き刺さっていた。

 御坂自身は気付いていない。

 自分の死を実感し、そのショックで動転し、更に「虎相」の出現で一時的に自分の身体に意識が追いついていない。

 俺が駆け寄ったが、虎白さんが自分で胸から剣を抜いて笑った。


 「鈴葉! やったな!」

 「!」


 やっと御坂の意識が戻った。

 虎白さんが御坂の肩をバンバン叩いた。


 「お前、すげぇな!」

 「虎白さん!」

 「よくやった! お前は最高だ!」

 「わ、わたし……」


 俺は虎白さんの上着を捲った。

 

 「虎白さん! 大丈夫ですか!」

 「ああ、なんでもねぇよ」

 

 御坂がようやく気付く。

 

 「虎白さん!」

 「おう。あの瞬間に俺を斬ろうとするなんてな。そんな奴は滅多にいねぇよ」

 「私がやったんですね!」

 「そうだよ。お前は最高だって!」

 「虎白さん!」


 御坂が泣きながら虎白さんに抱き着いた。


 「バカ! 離れろ! すぐに治療する!」

 「は、はい!」


 虎白さんに肩を貸し、ヘッジホッグの治療室へ入れた。

 すぐに「Ω」と「オロチ」を飲ませ、傷を詳細に見た。


 「肺まで抜けてます」

 「大丈夫だよ」

 「縫います。切開しますからね」

 「おう」

 

 俺は急いで消毒をし、傷の周囲を少し切って、切れた肺を縫合した。

 その上で胸部の傷を縫った。

 麻酔は使わない。

 「Ω」と「オロチ」を使ったので、抗生物質も必要無い。

 医学的には無茶苦茶だが。

 肺の縫合に使った糸も、肉体の代謝の中で溶けていく「吸収糸」だ。

 皮膚は抜糸をするので溶けない糸を使う。


 「次は千鶴か」

 「はい」


 虎白さんは寝ていることもなく、俺と一緒に外へ出た。

 虎白さんにとっては、こんな傷は大したことはないのだ。

 まあ、俺はもっと酷い目に遭ったが。

 





 千鶴が鬼のような形相で立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る