第2266話 院長夫妻と別荘 Ⅷ

 夕飯は鰻にしている。

 子どもたちは別途、自由にバーベキューをする。

 亜紀ちゃんと柳が大量の鰻を買って来ている。

 生きている鰻なので、捌くところからだ。

 皇紀が作った台で、俺が次々と捌いて行く。

 鰻の捌き用の包丁を買ったので、以前よりも早く出来るようになった。

 亜紀ちゃんが取りに来てどんどん焼いて、双子がタレを作り、終わると皇紀と一緒に運びと蒸しをする。

 柳は肝吸いとハマグリの吸い物を作っていく。

 捌き終わった俺も、亜紀ちゃんとどんどん焼いて行く。

 そのうちに蒸しの終わったものもまた焼きに入る。

 手の空いた子どもたちが漬物を切り、また自分たちのバーベキューの食材をカットしていく。

 一瞬も停滞のない俺たちの動きに、静子さんが感心していた。


 「みんな凄いのね」

 「「「「「「はい!」」」」」」


 院長が笑っていた。

 六花は響子とロボとまた映画を観ている。

 『300』だ。

 

 5時半に夕飯が出来て、みんなで食べる。


 「石神、これはまた美味いなぁ」

 「今度、静岡に食べに行きましょうよ」

 「おお、いいな!」

 「日本で一番美味い鰻の店があるんです」

 「そうなのかぁ」


 静子さんも楽しみだと言っていた。

 少し運動をしたせいか、お二人は食欲があった。

 鰻重の他に白焼きも召し上がる。


 「みんな、いつも美味い物を食べられていいね」

 「「「「「はい!」」」」」


 「俺は静子さんの御飯がいいですけどね」

 「あら、嬉しいわ」


 本心だ。

 お二人が食べ終え、子どもたちは饗宴の最中なので俺がお茶を煎れた。


 「美味しかったわ、石神さん」

 「それは良かった。お二人に喜んでもらえて嬉しいです」

 「もう、こんなにお料理が得意なら、うちでも手伝ってもらいたかったわ」

 「いやぁ、俺は静子さんの料理が大好きなんで」

 「もう! ウフフフフ」


 静子さんも冗談だ。

 いつだって、俺のために美味い食事を作って下さった。

 それが大変だなんて、少しも思わない方だ。


 夕飯を終えて、お二人を花火に誘った。

 響子も一緒にやる。


 「花火なんざ、本当に何十年ぶりかな」

 「本当ですね」


 「たまにはいいでしょう」

 「ああ、綺麗なものだな」

 「ほんとうに」


 響子が青い花火を夢中でやっている。

 俺が後ろから肩を抱いてやると、嬉しそうに振り向いた。

 またどこからともなく一羽のオナガアゲハが飛んで来て、俺たちの前を舞った。

 響子と顔を見合わせて微笑んだ。


 院長と静子さんに風呂を勧めると、静子さんが言った。


 「お二人で行ってらしてください」

 

 俺は院長と一緒に風呂に入った。

 院長の背中を流す。


 「あー、静子さんと一緒に入りたかったなー」

 「ばかもの!」


 院長の髪も洗った。


 「ほんとに増えましたね!」

 「お前もそう思うかよ!」


 院長が喜んだ。

 洗い終えると、さっさと湯船に入る。

 俺は苦笑して自分で洗って入った。


 「おい、さっきの蝶はなんだ?」

 「え?」

 

 突然院長が言うので驚いた。

 オナガアゲハのことだろう。


 「不思議な蝶だった。お前のことをずっと見ていたようだ」

 「そうなんですか」

 「波動がな。美しい緑色で、お前に視線を送っていたよ」

 「……」


 「おい、泣いているのか!」


 俺はモモとの思い出を院長に話した。

 うちの病院で入院していた加納明子のことも話した。


 「ああ、あの事件か」


 院長ももちろん知っている。

 公式の、ヤクザに襲われた身元不明の女性ということだけだが。


 「加納明子はモモでした。北海道の恐ろしい殺人マシーンを育てる施設に入れられて。大変な苦労をしたようですが、俺を殺す命令に逆らって死んだんです」

 「そうだったのか!」


 院長が真相を知って驚いていた。

 あの当時は俺の秘密を暴こうとしないで、黙っていてくれたのだ。


 「モモが言ってました。いつか俺に会えると信じて地獄を耐えていたんだと。青い花火をモモに見せてやりたかった。モモを救ってやりたかった」

 

 院長が俺の肩に手を置いた。


 「石神、お前の人生はどうしてそんなに辛いんだ」

 「みんなそうですよ。うちの子どもたちだって。院長だってそうでしょう」

 「……」


 院長は答えなかった。

 もちろん、そうなのだ。

 最愛のお兄さんを喪い、家族を一遍に喪い、そして自分の子どもを喪ってしまった。


 「前にもね。響子が青い花火を見つけて、あのオナガアゲハが飛んで来たんです。夜なのにね」

 「そうだったか」

 「響子が夢で、モモらしい女の子と一緒に花火をして遊んだそうですよ。それで、モモがもういいんだって言ったのだと」

 「そうか……」


 院長が目を閉じていた。


 「でも、また来てくれた。そして院長が俺を見ていると言ってくれた」

 「いや、俺は……」


 「ありがとうございます」

 「いや……」


 院長と風呂を上がり、静子さんが双子と一緒に入りに行った。

 俺は院長に「紅オイシーズ」のシャーベットを少し出した。


 「おい、石神」

 「はい」

 「お前と一緒にいると美味い物が喰えるし楽しいことばかりだな!」

 「はい!」


 片づけを終えて亜紀ちゃんと柳も風呂へ行った。

 響子と六花も一緒に行く。


 「吹雪のオチンチンは綺麗にしろよ!」

 「まかせて!」


 響子がやる気になっていた。

 まあ、いいけど。 

 院長が嫌そうな顔をした。

 俺は笑った。

 下品でどうしようもない俺を見て欲しかった。

 院長のような人から見れば、俺なんてそんなものだ。

 静子さんが双子と風呂から上がって来た。


 「おい、お前ら《ポワール・デ・ロワ》のメロンを静子さんにお出ししろ! お前らも喰っていいぞ」

 「「やったぁー!」」


 院長と静子さんが顔を見合わせている。

 双子がすぐにフリーザーからメロンを出して3人分を切った。

 一人6分の1だ。

 静子さんには少し多いかもしれない。

 このソルベは、それ以上に切ってはいけないと俺が厳命している。


 「これね! 和田商事さんから贈ってもらってるの!」

 「物凄く美味しいんだよ!」

 「私たちも滅多に食べれないの!」

 「この大きさまでなの。ごめんなさい!」


 双子が興奮して次々に話しかけている。

 静子さんがスプーンで掬って口に入れた。


 「あら! 本当に美味しい!」

 「「ね!」」


 双子がニコニコして食べる。


 「おい、石神、俺にも」

 「さっき院長は別なの食べちゃいましたからね。これ以上は胃を冷やしますから」

 「おい!」


 静子さんが笑って自分のスプーンで掬ったものを院長に向けた。

 院長が口に入れて、「美味いな!」と叫んだ。


 「あのー、うちの子どもたちの教育に悪いんでー」


 お二人が顔を見合わせて笑った。

 俺と双子も大笑いした。

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