第2301話 ガンスリンガー Ⅴ
「ガンドッグ」との渡りが付いたので、トラと電話で話した。
「「ガン・ドッグ」に接触する。明日、アリゾナに行くよ」
「そうか。気を付けろ。こっちは今日襲われた」
「なんだって!」
驚いた。
こんなにも早く連中が動くとは思ってもみなかった。
「ルーとハーが撃たれた。命に別状はないが、胸と腹、それに二人とも腿を撃たれた」
「あいつらがか! 武装は銃だったのか?」
「花岡」を極めた奴らが、銃で撃たれるとは。
「そうだ。俺も襲われた」
「どんな奴だ?」
トラが撃たれるわけはない。
だから状況だけ聞いた。
「武器はルガーのスーパーブラックホークだった。12インチのロングバレルに改造していたな」
「随分と旧い銃だな。しかもシングルアクションかよ」
「そうだ。ダブルアクションに改造もしていなかった」
トラが相手の特徴を言った。
長い金髪の痩せた長身。
手足がやけに長い奴。
戦い方を聞いた。
「双子が見たんだが、でかい銃なのに一瞬で手にしてやがったそうだ。ハンマーを持ち上げる動作も見えなかった。しかもリロードも目に見えない速さだ。それは俺も実際に見た」
「そうなのか。スピードローダーか?」
「いや、そんなレベルじゃねぇ。魔法のようだよ。本当に一瞬で、ドラムマガジンで連射しているかのようなんだ」
「そうか、とんでもねぇな」
トラが言うのだからその通りなのだろう。
俺もトラもそんな真似は出来ない。
連射自体も素早いらしい。
シングルアクションの銃で弾幕を張って来る。
数回のリロードをトラの言う通りに一瞬でやっているとしか思えない。
どのような方法かは分からないが。
「双子も通常の対応は出来ていた。気配感知で敵の接近は気付いたし、発砲と同時に回避行動もした。でも撃たれた」
「敵に読まれたな」
「そうだ。「ガンスリンガー」は、相手の動作を読む。回避したつもりにさせてぶち込んでくる。見事にやられたな」
トラが詳しい経緯を話した。
「最初は二人の腿だったんだ」
「急所じゃないのか?」
「そうだ。ここに何かあるな」
「ああ、そうだな」
相手がある程度の使い手の場合、初手から殺せないのかもしれない。
どの程度の使い手なのかを分析し、次のショットで決める。
ただ、ルーとハーも尋常ではない奴らなので、殺し切れなかった。
まあ、普通は肺や腹を撃たれれば動けないのだが、あいつらはまだまだ反撃の余力があった。
だから一度退散したのか。
そしてトラが二人を連れて病院から出た時に襲われた。
待ち構えていたのだ。
多分、「ガンスリンガー」の他に援護する体制がある。
元々はトラが狙いだったのだろう。
ルーとハーのレベル以上の敵と見做されたトラは、十分な対策の上で襲われた。
双子が襲われたのも、後から思えばトラの実力を測るための襲撃だったに違いない。
まあ、トラが誰かにやられるわけはないのだが。
むしろ俺が驚いたのは、あのトラが敵に逃げられたことだ。
「仕留めようと思ったよ。でも、俺を殺せないと判断した途端に逃走した。支援隊にジャベリンを大量に撃たせ、俺が対処している間にまんまと逃げた。見事な手際だ」
「そうかよ」
無人機に掴まっての逃走だったらしい。
そんなことが出来る人間がいるとは。
トラに殺されなかった実力も相当だが、戦闘の発想が物凄くキレる奴だ。
こちらが想定しない方法で襲い逃げる。
トラが言った。
「聖、本当に気を付けろ。お前でも油断すれば危ない」
「分かったよ。今の話を聞けて良かったぜ。俺も十分に準備していく」
「ああ。接触場所にはデュールゲリエを配備しておくよ」
「頼む。数は任せるから」
「分かった」
トラが本当に神経質になっている。
敵の実力がまだ推し量れないためだ。
しかし、トラはいつでも何とかする。
ニカラグアの戦場以来、俺はトラのそういう所を知っている。
翌日、飛行機でアリゾナ州に向かった。
空港で車をレンタルし、2時間を掛けて待ち合わせの場所へ向かった。
建物ではない。
ソノラ砂漠の中で緯度経度を指定された。
俺は「散華」だけを携行していた。
ハイウェイを走破し、スマホの地図を頼りにソノラ砂漠へ入った。
車はジープのラングラーだ。
荒れ地でも走破出来る。
待ち合わせ場所に近づくと、5人の男女が待っていた。
相手は同じジープのグランド・チェロキーに乗って来たようだ。
全員が銃を持っている。
トラが行っていたルガー・スーパーブラックホークだった。
12インチのロングバレル。
となれば、全員が「ガンスリンガー」ということだ。
50メートル手前で車を停めた。
「コスタさん?」
女は一人なので、リンダと名乗った奴だろう。
「そうだ。あんたがリンダか?」
「そうよ。ようこそ、アリゾナへ」
「随分と用心深いんだな」
「もちろん。うちのことは分かっているんでしょ?」
「凄腕のガンマンだってことはな。ハーマン候補を見事な腕で暗殺した」
リンダたちが笑った。
「まあね。あれが私たちがやったって知っているのね」
「俺も裏稼業が長いんでな。その腕を今回借りたい」
「条件次第ね。あなたの会社は調べたわ。随分とショボい仕事ばかりじゃないの」
「ほとんど俺以外は使える奴がいなくてな。どうしても大きい仕事は請け負えない」
「そう。今回は暗殺?」
「そうだ」
「お金は用意出来るの?」
「大丈夫だと思う。スポンサーがでかいからな」
「どこ?」
「それは言えない」
リンダたちが俺を観察している。
誰も銃に手を置いていない。
「詳しい話を聞く前に、武器を預かるわ」
「それは出来ない。俺もあんたたちを信用していない」
「そう。でも、それじゃ交渉は出来ないわよ?」
「勘弁してくれ。俺は独りで、そっちは5人だろう」
そう言った瞬間に、5人が一斉にスーパーブラックホークを俺に向けていた。
トラが言った通り、魔法のように一瞬で構えていた。
ホルスターは腰に付けたフロントブレイクだった。
そういう問題じゃない。
この俺が反応できないほどに、本当に一瞬だった。
「さあ、銃を渡して」
「わ、分かった。撃つなよ!」
「安心して。あなたがヘンな素振りを見せなければ大丈夫」
「銃に手を掛けてもいいか?」
「いいえ。私が預かるわ」
リンダが構えたまま俺に近づいた。
俺は右の腰を前に出す。
「いい銃ね」
そう言ってリンダがグリップを握り、「散華」を取り出そうとした。
「!」
俺はその一瞬でリンダのスーパーブラックホークのバレルを左手で握り、捻った。
右手でレバーにパンチを入れる。
リンダが一瞬で失神し、俺はリンダを楯にして4人と向き合った。
「散華」を構えている。
男たちが笑っていた。
「あいつ、やられたぞ」
「バカな奴だ」
「でも、何があった?」
「こいつの銃に触れた瞬間だったな」
まだ弾は撃って来ない。
「おい、争う気はないんだ! 撃たないでくれ!」
「どうするかな」
男たちはまだ笑っていた。
この状況がまったく脅威ではないということだ。
相当な手練れだ。
リンダが覚醒した。
「こいつ! カザンの銃を持ってるわ!」
「「「「!」」」」
4人の男たちの銃が一斉に火を噴いた。
俺は躊躇せずにリンダを抱いたまま「飛行」で逃げた。
俺のその足の下で、銃弾が交差するのが分かった。
リンダの身体を避けて、軌道が曲がって俺に撃ち込んでいた。
そのまま俺は飛び去った。
リンダは音速を超える速さで呼吸が出来ずに失神した。
その状態で、まだスーパーブラックホークを握っていた。
俺は「ガンスリンガー」の恐ろしさを感じていた。
こいつらの銃技は底が知れない。
そして、銃に関してはこの世の誰よりも突出している。
虎白さんたちが剣技で最高峰なのと同じく、銃技の最高峰がこの連中だ。
「ガンスリンガー」は石神家本家と同じだ。
それは、俺とトラを殺せるということだった。
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