第2318話 石神家 ハイスクール仁義 Ⅶ

 部団連盟本部会議室。

 白ランの幹部たちが集まっている。

 ボクシング部の副部長・今村が入って来た。

 すぐに応援団長の郷間から問われた。


 「榊はどうしている?」

 「先ほど病院へ搬送されました。全身に何か所も骨折があります」

 「そうか」


 郷間はそう聞くと、腕を組んで今村を睨みつけた。


 「ボクシング部は無様に猫神に負け、部団連盟に大きな恥を掻かせた。お前ら、その責任をどう取る?」

 「申し訳ありません」

 「まさかボクシングの素人の人間に負けるとはな。しかも一発も入れることなくだ」

 「はい」

 「お前ら、特別キャンプに行きたいか?」

 「……」


 今村は黙っている。

 そのことが郷間を苛立たせた。


 「おい、本当にキャンプへ送るぞ!」


 今村が郷間を見返した。

 両手を後ろに組み、胸を逸らせて叫んだ。


 「星蘭高校ボクシング部部長・榊の言葉をお伝えします。本日を以てボクシング部は部団連盟から脱退します!」

 「な、なんだとぉ!」


 郷間が立ち上がった。

 顔が赤く染まり、全身が震え、その怒りの大きさが分かる。

 2メートルを越す巨体の郷間は、憎悪の眼を今村へ向けた。

 この威圧に耐える人間は少ないだろう。


 「お前、それを宣言してただで帰れるとは思っていないよな!」

 「構いません。榊の言葉は絶対です。部員一同、それに従います」

 「貴様ぁ!」


 郷間が動き、今村は構えた。

 流石に榊の下で副部長を任ずるだけあり、見事なファイトスタイルだった。


 「郷間!」


 久我が叫ぶ。


 「よせ! 今日は部団連盟が負けたのだ」

 「久我さん!」


 郷間は久我の命令には逆らえない。

 構えを解かない今村を睨みつけながらも足を止めた。


 「郷間! わしにやらせろ」

 「島津!」

 「わしが全部片づける。猫神を頭から両断してやる。だからわしに任せろ」

 「……」


 郷間はもちろんそのつもりだった。

 あの猫神の異常な強さを見て、もう島津しかいないと分かっていた。 

 久我が言った。


 「ボクシング部のことは保留だ。島津の「仕合」をボクシング部全員に見させろ」

 「分かりました!」

 「明日の朝だ。部団連盟の幹部とボクシング部、それに「ノスフェラトウ」「髑髏連盟」「爆撃天使」「死愚魔」「間宮会」にも通達を出せ。代表者が来るようにだ」

 「はい! 必ずそのように!」


 以前にも同じことがあった。

 相撲部の主将が部団連盟に逆らい、久我の代わりに自分が支配すると言った。

 その時にも島津が相撲部の主将を殺し、他のチームにも見せしめとしていた。

 その時のあまりにも凄まじい剣技に、誰も殺人事件を表に出そうとは思わなかった。

 竹刀で巨漢の男を両断するなど、尋常ではない。

 それに実質的に学校を支配している部団連盟に逆らえば、自分の命が危ういことも分かった。

 相撲部は廃部となり、全員が退学していった。

 本当に退学したのかどうかも分からない。

 誰も確認しようとはしなかった。

 

 他の白ランの幹部たちは黙って久我を見ていた。

 また、相撲部の時と同じことが行なわれることが分かっていた。

 その中でアーチェリー部のマンロウ千鶴と空手部の鷲崎九丈だけは笑っていた。


 「久我さん」

 「おい、なんだマンロウ!」

 

 久我ではなく郷間が応える。


 「島津が負けたら、アーチェリー部も部団連盟から脱退するわ」

 「貴様! 何を言うか!」

 「猫神は本物よ。あいつを押さえられないのなら、この学校は猫神のもの。私は喜んで猫神の下に付くわ」

 「お前ぇ! 死にたいのかぁ!」

 「そんなことが出来る? まあ、今までも我慢してたのよね。なんか暗いのよ、ここ」


 「ワァッハッハッハハハハハハ!」


 大きな哄笑が響く。

 人間の声量とは思えない音圧だった。


 「郷間! 島津がやられたら俺にやらせろ!」

 「鷲崎!」

 

 郷間が怒鳴り、島津が鷲崎を睨む。


 「いや、最初から俺にやらせろ。俺が猫神を殺すから、そうしたらアーチェリー部は俺に自由にさせろ」

 「お前、何を言ってる!」

 「あんた、本当にサイテーよね」


 郷間が怒鳴り、マンロウ千鶴が顔をしかめて吐き出す。

 久我が手で制した。


 「島津にこの件は任せる。島津が負けるわけがない。島津の実力を知れば、全ての人間が分かる」

 「はい!」


 久我が立ち上がった。


 「以上だ。明日、全てが終わる」


 「「「「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」」」」


 マンロウ千鶴や鷲崎も含め、全員が起立し、深々と頭を下げた。

 今村も同じだった。


 久我が部屋を出て行き、郷間だけがそれに従い付いて行った。

 久我が出て行くまで、全員が頭を下げたままだった。


 「千鶴、お前猫神に惚れたか?」


 鷲崎がにやついた顔で言った。


 「どうだかね」

 「あいつは強い。榊を最後にやった技は「花岡」だな」

 「そう」

 「猫神は「花岡」が使えることで自信があるようだ。一緒に転校してきた連中もそうなんだろうよ」

 「へぇ」

 「二年生の二人がバレーでとんでもないことをしたようだ」

 「よく知ってるわね」


 他の幹部たちの何人かが騒いでいる。

 「花岡」は今、全国的に驚異的な拳法として知られている。


 「島津、お前明日は負けろよ」

 「……」

 「その方が面白い。千鶴、お前ら覚悟しておけよな」

 「ふん! あんたなんかにやられるわけないじゃない。汚い悲鳴を挙げさせながら潰してやるわ」

 「ほう!」


 鷲崎が笑いながら出て行き、他の幹部たちも退出した。

 入り口の隅で頭を下げていた今村の肩を、マンロウ千鶴が叩いた。


 「あなた、根性あるわね」

 「いいえ!」

 「面白いことになるかもよ」

 「……」


 マンロウ千鶴も笑いながら出て行った。

 最後に島津一剣が部屋を出る時、今村の身体が硬直した。

 恐ろしい波動で動けない。

 一瞬で死を感じた。


 そしてそれが急に解けた。

 安堵し、床に膝を付く。


 島津が横に立っており、廊下の先にマンロウ千鶴がこちらを睨んでいた。

 マンロウ千鶴の周囲に靄のものがあるように見えた。

 島津が再び歩き出した。






 今村は、自分が死ぬはずだったことを理解した。

 マンロウ千鶴に護られたのだ。

 今村はマンロウ千鶴に向け、頭を下げ続けた。

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