第2308話 青の帰還 Ⅳ

 青が乾杯の後で立ち尽くしている。

 隣の俺に言った。


 「赤虎、御堂総理までは驚きはしてもまだ分かる。お前の親友だからな」

 「おう!」

 「でも、ローマ教皇ってなんだよ!」

 「おう!」

 「おうじゃねぇ!」


 でかい声を出すので静かにしろと言った。

 小声で青が言う。


 「だからどういうことなんだよ! お前、ちゃんと説明しろよ!」

 「だって、マクシミリアンとお前は友達だろ?」

 「だからどうした!」

 「マクシミリアンはローマ教皇庁のシュヴァリエなんだぞ?」

 「しゅば?」

 「シュヴァリエだよ! 教皇庁の最上位の戦士だ。パラディンという聖騎士の中でも特に戦闘力が高くてローマ教皇の信頼の篤い人間のことをシュヴァリエって言うんだよ。マクシミリアンはそれだ」

 「なんだって!」


 俺は自宅にいきなりローマ教皇たちが来たことを話した。


 「ちょっとした誤解があってな。俺をローマ教皇庁の跳ねっ返りが襲ってきたんだよ。その詫びだってことで、いきなり来たの」

 「なんだよそれ!」

 「な? 分かんねぇだろ?」

 「まったくな」

 「俺も焦ったぜぇ。亜紀ちゃんなんか、トイレでヤキ入れるとか言うしよ」

 「すげぇな」

 「な! ああ、突然護衛を連れて来たからさ、最初にうちを護ってるデュールゲリエが襲い掛かってよ。乗って来た車斬っちゃった」

 「おい!」


 まあ、話せば長くなる。


 「とにかく、そこからの縁だ。マクシミリアンはいつもローマ教皇のガードで一緒に来るんだよ」

 「その時だけじゃねぇのか!」

 「うん、4月にもうちの花見に来た」

 「なんなんだよ、お前!」

 「俺にも分かんねぇよ!」


 呆然としている青の背中を叩き、ローマ教皇たちのテーブルに連れて行った。

 悪いが常連たちは後だ。


 「ローマ教皇猊下、本日はわざわざお越し頂きまして」


 俺が挨拶すると、三人がニコニコ笑ってた。

 マクシミリアンが言った。


 「サイバさん、私などが今日は来るべきではないとは分かっていたのです。でも、あなたの帰国に、是非お祝いを言いたかった」

 「マクシミリアンさん……」


 ローマ教皇が話し出した。

 マクシミリアンが通訳する。


 「サイバさん。私はマクシミリアンからあなたのお話を聞きました。亡くなった奥様、盲目で旅行が出来なかった奥様のために、あなたが美しい景色を見せて歩いているのだと。なんと貴い話かと感動いたしました。先日、大きな式典の席で、私はサイバさんのお話を皆さんの前でいたしました。その場の全員があなたの美しい行為を称賛し、来ていた各国のマスコミも絶賛しておりました」


 なにぃ?

 後で調べておかねぇと。


 俺が青と明穂さんのことを三人に話した。

 三人が感動し、ローマ教皇が涙を流された。


 「たった2年と少しでしたけどね。青と明穂さんは最高の夫婦でしたよ」


 出窓に置いたシクラメンの話をしていると、明恵和尚が来た。


 「こんにちは、クリスチャンの明恵です!」


 僧衣だったので、三人が笑った。


 「ああ、青が旅行中にシクラメンを預かっていたのが、この明恵和尚なんです」

 「そうなんですか! あなたも最高だ!」


 マクシミリアンが感動して叫んだ。


 「随分と元気そうなシクラメンですね」


 ローマ教皇が褒めると、和尚がドヤ顔で言った。


 「肥料にね、ウンコをやるのがコツなんですよ!」

 「「!」」


 日本語の分かるマクシミリアンとガスパリ大司教が驚く。

 ローマ教皇が通訳を待っているが、マクシミリアンは困っていた。


 「ここに来る前もちゃんとやったんですよ。な、トラ?」

 

 俺は和尚の頭を引っぱたいてカウンターに連れ戻した。

 青も「ごゆっくり」とか言いながらこっちへ来た。


 「和尚! ウンコの前で食事させるつもりですか!」

 「あ、ああ!」

 「まったく!」

 「わりぃわりぃ」


 笑って謝っていたが、多分最初から仕組んでいたんだろう。

 キリスト教の総本山に悪戯したかったのだ。

 まったくこの人は。


 青を御堂のテーブルへ連れて行った。

 

 「御堂総理。随分とご立派になられたんですね」

 「いえ、その節は本当にありがとうございました」

 「申し訳ありません。妹のことであなたには辛く当たってしまった」

 「とんでもない。私こそ」


 青の妹の柴葉典子は御堂のことが好きだった。

 御堂も恐らく誠実な付き合いを考えていたのではないか。

 その矢先に、柴葉典子はアフリカで病死してしまった。

 青は御堂を受け入れたがらなかったが、俺が頼んで御堂に線香を上げさせてもらった。

 青にとってはそれが精一杯であり、御堂も深く感謝している。


 「石神から、柴葉さんの話を聞きました。帰国されたら、是非ここに通わせていただきたいと思っていました」

 「それはどうも。是非いらして下さい」

 「ありがとうございます」


 大渕さんと木村も紹介する。

 青は二人も歓迎していた。


 「自分は「ルート20」で、トラさんと一緒でした」

 「ああ、そうですか!」

 「ピエロの青さんは有名でしたよね?」

 「いや、お恥ずかしい。お互い暴れましたね」

 「はい!」


 もう過去の禍根は無い。

 同じ青春を過ごした仲間だ。


 響子たちのテーブルへ行った。

 全員青の顔見知りであり、響子が一段と喜んだ。

 

 「吹雪だ。俺と六花の子どもなんだよ」

 「おい! ほんとうかよ!」

 「カワイイだろ?」

 「ああ! 観たこと無いくらいカワイイ子だな!」

 「こんにちは!」


 「はい!」


 吹雪が笑顔で挨拶し、青が嬉しそうな顔をしてくれた。


 「赤虎、お前結婚したのか」

 「え、いや、まあ、そんな感じ」

 「?」


 いずれゆっくりと話そう。

 六花も鷹も、また通うと言うと青が喜んだ。

 院長夫妻も青の帰国を喜んでくれた。

 青がしきりに恐縮していた。

 静子さんが、青に美しい花瓶を持って来た。

 青が受け取り、大切にしますと言っていた。


 




 やっとカウンターの常連たちの所へ行った。

 カスミが相手をしていた。


 「おい! カスミさんは可愛くていいな!」


 和尚が満面の笑みだ。


 「これから通う楽しみが増えたぞ!」

 

 カスミが嬉しそうに笑っている。

 みんなカスミにすっかり馴染んでくれたようだ。


 「マスター! 明恵和尚さんがシクラメンの話をして下さいました」

 

 カスミが嬉しそうに報告した。


 「今後も「肥料」は持って来て下さるそうです」

 「!」

 「石神様にも是非と」

 「お、おう」


 全員が爆笑していた。


 「おい赤虎、本当に必要なのか?」

 「そうなんだよ。試しに普通の肥料をやったら、本当に紫色の花になっちゃったんだよ。肥料をウンコに変えたら元に戻った」

 「マジか」

 

 俺は青に聞いてみた。


 「お前、どういう肥料だったんだよ?」

 「ああ、明穂が遺してくれたものをやってたぞ」

 「それは?」

 「え、和尚に預けたはずだけど」


 和尚がそっぽを向いている。


 「和尚!」

 「悪い、どっかいっちまってよ」

 「何やってんですか!」

 「しょうがねぇだろう! うちのモンが勝手に庭で使っちまったんだよ!」

 「庭の方をウンコにすれば良かったでしょう!」

 「お前! 神聖な場所でウンコなんか使えるわけねぇだろう!」

 「あんたね!」


 みんなが笑っていた。

 青も笑って許してくれた。


 「まあしょうがねぇな。明穂の青い花のためだからな」

 「おい、肥料は臭くねぇからな!」

 「そうですか」

 「おう! 俺は「シクラメンのプロ」だからよ!」

 「ありがとうございます」


 




 みんなが、青のコーヒーを飲みたがった。

 豆は以前に使っていたものを揃えている。

 青は昨日から焙煎や新しい器具を試していたらしい。

 今日の場で、みんなに振る舞いたかったのだろう。

 すぐにみんなにコーヒーを淹れた。

 テーブルにもカスミが配って行く。


 「あ! 前と同じだ!」

 「本当だ!」

 「懐かしいぃー!」

 「美味しい!」


 常連たちが喜んでいた。

 俺も貰った。


 本当に、あの「般若」で飲んでいた味だった。


 「般若」が戻って来た。

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