第2307話 青の帰還 Ⅲ

 青が帰って来た翌日の土曜日。

 俺は子どもたちを連れて、2時に「般若」に行った。

 急に連絡が来たからだ。


 「猊下が来る!」

 「「「「!」」」」


 マクシミリアンに、青の帰国予定は話していた。

 「いつでも遊びに来い」とは言ったが、今日来るとは思わなかった。

 また、ローマ教皇猊下を御連れして。


 御堂はサプライズで呼んでいた。

 他の8人の常連客と共に、これから常連になるのだと紹介して青を驚かせたかった。

 それに響子と六花、鷹、院長夫妻。

 うちの子どもたちは別の機会にと思っていた。

 今日は内輪で穏やかにやりたかった。


 「お前らの飯は用意してねぇんだ」

 「自分たちで何とかします!」


 亜紀ちゃんがすぐに指示を出し、店先でバーベキューをすることにした。

 ローマ教皇猊下が来るのであれば、食事も考えなければならない。

 内輪の歓迎会のつもりだったので、豪華なものではなくそこそこでと思っていたからだ。

 うちの食材をハマーに積んで出掛けた。






 「おい、赤虎。随分と早いじゃねぇか」

 「大変なんだよ!」

 「何が?」

 

 「えーと……」


 まだ話さない方がいいだろう。

 こいつもショックを受ける。


 「ちょっとスゴイ人が来ることになっちゃってさ」

 「誰だ?」


 「えーと、御堂とか?」

 「ああ、お前の親友だもんな。御堂総理が来るのかよ!」

 「え、うん」


 御堂がまったくサプライズではなくなってしまった。

 しょうがねぇ。


 「お前、今日は昔お世話になった方々を呼ぶって言ってただろう」

 「そうなんだけどさ。これから常連になりたいって。あ、御堂と内閣官房長官の大渕さんとか。そうだ! 「ルート20」の木村も!」

 「俺、そいつ、よく知らないんだけど」

 「そう?」


 まー、そうだよなー。

 でも、そこはどうでもいいんだよなー。


 「それとさ、連絡したらマクシミリアンも来るって」

 「おい! ほんとかよ!」

 「ああ。楽しみだな」

 「おう! じゃあ、歓迎しないとな!」

 「よろしくー」


 一緒にモノスゴイ人が来るんですけど。

 もう、俺も知らねぇー!


 「食材は持って来たからさ。ちょっと豪華な食事を出そうかってさ」

 「そうなのか、悪かったな」

 「いや、俺の方こそ」

 「?」


 ごめんなー。


 カスミと子どもたちを集めて、メニューを検討する。

 2階のキッチンも借りて、全員で準備した。

 亜紀ちゃんと柳が足りない食材を買い出しに行く。

 悪いけど、鷹にも応援を頼んだ。

 鷹もすぐに来てくれた。


 伊勢海老のテルミドール。

 松坂牛のしゃぶしゃぶ。

 名古屋コーチンの香草焼き。

 ミラノ風カツレツ。

 

 それらをメインにラタトゥイユやマリネ、各種煮物、焼き物、ジュレや御造りも用意する。

 干し鮑の吸い物や各種スープ。

 俺と双子、カスミがどんどん作っていく。

 カスミは流石の性能で、俺の指示で躊躇なくこなしていった。


 青はひたすら洗物だ。


 「おい、大変だな!」

 「まーな!」


 亜紀ちゃんと柳も戻って来て、全員で戦場の中のように働いた。

 

 何とか5時には間に合った。

 ふー。

 





 明恵和尚から電話が来た。


 「おい、トラ! 発酵装置を運ぶのを手伝え!」

 「わかりましたー!」


 和尚の寺から、和尚がシクラメンを、俺が発酵装置を抱えて戻った。


 「和尚!」

 「よう! 久し振りじゃな!」

 「はい! シクラメンをありがとうございました」

 「俺の趣味だからな。そら、元気じゃぞ」

 「はい!」


 青が嬉しそうに鉢を受け取り、そっと出窓に置いた。

 まだ花は付けていないが、緑の葉が青々と元気そうだ。

 青が俺の抱えている発酵装置を見た。


 「それは?」

 「ああ、肥料じゃよ。なんだトラ、説明してないのか?」

 「いや、まだです」

 「なんじゃよ! ああ、ウンコを発酵させてるんじゃよ。これがまた良くってなぁ。な、トラ?」

 「え、ええ」


 青がたちまち恐ろしい顔になる。

 そうだよなー。


 「赤虎! てめぇ何やってやがる!」

 「おい、本当に最高なんだって!」

 「お前ぇ!」

 「この肥料じゃないと、花が青くならないんだよ!」

 「何言ってんだぁ!」

 「ほんとだって!」


 みんなが笑っていた。


 「とにかく、後で説明する!」


 青は憤然となってシクラメンの鉢を撫でていた。

 なんか謝ってた。

 だからよー。

 響子と六花も来た。

 響子が楽しみで待ちきれなかったらしい。






 時間になり、続々と常連たちが入って来る。

 青が泣きそうな顔で歓迎し、中へ入れた。

 御堂と大渕さん、木村も来る。

 青が少し緊張しながら御堂と握手をし、テーブルに座らせた。

 

 「タカさん!」

 「おう!」


 外から亜紀ちゃんが駆け込んで来る。

 でかいリムジンが停まっている。

 俺が出迎えた。


 「ようこそ、猊下。わざわざこんな場所までお越しいただけるとは」

 「イシガミ様、楽しみにしておりました」

 「ありがとうございます」


 「イシガミ!」

 「マクシミリアン! 久し振りだな!」

 「ああ、サイバさんにも会いたかった」

 「ああ、まあ入れよ」


 ローマ教皇猊下、ガスパリ大司教、マクシミリアンを中へ入れた。


 「マクシミリアンさん!」

 「サイバさん!」


 二人はハグをして再会を喜んだ。

 青はヨーロッパ慣れしている。


 「こちらの方々は?」

 

 豪華な法衣に身を包んだ二人を、青は驚いて見ていた。


 「ローマ教皇猊下と駐日大使のガスパリ大司教様だ」

 「!」


 青が白目を剥いた。


 「な、驚くよな」

 「……」

 「俺もさ、前にいきなり俺の家に訪ねて来られてよ。あせったぜぇ」

 「……」


 他の常連客達も驚く。

 カスミがローマ教皇猊下たちをソファ席に案内した。

 カスミもやるなー。


 全員が揃ったので、青の歓迎会を始めた。

 俺の主催だったので、俺が挨拶し、青にも挨拶させた。


 「……」


 頭をぶん殴って意識を取り戻させ、しどろもどろの挨拶をした。

 みんなが笑っていた。

 明恵和尚に乾杯の音頭を頼んだ。


 「えー、クリスチャンの明恵です!」


 みんなが爆笑した。

 ローマ教皇たちも笑っている。


 「わしらのマスター・柴葉青児の帰還を祝って! 乾杯!」

 『乾杯!』


 





 青がグラスを掲げて俺を睨んでいた。

 知らねぇよ!

 子どもたちが外へ出て、いつも通りのバーベキューを始めた。


 あいつらもなー。

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