第2246話 《デモノイド》戦

 獅子丸のマンションに行き、次のシフト表の相談をした。

 獅子丸は渋谷に住んでいるため、早霧さんたちはあまり行きたがらない。

 「おっさん」が行くと浮く街だそうだ。

 若い女性ということで、私が押し付けられることが多い。


 「まあ、ネコちゃんたちがカワイイからいいんだけどね」


 獅子丸は多くのネコをマンションの部屋で飼っている。

 最初は私が行くとみんな逃げて行ったが、そのうちに受け入れてもらえた。

 お土産に美味しいネコ缶を持って行ったことが功を奏した。

 ゴールドだけは最初から私を恐れなかったが、他のネコちゃんたちのように懐きもしない。

 あのゴールドは特別なのだと早乙女さんからも聞いている。


 今日もネコまみれになって打ち合わせをした。

 楽しかった。


 「愛鈴さん、いつもわざわざ来てもらってすみません」

 「いいのよ。ネコちゃんたちにも会いたいし」


 獅子丸は気の良い男だ。

 最初はよく分からない奴だったが、あの親友との絆を知って信用出来る男と分かった。

 獅子丸は「アドヴェロス」の中でも新人だ。

 よく働いてくれる。

 それに巨体に似合わずに人懐っこい。

 誰とでもすぐに仲良くなる。


 一応ハンターではあるが、情報収集なども出来る男だった。

 他のハンターは戦うことは得意でも、獅子丸のような仕事は不得手だった。

 悪い人間はいないのだが、他人とのコミュニケーションは私も含めて苦手だ。

 相手の心を開いて何かの情報を得るというのは、誰も出来ない。

 特に早霧さんと葛葉さん。

 もう、武道の訓練しか興味がないという二人。

 鏑木は多少喋るか。

 でも、軽薄な印象で他人から信頼されるかと言えば分からない。

 私は早霧さんたちに近いか。

 戦うことには全力で傾注出来るが、他人と話すのは得意ではない。


 「アドヴェロス」の仲間とは打ち解けてはいる。

 一番親しいのは磯良だ。

 磯良はカワイイ。

 本当に良い子だ。

 だから目一杯に可愛がり、時々磯良に敬遠されることもある。

 自分でもやり過ぎだと思うこともあるが、止められたことはない。


 「来月の予定だけど、いつものように平日の昼間でいいかな?」

 「はい、お願いします。でも、夜間のシフトも入った方がいいんじゃないでしょうか?」

 「それは私たちがいつも本部にいるからね。大丈夫だよ」

 「そうですか。必要だったら言って下さい。こいつらの世話は仲間がやりますので、いつでも行けますから」

 「うん、じゃあそういう時にはお願いね」


 獅子丸はいつも私のことを考えて言ってくれる。

 だから獅子丸と話していると楽しい。


 「ゴールドはなかなか懐いてくれないなー」


 一通り打ち合わせが済んで、獅子丸がコーヒーを淹れ直してくれた。


 「まあ、こいつは俺以外にはほとんど。俺の仲間ですら懐いてませんよ」

 「嫌われてはいないよね?」

 「そうですね。俺以外には、もう一人だけかな」

 「え、誰?」


 獅子丸は名前は明かせないのだと言って笑った。


 「あの人は凄い。ああ、その人もゴールドみたいなネコを飼ってるんですよ」

 「へぇー!」

 「何度か会ったんですけどね。物凄く可愛いネコでした」

 「そうなんだぁー」


 コーヒーを飲み終えて、獅子丸の部屋を出た。

 マンションの駐車場に停めていたカマロに向かった。

 早乙女さんから頂いたものだ。

 免許は「アドヴェロス」に入ってから取得した。

 突然、早乙女さんからあのカマロを頂いた時には驚いた。


 「親友から譲ってもらってね。愛鈴にいいかと思って」

 「でも、物凄い車ですよね!」

 「アハハハハハ! そうだね。相当改造しているみたいだよ」

 「そうなんですか!」

 「親友の所には何台ももうあるんで、これはいらないそうなんだ」

 「でも、こんな高級車は……」

 「ああ、遠慮はいらないよ。無理矢理もらったものらしいから、親友も困っていたんだ」

 「そうなんでしょうけど」

 「まあ、気楽にまずは乗ってみてよ。愛鈴が乗るとカッコイイと思うよ?」

 「そうですか?」

 「磯良とドライブにでも行きなよ」

 「!」


 その一言で決定だった。

 そうか、磯良を乗せて行けるんだ。

 もちろん早乙女さんも、私が磯良を溺愛していることは知っている。

 中学生の磯良は特別措置でハーレーを乗り回して時々私を乗せてくれるけど、今度は私が磯良を助手席に乗せるのだ。


 しかし、磯良にせよ私にせよ、どうしてこうも派手な乗り物をくれるのか。

 早乙女さんの趣味なのだろうか。


 早速練習してから、磯良とドライブに行った。

 楽しかった!

 思い出しながら、笑みが自然に浮かんだ。





 駐車場に行くと、5人の男女がいた。

 全員白人系の外国人だった。

 男性3人は180センチを超えた長身で、一人は2メートルある。

 全員逞しい。

 2人の女性も180センチ超えで、一人は細身、もう一人は男性同様に逞しい筋骨だった。


 渋谷には外国人も多い。

 私の車の前に立っている。

 目立つ高級スポーツカーなので興味を引いたか。


 「Get away from that car!(その車から離れて!)」


 5人は笑顔でこっちを見ている。

 しかし、どうにも卑しい笑いだ。

 どす黒い雰囲気がある。

 派手な私の車が目を引いただけではないと感じた。


 「これ、あんたの車?」


 流暢な日本語だった。

 そのことに、何か違和感を覚えた。

 日本語が話せる外国人は珍しくないが、あまりにも自然な日本語だった。

 

 「そうよ。早く離れて」


 嫌な連中だったが、殺気は無い。

 私が女と見てバカにしているのだろうか。

 細身の女が言った。 


 「いい車よね?」

 「どうでもいいでしょ?」


 女が笑って魔法のようにナイフを手にしていた。

 咄嗟に私も身構える。

 こいつらは殺気を出さずに人を殺せる。

 女は笑顔でカマロのフロントにナイフを突き立てて、そのまま振り抜いた。

 カマロのフロントが派手に切り裂かれた。


 「!」


 普通のことではない。

 ナイフの性能と女の膂力が知られた。

 人間では無い。


 私は躊躇わずに腕をメタモルフォーゼさせた。


 「お、出たぞ!」

 「気味の悪い腕だなぁ」

 

 5人が笑っていた。

 私の両腕に驚いていない。

 私はそのまま突っ込んだ。

 ナイフを持った女が私の前に立ち、ナイフで私の硬化した腕を薙いだ。


 刃物で斬れるはずのない腕だった。

 しかし、女がナイフを流した時、私の腕に激痛が走った。


 「!」


 女から離れ、そのまま走った。

 一瞬の躊躇もなく逃走した。

 こいつらは危険だ。

 「アドヴェロス」の本部に走りながら連絡し、襲撃を受けていることを伝えた。

 成瀬さんが出た。


 「愛鈴! 被害は!」

 「メタモルフォーゼした腕を斬り裂かれました!」

 「状況は!」

 「逃走中です! 獅子丸にも連絡を! 防衛システムを起動するようにと!」

 「分かった! すぐにハンターを回すから!」

 「お願いします! 追って来るようなら、完全体になります!」

 「分かった!」


 斬られた腕は再生が始まっている。

 代々木方面へ移動し、なるべく人気のない道を走った。

 5人は追って来る気配がない。

 私は立ち止まって、警戒を続けた。


 「どういう連中だったのか……」


 一瞬気を抜いた瞬間、腹部に被弾した。


 「!」


 重い弾丸だ。

 通常のハンドガンやライフルではない。

 撃たれたショックで地面に吹っ飛び、派手に血が流れ出したのを感じる。

 いきなり多くの神経が引き千切られたせいで、ショック症状を呈している。

 ダムダム弾だ。

 しかも特大の。

 頭部を両手でガードした。

 それしか出来なかった。

 腕に衝撃が来た。

 相当に強力な攻撃だと分かった。

 対物ライフルだろう。

 長距離から狙撃されたので、気配も分からなかったのだ。

 頭部は何とか守れても、他の部分を狙われたら終わりだ。

 下半身に力が入らず、逃げることも出来ない。


 「愛鈴さん!」


 突然抱きかかえられた。


 「ししまる……」

 「助けに来ました!」

 「……」


 獅子丸は私を抱いたまま走った。

 時々身体を移動する。

 路面を大きく抉って銃弾が撥ねた。

 獅子丸には狙撃の気配が分かるようだ。


 「しっかりして下さい! 必ず助けますから!」

 「……」


 もう返事も出来なかった。

 獅子丸の腕の中で、私は意識を喪った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る