第2317話 石神家 ハイスクール仁義 Ⅵ

 時間が惜しいので、ボクシングの試合の後で当初の計画通りにそれぞれのチームに接触した。


 俺は《爆撃天使》だ。

 あの豪華な集会場へ行く。


 「よう!」


 ドアを開けてはいると、全員が俺を見て、中央奥の男が俺に気安く手を挙げて呼んだ。

 多分、こいつが刈谷だろう。

 190センチの身長に逞しい身体。

 総合格闘技に誘われているらしいが、肉体的には納得出来る。

 刈谷は奥のひときわ大きく豪華なソファに一人で腰かけ、他の連中もそれぞれ座っていた。

 大きな声で、刈谷が俺に話す。 


 「さっきの試合は良かったぜ!」

 「お前が刈谷か?」

 「そうだ。猫神だな」


 俺は刈谷が手招くのでソファに行き、前に座った。

 刈谷はヘネシーをストレートで飲んでいた。

 俺にもグラスを持って来させ、刈谷が注いだ。


 「祝杯だ、呑めよ」

 「ああ」


 一応口は付けない。


 「お前、相当強いな」

 「そうかな」

 「あの最後の技はなんだ?」


 「轟雷」だ。

 榊が想像以上に強かったので、「花岡」を使った。

 そのことを隠さずに話した。

 

 「「花岡」の技だ。「轟雷」という」

 「お前、「花岡」が使えるのか!」

 「まあな」

 「すげぇな! 今話題になってるけどよ、本物の使い手は初めて見たぜ」

 「そうか」


 刈谷は上機嫌だ。

 部団連盟とは敵対しているのだろう。


 「あの榊もとんでもない強い奴だった。まさかあいつを倒す人間がいるとは思わなかったぜ」

 「そうだな。あいつは強かった」

 「部団連盟には他にもいる。応援団長の郷間もそうだが、何よりも島津一剣だ」


 先ほどマンロウ千鶴も名前を挙げていた奴だ。


 「島津はどういう奴なんだ?」

 「人斬りだよ。平然と人間を殺す。得物は何でもいいんだ。竹刀でも人間を両断する」

 「なんだそれは?」


 日本刀であれば分かる。

 竹刀でどうやって。

 しかも殺人を知られているのか。


 「出来るんだよ。だから恐ろしい」

 「何か仕掛けはあるのか?」

 「分からねぇよ。とにかく、俺はあいつが竹刀で人間を両断したのを見たことがある」

 「ほう」


 そういう技だと思っておいた方がいいだろう。

 幾つか、それが出来る技は知っている。

 榊も人間離れした技を持っていた。


 「お前と同じく見せしめでやられたんだ。その時は、俺や他のチームの頭だけが呼ばれた」

 「殺人を見せられたのか?」

 「そうだ。そいつは相撲部の奴だった。2メートル越えのでかい奴でな。久我に逆らったんだ」

 「へぇ」

 「何しろ200キロを超える身体だ。竹刀なんて通じるわけもねぇ」

 「そうだな」


 「しかし、一瞬で両断された。脂肪と筋肉の間から、はらわたが零れ落ちたよ。みんなビビった」

 「ほう」


 凄まじい異常の剣技だ。

 まあ、石神家本家の剣士ならば出来るだろうが。


 「相撲部の部長だった。相撲部は解散。他の連中も学校からいなくなった」

 「そうか」


 島津一剣とは多分すぐに遣り合うだろう。

 もう一人について聞いた。


 「応援団長の郷間はどういうんだ?」

 「分からない。だが、あいつに睨まれて死んだ奴がいる」

 「睨まれて?」

 「だから分からねぇんだよ。突然心臓発作だからな」

 「なんだ、そりゃ」


 俺は最も気になっていたことを聞いた。


 「久我はどうなんだ?」

 「……」


 刈谷が黙り込んだ。


 「おい」

 「久我はほんとうにさっぱり分からねぇ。あいつは何かをしたことがねぇんだ。だが部団連盟に君臨してやがる。郷間や島津や榊を従えてるんだろ? 絶対に普通の奴じゃねぇ。俺も確かめようとは思わねぇよ」

 「そうか」


 なるほどな。

 榊や郷間、島津以上の何かを持っている可能性が高いということだ。

 今度は俺が質問された。


 「ところで、どうしてここに来た?」

 「まあ、ちょっと聞きたいことがあってな」

 「なんだ?」


 刈谷という男が信用できそうなので、直球で聞いてみた。


 「この学校で「デミウルゴス」が流れていると聞いた」

 「お前、あんなものが欲しいのか?」

 「興味がある」

 

 久我が呆れた顔をしていた。


 「やめておけよ。あれはヤバい」

 「どうしてだ?」

 「人間じゃいられなくなると聞いた。俺らもご立派な人間じゃねぇけどよ、「デミウルゴス」にだけは手を出さねぇ。あれはドラッグなんかじゃねぇ。悪いことは言わねぇからやめておけ」

 「そうか。でもどうしても欲しいんだ。どこかで手に入る所を知らないか?」

 「知らねぇ。知りたくもねぇな」

 「分かった。ありがとうな」

 

 俺は話を終えて立ち上がった。


 「待てよ。お前どうして「デミウルゴス」なんか欲しいんだよ」

 「強くなると聞いた」

 「あ? お前がそれ以上強くなりてぇのか?」

 「悪いか?」

 

 刈谷が笑った。


 「お前は「デミウルゴス」なんかなくても大丈夫だろうよ」

 「今よりも強くなるんなら、俺は欲しいけどな」

 「冗談だろう。あれは人間じゃなくなるんだからやめておけって」

 「自分で探すよ」


 刈谷は何かを知っている。

 だが、今はまだ喋らないだろう。

 まだ定かではないが、刈谷たちは「デミウルゴス」には直接関わってはいないと感じた。


 「そういえば、お前らは暴走族なんだよな?」

 「まあな」

 「どの辺を走ってるんだよ」

 「適当だよ。まあ、バイクを持ってる奴ももちろんいるけど、ただ集まって固まってるんだ」

 「なんだ?」


 刈谷がまた笑った。


 「この学校で生きてくにはよ、そうやって集まる必要があんだよ」

 「なるほどな」

 「とんでもねぇ連中がいる。そいつらに対抗するためにな」

 「それが出来てんだな?」

 「……」


 刈谷が苦い顔をした。

 

 「おい、俺が守ってやろうか?」

 「なんだと?」

 「俺がお前たちをだよ」


 刈谷が微笑んで言った。


 「考えておくよ」

 「ああ」


 立ち上がった俺に、刈谷が声を掛けてきた。


 「猫神、星蘭を甘く見るなよ」

 「なに?」

 「それだけだ」

 「そうか」


 刈谷が曖昧に手を振っていた。

 俺は外へ出た。


 多分、《爆撃天使》は俺たちの下に付く。

 あいつらはギリギリ以下の環境にいる。

 すぐに手を組まないのは、まだ俺の実力を信じていないためだろう。

 まあ、仕方がない。

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