第2306話 青の帰還 Ⅱ
6月第一週の金曜日。
俺は青を迎えに、俺は仕事を休んで成田空港までハマーで出掛けた。
朝の9時に出発し、11時の飛行機で戻る青を待つ。
飛行機は時間通りの到着のようで、俺はコーヒーを飲み終えて到着ロビーへ向かった。
青が2つのキャリーケースを引いて来た。
「青!」
「赤虎!」
元気そうだ。
あちこちを歩き回ったせいだろうが、身体も引き締まっている。
食事も明穂さんを思ってかちゃんと食べていたようだ。
「二人」の旅行なので、いい加減なものは食べなかったのだろう。
嬉しそうな顔で俺に近づいて来た。
首に吊った明穂さんの写真が揺れている。
帰国もちゃんと一緒に来たか。
手を伸ばし、握手をした。
「元気そうじゃねぇか」
「ああ、本当に世話になった」
「いいって」
俺は青の荷物を一つ取り、一緒に駐車場まで歩いた。
「わざわざ出迎えまで悪いな」
「いいよ。お前の元気な顔が見たかったからな」
「ありがとう」
ハマーに荷物を積み込んだ。
青は旅行の最中の話を俺にしようとしたが、ほとんど出来なかった。
こいつの語彙で、ヨーロッパの美しい街並みや景色が説明出来るはずもない。
それに、明穂さんと二人で歩いたということだけの旅だったので、こいつの胸の中だけのことが多いのだろう。
一生懸命に俺に話そうとしてくれたが、笑うしかなかった。
「シクラメンは元気だぞ」
「そうか! 和尚が大事にしてくれたんだな」
「当たり前だ。あの人「シクラメンのプロ」なんて言ってたけどな。結構大変だったぜ」
「そうか。有難いな」
苦労の経緯はまだ話さない。
「明日の晩は常連を集めてお前の店で帰国祝いをやるからな」
「ああ、みんな来てくれるかな」
「当然だぁ!」
俺が声を掛けて、8人の特別に「般若」が好きだった常連が来てくれる。
1時間ちょっとで病院前の青の喫茶店に着いた。
店の前は広く、ハマーを余裕をもって停められる。
入り口が開き、エプロン姿の「カスミ」が出て来る。
「おい、この子か!」
「ああ、《カスミ》だ。宜しくな」
「マスター、カスミです。どうぞよろしくお願いします」
可愛らしい声でカスミが挨拶した。
身長168センチ。
痩せた身体で見た目の年齢は18歳前後の若い女性だ。
髪は黒で、前髪を切りそろえたロングボブ。
今は後ろで束ねている。
額が広く眉は少し濃い目で、目が大きく愛くるしい。
笑顔が爽やかで、誰でも気分が良くなる。
明るい性格なのがすぐに分かる笑顔だ。
胸は大きくは無いがちゃんとある。
手足も長く、皮膚の色は抜けるように白い。
外見は蓮花の若い頃だということだが、マジか。
青に建物の外見を案内した。
カスミは中へ入って食事の準備をする。
「おい、随分と広いな」
「そうか? まあ後で案内するけど、テーブル4席と10人掛けのカウンターが一つだ。お前でもやって行けるだろう」
「うーん」
「まあ、やってみろよ。不都合があれば、どんどん変えて行けばいいよ」
「そうだな」
東側の蔦の絡まった外壁を見た。
「おい、これも作ってくれたのか」
「お前と明穂さんの店だからな」
「ありがとう」
青が蔦に触れた。
自然と優しい目になっている。
明穂さんにいつもそうやって触らせていたことを思い出す。
「いい店だな」
「おい、中を見てから言えよ!」
青にはこの蔦があったことで十分だったのだろう。
前の店はコンクリートの壁に這っていた。
その古さがいい雰囲気でもあったのだが。
でも、ここもいずれそういう雰囲気を醸し出すに違いない。
青を連れて中へ入った。
「オニオニぃーーー!」
響子が走って来て青に抱き着いて泣いた。
六花もいる。
「響子ちゃん!」
「待ってたよー!」
「うん、遅くなってごめんね」
「いいよー! タカトラから聞いた! アキホさんと一緒に旅行に行ってるんだって」
「うん、そうなんだ。でも戻って来たよ」
「うん!」
俺が響子の涙を拭いながらテーブルへ行った。
カスミが膳を持って来た。
「カスミが全部作ってる。味見してくれ」
「あ、ああ……」
和風の膳だった。
あちらでは和食はあまり食べられなかっただろう。
俺や響子、六花の分もある。
そして、青の隣に量を減らした膳が置かれた。
青は何も言わずにその膳を見詰めた。
「明穂さんも和食は久し振りだろう」
「あ、ああ……」
青が首から写真を取って、膳の前に置いた。
鮑の煮付け。
鯛の焼き物。
刺身の盛り合わせ。
天ぷら各種。
野菜の煮物。
ハマグリの椀。
赤飯。
赤飯は俺の好みで柔らかく炊いている。
響子の量は大分減らしている。
「おい、美味いな!」
青が一口食べて叫んだ。
「そうか。じゃあ合格だな」
「ああ、もちろんだ!」
カスミを呼んで合格だと伝えると喜んだ。
「青、どれが美味いよ?」
「全部だよ! こんなに美味い飯は初めてだ」
「明穂さんが怒るぞ」
「あ、いや」
みんなが笑った。
「赤虎、本当にカスミさんを預かっていいのか?」
青は「預かる」と言った。
カスミが「モノ」でないと思ってくれている。
「ああ。大事にしてやってくれ」
「必ず! カスミさん、宜しくお願いします」
「こちらこそ。マスターのために一生懸命に働きます」
青にはもう、俺が「虎」の軍の人間であることは話している。
どうせ俺が親しくする人間と見做されるに決まっているのだ。
だから青に話し、青を護るつもりだった。
そのためにカスミを付けた。
大きな膳だったが、青は残さずに食べた。
健啖なことは変わりないようだ。
俺と六花ももちろん全部食べる。
響子も量を減らしたせいで、全部食べた。
まあ、青の前で頑張ったのだろうが。
食後にコーヒーをカスミが淹れて来た。
「どうだ?」
「合格だぁ! 俺よりも美味いじゃねぇか!」
「まあ、お前も頑張れ」
「おう!」
俺は食事の後で、青に店の中を見せた。
青はカウンターが気に入り、動線を確認して満足した。
テーブルの席にも全部座って雰囲気を確認する。
ソファ席に違和感を感じたようだが、座ってみて納得したようだ。
響子も嬉しそうに一緒に座って回る。
ヘバるから、六花に大人しくさせた。
「どうしてあそこだけソファにしたんだ?」
「あの出窓に、シクラメンの鉢を置くつもりだ」
「!」
「お前、ゆっくりと眺めたいだろう?」
「赤虎……」
「出窓の下にはヒーターが入っている。真冬も大丈夫だろう」
「そうか……」
青がソファに座って出窓を見た。
その後で上に住居部分を案内し、青が豪華すぎると文句を言った。
「アハハハハハ! お前の貯金から30億くらい使ったからな」
「だからなんだよ、俺の貯金って!」
「説明したろう。預かった1000万円を運用したんだって。今度運用の実績をちゃんと持って来るからな」
「おい!」
住居部分には青の寝室、リヴィング、キッチン、カスミの部屋、客室、倉庫、それにバスとトイレ。
それに防衛システムを入れている。
倉庫には、明穂さんの服や青に預かった家具や荷物を入れている。
青がその部屋を見て口元を手で覆った。
思い出が溢れ返っているのだろう。
「赤虎、本当に全部とっておいてくれたんだな」
「そう言っただろう!」
「ありがとう……」
俺たちは慌てて帰った。
青が泣きそうになっていたからだ。
「じゃあ、明日の5時に来るからな!」
「ああ……」
「オニオニー、またねー!」
「うん!」
「オニオニ、帰って来て良かったね!」
「そうだな!」
「お元気そうで。また優しくなった感じがしました」
「そうだな!」
明穂さんとの愛の旅をしてきたのだ。
そりゃ、優しくなるだろう。
おかえり、青。
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