第2265話 院長夫妻と別荘 Ⅶ

 院長夫妻がいらした翌日の朝。

 5月7日だ。

 院長と静子さんには俺が朝食を用意した。

 

 焼き鮭。

 焼き海苔。

 ホワイトアスパラのボイル。

 コッコ卵のスクランブルエッグ。

 味噌汁はアオサだ。


 子どもたちは適当に自分たちで作る。

 

 「ここは静かでいいな」

 「夏はセミが多くてうるさいんですけどね」


 まあ、防音は完璧だが。


 「静子さんもお休みになれましたか?」

 「ええ、もうぐっすり。家にいるよりもよく眠れたわ」

 「それは良かった」


 院長も嬉しそうに微笑んでいる。

 静子さんが中心の人なのだ。


 「後で少し散策に行きましょう」

 「おお、そうか」

 「まあ、ここは何も無いんで、散策と言っても大したものじゃないんですけど」

 

 子どもたちが簡単に掃除をし、「移送車」を用意した。

 俺とロボ、院長夫妻と響子、六花、吹雪が中に入る。

 亜紀ちゃんと柳が押手を取り、皇紀とルーとハーが後ろを押す。


 「おい、石神!」

 「ここでやっと、奴隷らしいことをしてやれましたよ」

 「おい!」


 子どもたちが笑って「移送車」を押し始めた。

 ゆっくりと進んで「倒木の広場」に着く。

 子どもたちが荷台からブルーシートを取り出して敷き、院長夫妻を案内した。

 ルーとハーがみんなに紅茶とクッキーを配る。


 「おい、ここはなんだ?」

 「まあ、俺たちの散歩コースというか。毎回来てお茶を飲んで帰るんですよ」

 「そうか」

 「別荘では何もやることが無いですからね。意味はなくても、こういうことをしているんです」

 「なるほどな」


 「夜は「幻想空間」でタカさんのお話ですよね!」

 「だから決まってねぇ!」

 

 みんなが笑う。


 「でも、本当に大したことは。食事をする、お茶を飲む、風呂に入る、花火をする、ゲームをする、そんなものしかありません」

 「のんびりしていいな」


 静子さんに聞いた。


 「静子さん、院長は家で何をしてるんですか?」

 「さあ、御本を読んだりかしら」

 「他には?」

 「庭を眺めたり」

 「ボケますよ?」

 「石神!」


 昭和の人間は休日の過ごし方を知らない。


 「ああ、最近は少しお掃除とか手伝ってくれるの」

 「それ、院長のニセモノですよ!」

 「ウフフフフ」

 「石神!」


 みんなで笑った。


 「院長、前にも言ったでしょう。静子さんを連れ出して下さいよ」

 「あ、ああ、うむ」

 「ニューヨークで約束しましたよね?」

 「あ、あれは、そうだ、うん」

 

 真っ赤な顔をしてしどろもどろになっている院長を、静子さんが笑っている。


 「お願いしますね」

 「もうしょうがないなぁ。今度デートコースを教えますよ」

 「頼む、石神!」

 

 みんなが笑った。

 院長も、静子さんを喜ばせたいのだ。

 しかし不器用なのと自信がないので、なかなか実行できない。


 帰りは俺が全員を乗せて「移送車」を押した。

 子どもたちが喜んだ。







 昼食は蕎麦にした。

 子どもたちは天ぷらを揚げ、俺が院長と静子さんに厚揚げと素揚げのナスとインゲンを入れた。

 少し汁を甘めにする。

 俺と響子も同じものを食べる。


 「こういう蕎麦は初めてだ! 美味いな!」

 「本当に。どうしてこういうことを想いつかないのかしら」

 「院長への愛情が薄れたんですよ」

 「まあ!」

 「おい!」


 子どもたちが薬味のステーキを焼き始めた。


 「おい、目の毒だから端で喰え!」

 「「「「「はーい」」」」」


 午後は少し休んで頂こうと思ったが、昼に寝ると夜に眠れなくなると言われた。

 じゃあ買い物にでも連れて行こうかと思ったのだが、意外なことを言われた。


 「石神、俺にも「花岡」を教えてくれないか」

 「え、院長にですか?」

 「ああ。俺も学生時代には空手をやっていたんだ」

 「えぇー!」

 「もちろん40年も前のことだ。身体はとっくに……」

 「だからなんですかぁー!」

 「え?」

 「院長に殴られる時って、やけに痛いと思ってたんですよー!」

 「いや、お前!」


 静子さんが 爆笑した。


 「静子さんは知ってました?」

 「ええ、もちろん」

 「そうだったんだぁー!」


 俺は亜紀ちゃんに、院長のサイズに合うコンバットスーツを蓮花の研究所から借りて来るように言った。

 静子さんもやりたいということだったので、六花のジャージに着替えてもらった。


 亜紀ちゃんが10分で戻って来る。

 院長に着替えさせた。


 「おし! じゃあ「虎地獄」だぁ!」

 「タカさん、ダメだよ」

 「やめてあげて!」

 

 冗談なのだが、双子が必死に止めて来た。


 「じゃあ「ネコ地獄」な」


 ロボが「やんのかステップ」を始めた。


 庭に出て、基本的な「花足」から始めた。

 徐々にバリエーションを加えて行く。

 

 「これは身体を丈夫にしますからね。毎日やって下さい」

 「分かった」

 「難しいわね」

 「何度もやれば大丈夫ですよ」


 30分程もやっていると、二人とも何とか辿れるようになっていった。

 やはり院長は空手をやっていただけあって、覚えも早い。

 ただ、長年運動もして来なかったので、やはりぎこちないが。


 「身体も柔軟になって行きます。血行も良くなりますよ」


 慣れない動きで二人とも疲れたようなので、休憩にした。

 15分休んで、今度は呼吸法を教える。

 「花岡」では立ったままだ。

 双子が今度は中心になって指導する。


 「文学ちゃん、もっと下の方まで意識を落として」

 「静子さん、もっとゆっくりでいいから、光の珠を意識して」


 30分程やって、今日は終わりにした。

 亜紀ちゃんと柳が買い物から戻り、みんなでリヴィングへ上がってお茶にする。

 「紅オイシーズ」のシャーベットとミルクティを淹れた。


 「この一色の所の苺は美味いな!」

 「ありがとうございます!」


 六花が嬉しそうに笑った。

 響子と吹雪も少量食べて喜んでいる。


 「文学ちゃん、静子さん! 後でマッサージするね!」

 「ああ、ありがとう」


 双子がニコニコしている。

 お二人に「花岡」を教えられたのが嬉しいのだ。

 ロボが六花の所へ行って、「紅オイシーズ」をねだった。

 六花がスプーンに乗せてロボの顔の前に持って行く。

 ロボが匂いを嗅いで、前足で床をこすった。


 「この美味しさが分からないなんて、お前も所詮はネコだな」

 「フッシャァー!」


 柳に「第六天魔王キック」を見舞った。

 柳がぶっ飛ぶ。


 「なんでぇー!」

 

 ロボは静子さんの膝に乗って甘えた。

 夕飯まで自由にし、院長と静子さんは双子のマッサージを受けた。

 亜紀ちゃんと柳は鍛錬に行き、俺は残ったメンツで麻雀をした。

 俺と六花、響子と皇紀だ。


 




 また俺の配牌が異常によく、早々に「出て行け」と言われた。

 吹雪が座り、ロボと一緒になんかやってた。


 吹雪・ロボがそこそこ勝った。

 なんなんだ、こいつら。

 お前らが弱すぎなんじゃねぇの?


 俺は不貞腐れてソファで寝た。

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