第2305話 青の帰還
5月第四週の月曜日。
俺が昼の休憩に出ようとした時、青から電話が来た。
「赤虎! 6月の初めに日本に帰ることにしたよ」
「お前、随分と待たせやがって!」
「ああ、悪かったな」
「こっちの準備は出来てるからな」
「何から何まで申し訳ない。戻ったら精算するからな」
「ああ」
4月の花見の時に青と久しぶりに話し、それから何度か打合せをしていた。
青の今後の生活についてだ。
また日本で喫茶店をやりたいと言うので、俺が用意させて欲しいと言った。
実際には、青が帰ってから喫茶店をやるだろうと思って、事前に基礎工事は終わらせていたし、上物も進めていた。
もう、内装の一部をやるだけになっている。
「病院の近くで、丁度いい土地があるんだよ」
「そうなのか! ああ、でもあの辺だと土地は高いだろう」
「大丈夫だ」
「おい、何言ってんだよ」
「お前からさ、1000万円預かってたじゃない」
「あれはお前に世話になった礼だよ!」
「あれをさ、うちの子どもが資産運用してさ」
「なんだって?」
「今、80億円くらいになってっから」
「おい!」
青が慌てているので笑った。
「ちょっと使わせてもらったからな」
「お前、おい!」
「ワハハハハハハ!」
「笑ってんじゃねぇ!」
「お前がいねぇからよ、店も俺が勝手に作らせてもらうかんな!」
「赤虎!」
青は事態が分かって驚いていた。
だが、結局俺に任せると言ってくれた。
「まあ、お前には世話になりっぱなしだな」
「遠慮すんな。どうせお前の金だ」
「いや、正直助かったよ。俺の金はほとんど旅行で消えちまったからな」
「お前、ほんとに長かったよなぁ」
「そうだな」
それだけ明穂さんとの思い出が大きかったのだ。
青は金などに、もう興味はなかった。
明穂さんだけだ。
数年がかりで、やっと青は何かを終えることが出来た。
既にいない明穂さんと二人きりで。
いないということと一緒ということを青の中で交差させながら。
俺は建物の外観と内装を話し、2階3階は住居にすると話した。
「おい、そんなに大きな家はいらないぞ」
「いいじゃねぇか」
「うーん」
まあ、使わなければいいだけだ。
「それとな、お前一人じゃ大変だろうからよ」
「おう」
「アンドロイドを入れるかんな」
「なんだ?」
青はさすがに海外にいても、御堂の劇的な政界への登場は知っていた。
それに、御堂が俺の親友であることも知っている。
「御堂の護衛に、ダフニスとクロエというアンドロイドがついているのを知っているか?」
「ああ、知ってるよ。あれは凄い技術だよなぁ」
「お前の喫茶店にも入れるから」
「なんだと!」
「カワイイ女性型な。JK風の美人にすっから」
「おい、赤虎! 何言ってんだよ!」
また青が慌てる。
「だって、お前のおっかいない顔じゃ、従業員は来ないだろ?」
「だからって、なんでアンドロイドなんか!」
「いいじゃんか。給料はいらないんだぞ?」
「本体が幾らすんだよ!」
「あー、タダ」
「どうして!」
「俺の研究所で作ってるかんな!」
「赤虎!」
詳しい話は帰ってからだと言った。
青もここで言い合っても仕方ないと思った。
あー、それじゃもう遅いんだぜぇ。
俺は好き勝手やった。
建築は事前にある程度進めていた。
青が喫茶店をやらなければ、別な人間にレストランでもやらせればいいと思っていた。
薄いベージュの大谷石で建物の外壁を覆った。
早乙女の家の塀と同じにし、だから2メートルの高さにLEDライトの溝を回した。
敷地に塀は作らないで、季節のいい時にはテラス席が作れるようにした。
南向きの建物で、目の前はうちの病院なので、直射日光は夏場にしか入らない。
その南側は大きなはめ殺しのガラス窓と、間に壁を設けている。
それほど広くはない。
客席部分で大体50平米。
天井高は4メートル半で高い。
北側に大きなカウンター席が10人分と、南側にテーブル席が4席。
東側に出窓があり、西側を入り口としている。
ドアはガラスの格子だ。
内装はベージュの蔦模様の壁紙で、床は幅が広めのフローリング。
天井は漆喰でダウンライトを通路部分に。
テーブルの上には暖色系のライト、カウンターにも暖色系のスポットライトを配した。
青はカウンターの中だが、後ろに広い棚を配置して、その気があれば酒も提供できるようにした。
カウンター内にはコーヒーの道具をあれこれとコンロと調理台。
カゲナウのでかい冷蔵庫に広い洗い場。
調理器具もいいものを揃えた。
続きで倉庫部分。
北側にトイレと上に続く階段。
階段には扉を付けている。
青のプライベートの2,3階に続くからだ。
東側の外壁に、蔦を絡ませた。
昔の「般若」と同じ配置だ。
青は喜ぶだろうか。
その顔を思い浮かべながら、俺は図面を引いた。
カウンターはメイプルの一枚板にし、そこの椅子は少し高めだ。
テーブル席はクッション性のある椅子に白の丸テーブル。
東側のテーブルだけはソファにした。
恐らく、閉店後に青がそこに座る。
明穂さんのシクラメンを出窓に置くからだ。
そんなことを想像しながら、自然に笑いが込み上げて来た。
「しかし、あいつ、まだ喫茶店をやりたいだなんてなあ」
それも明穂さんとの思い出のためなのだろうが。
そして、青が見つけた生き甲斐でもある。
青の喫茶店には、多くの常連が通っていた。
青と明穂さんを知っている人が多かったが、その後もあの小さな喫茶店に新たに通う人間もいた。
青はいいマスターだった。
優しく、そして出しゃばらない。
女子高生の常連までいた。
雨の日に店の前をずぶ濡れで歩いているのを、青が呼び止めて店に入れた。
ドライヤーとタオルを渡し、コーヒーを飲ませた。
他に客も無く、他愛ない話をしたそうだ。
服が渇いたところで、ビニール傘を渡した。
それ以来、週に一度は通うようになった。
青のことが好きだったようだ。
もちろん青にはその気はなく、女子高生も喫茶店に通うだけだったが。
青が戻れば、昔の常連も通ってくれるだろうか。
多分、そうだろう。
俺はそれが楽しみだった。
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