第2261話 院長夫妻と別荘 Ⅳ クマタカ・パッション 2

 俺は蓼科部長に呼ばれ、部長室へ入った。


 「鷹を飼うのは諦めた」

 「そうなんですか」


 ざまぁ。

 散々叱られたのだろう。

 静子さんを溺愛している蓼科部長は、滅多には無いが静子さんから怒られるととんでもなくしょげる。

 見た目はゴリラで俺たちにはこれでもかと怒鳴るが、静子さんにはただの一度も怒鳴ったことは無い。

 まあ、静子さんが蓼科文学という人間を愛しているので、蓼科部長を常に上に置いている。

 蓼科部長も静子さんが嫌がることは基本的にしない。

 だが、たまにこういうことはある。

 今回のことは、多分幼少期の大事な思い出と繋がったことで、暴走してしまったのだろう。


 「でもな、どうしても鷹を手元に欲しいんだ」

 「あなたね、まだ懲りないんですか」

 

 生意気な口を利いた俺の額を殴った。


 「剥製を手に入れてくれ」

 「はい?」

 「生きた鷹が無理でも、剥製ならいいだろう?」

 「なんですか」

 「いいから探せ!」

 「はい!」


 また面倒なことを。

 俺はすぐにタウンワークの電話帳で都内で剥製業をしている所を探した。

 今はネットの普及で見かけないが、昔は黄色の地域別の分厚い電話帳があった。

 最初に電話した店では手に入らなかったが、上野に剥製業界で有名な店があると教えてもらった。

 そこへ電話した。


 「すみません。鷹の剥製が欲しいんですが」

 「あ?」

 「あの、鷹です、鳥の」

 

 一瞬の間があった。


 「おい、俺は40年この仕事をしてるけどよ」

 「そうなんですか!」

 「俺もたった一度しか扱ったことはねぇ!」

 「え!」

 「お前、何勘違いしてやがんだぁ!」

 「す、すみませんでしたー!」


 電話がガチャンと切られた。

 えーと、そんなに無いものなの?


 他の剥製業の店に電話したが、どこも扱いは無いということだった。

 俺は途方に暮れて、オークラのテラスレストランに昼食を食べに行った。

 カレーとピラフを頼んで、剥製のことを考えていた。


 観たことはあるのだ。

 幼少の頃に石神家の実家へ行った時に、床の間に大きな鷲の剥製が置いてあった。

 ちなみに、ハヤブサ、鷹、鷲というのは動物学的には同じものだ。

 日本では身体の大きさで言い換えている。

 イヌワシだったと記憶している。

 他にもテレビや映画などで、金持の家にあったりする。


 無いということは無い。

 でも、どこにあるのか。


 病院へ戻ると、また蓼科部長に呼ばれた。


 「ああ、鷹の剥製だけどな。クマタカにしてくれ」

 「はい?」

 「思い出したんだよ。子どもの頃に俺を可愛がってくれた鷹匠が、クマタカを使っていたんだ」

 

 俺は午前中に探した剥製の問い合わせの結果を伝えた。


 「どこにも無いんですよ。さらにクマタカ限定なんて、とても……」

 「ふざけんなぁ!」


 怒鳴られた。

 無茶苦茶だ。


 「いいからクマタカを探せ! 必ずある!」

 「はい!」


 まあ、仕事とはそういうものだ。

 無茶だろうがなんだろうが、言われたことは実行しなければならない。

 文句も泣きごとも関係ない。

 やるだけだ。


 俺はオペの最中も考え続け、午後6時過ぎにデスクへ戻った。

 

 「映画なんかで観るんだけどなー」


 その瞬間に思いついた。


 「!」


 俺はタウンワークの電話帳を取り出して、映画関連の会社を探した。

 そして小道具を貸し出す会社の人に、剥製専門の貸し出し会社があることを聞いた。

 午後7時を回っていたが、その会社「赤木産業」の人が電話に出てくれた。


 「夜分にすいません。実はクマタカの剥製を探してまして」

 「ああ、うちにあるよ」

 「えぇ! ほんとですかぁ!」

 

 思わず叫んでしまった。

 散々苦労して怒鳴られて諦めかけていたのに、即答であると言ってくれる。

 俺は上司から頼まれて探している旨を話し。ゴリラみたいな顔なのだがクマタカが好きなのだと言うと大笑いされた。


 「良かったらすぐに見せるよ」

 「是非お願いします」

 「あー、明日からちょっと出掛けるんだった」

 「あの、これからは如何ですか!」


 随分と遅い時間になるが、電話に出てくれた人は快く待っていると言ってくれた。

 俺はポルシェを飛ばして足立区のその会社へ行った。

 8時前に何とか到着する。

 事務所で待っていてくれたのは、先代社長だという赤木さんだった。

 70歳を過ぎているらしいが、壮健な方だった。

 お茶も断り、遅い時間なのですぐに見せて欲しいと頼んだ。


 「じゃあ、行こうか」

 「?」


 用意してくれているかと思ったが、事務所の外へ連れられた。

 

 「あの倉庫は全部うちの持ち物なんだ」

 「えぇー!」


 体育館のような倉庫が10個くらいある。

 

 「地方にも別にもっとあってね。ここは頻度が比較的高い物を置いているんだ」

 「そうなんですか!」


 赤木さんは俺を一つの倉庫へ連れて行った。

 ドアの鍵を開け、照明を点ける。

 3階になっているらしいが、夥しい鳥の剥製があった。

 1階は大型の鳥のようで、ダチョウやエミューなどもあった。

 赤木さんは迷わず俺を奥へ案内する。


 「ほら、これだよ。間違いなくクマタカ」

 「ありがとうございます!」


 俺は確認した。

 疵や虫食いもない。


 「これを譲っていただけませんか?」

 「ああ、いいよ」


 赤木さんは10万円でいいと言った。

 自分の今日の苦労を考えて、希少なもののはずで随分と安いのではないかと聞いてみた。


 「ああ、これはね、物としてはもう弓の矢羽根にしかならないんだ。その価値の計算だよ」

 「え、そうなんですか!」


 俺は学生時代に弓道をやっていたと話すと喜ばれた。


 「じゃあ、石神さんも知っているでしょう。矢羽根は鷹や鷲の羽根を使っているんだ」

 「そうでしたね!」


 カーボンではない竹矢の羽根は、確かにそうだった。


 「ここは他にどういう動物がいるんですか?」

 「何でもいるよ。大型の動物から昆虫までね」

 「へぇー、数も多いでしょうねぇ」

 「うん、500万種くらいかな」

 「エェェェェェー!」

 「見たいものがあれば案内するよ」

 「赤木さんは全部覚えてるんですか」

 「当然だよ」


 物凄い人だった。

 俺が虎が観たいというと、すぐに別な「大型猛獣倉庫」へ連れて行ってくれた。

 一角が虎の剥製のコーナーで、50種くらいあった。


 「一つ持ってく?」

 「い、いえ、結構です」

 

 もうゾウもキリンもワニももちろん、シロナガククジラの剥製まであるらしい。


 「他にもね、よく分からないものもあるんだ」

 「分からない?」

 「うん。とても生物とは思えないものでね」

 「へぇー」

 

 サイの身体にライオンの顔、ヘビの尾が付いていて、背には鷲の翼があるらしい。


 「まあ、そうなると合成なんだろうけどさ」

 「はぁ、なるほど」

 

 3階に連れて行ってくれた。


 「ほら、これとか」

 「!」


 一見大型の猿のようだが、胸には横に幾つも亀裂が入り、魚の鰓のようになっている。

 前腕が猛禽類の爪のようだが、8指だ。

 頭頂が剥げていて、逞しい角が2本生えている。


 「レントゲンでも調べてみたんだけどね。ちゃんと繋がったものだったんだ」

 「なんですか?」

 「分からないよ。持ってく?」

 「い、いいえ!」

 

 赤木さんが、傍の書類棚から何かを出して俺に見せてくれた。


 「ほら、君と同じ名前だよ」

 「はい?」


 《石神家討伐》


 「江戸時代のものらしいんだけどねぇ」

 「はぁ」

 

 知らんがな。






 俺は代金を支払い、お礼を言ってクマタカを引き取った。

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