第801話 思い出の走り屋
7月初旬の土曜日。
俺は朝食後にドゥカティを洗っていた。
徹底的に今日はやるつもりなので、短パンを履いて上半身は裸だ。
以前は自分の庭でも、そんな恰好をすることは無かった。
人に俺の裸を見せることはなかった。
でも、今は近所に誰もいない。
いるのは、俺の裸を見ても気持ち悪いと言わない人間だけだ。
本当はドゥカティと同じく、全裸でやりたい。
だが、俺も一応は大人だ。
全裸が大好きとはいえ、常識がある。
隣の女は全裸だ。
羨ましい。
俺がホースで水を出すと、口で噛みついたり、前足で叩いたりする。
「ロボ、邪魔だぁ!」
俺がブラシでこすり出すと、今度はブラシに攻撃して来る。
「弱ったな」
亜紀ちゃんが覗きに来た。
丁度良かった。
「タカさん! 見てていいですかー」
「ああ、ロボを押さえておいてくれ」
「はーい!」
亜紀ちゃんがロボの相手をしてくれる。
俺が歌いながら洗車をしていると、亜紀ちゃんとロボが大人しくなり、一緒に座って聞いていた。
「ロボー、タカさんが歌ってるよー」
最後に水をふき取り、ワックスを塗った。
ザイモールのコンコースだ。
ガラスコーティングでの艶出しは簡単だが、このコンコースには及ばない。
うっとりするようなレッジェーラの赤が輝く。
俺が見ていると、ロボが走って来て、シートに乗ってタンクを前足で叩いた。
ロボの肉球の痕が付く。
「……」
こいつは何故か毎回仕上げの後で自分の手形を遺して行く。
「アハハハハハハ!」
亜紀ちゃんはこれが見たくて、よく俺の洗車を見に来る。
俺はシャワーを浴び、着替えてリヴィングへ行った。
亜紀ちゃんがコーヒーを淹れてくれた。
自分の分も持って来て、ソファの俺の隣に座る。
「お疲れ様でした」
「アハハハ」
「またロボがやりましたね!」
「ああ、もう諦めたけどな。なんなんだ、あいつは」
「マーキングですかね」
「自分のものってか?」
「いいえ。タカさんが跨るのは自分だってことじゃないでしょうか」
「なんだろうなぁ」
鼻の先からお尻まで、140センチもあるでかいネコだ。
メイン・クーンの特徴が多いが、もちろん尻尾が違う。
尻尾も70センチもあり、伸ばして寝ると俺の身長を超える。
とにかくでかい。
道間麗星は、あやかしの入った存在は大型化すると言っていた。
その夜、俺と亜紀ちゃん、レイ、柳の四人でまた飲んだ。
「今日、タカさんがドゥカティの洗車をしたら、またロボが手形を入れたんですよ」
「えー、カワイイ!」
亜紀ちゃんが言い、柳が喜んだ。
ロボは自分の名前が出たのでゆったりと尾を揺らした。
「タカさん! 「紅ロボ」を作りましょうよ」
「やだよ」
「えー!」
「俺が一緒に走るのは六花たちだけだ」
「そーですかー」
亜紀ちゃんは俺と一緒にワイルドターキー、レイはベルーガ・ノーブル(ウォッカ)、柳はバドワイザーだ。
つまみはスモークサーモン、キャビア(亜紀ちゃん 超小型スプーン2杯まで)、厚焼きベーコン(亜紀ちゃん用別途取り分け)、サラダ。
「じゃあ、私やっぱりチームを作ろうかなー」
「いいんじゃねぇか?」
「真夜に免許取らせるかー」
「二人チームか」
「え! もっと集めますよ!」
「亜紀ちゃん、友達いねぇからなー」
「ひどいですよ! あ、皇紀たちも」
「兄弟じゃねぇか!」
レイと柳が笑っている。
「いいですよ! タカさんみたいに他のチーム潰して大きくしますから」
「今は族のチームはいねぇだろう」
「地方に遠征します!」
「がんばれー」
俺たちはいつものように楽しく飲んでいた。
「石神さんは、他のチームを見ると全部潰してたんですか?」
柳が聞いて来る。
亜紀ちゃんはレイに、「暴走族」について説明していた。
「そんなことはないよ。逆らってくる連中だけだよな」
「でも、縄張りで走ってるとか」
「それだって、バイクに跨ってる奴は、ってことじゃないからな。暴走族だけだ。「走り屋」の人間は違うしな」
「走り屋?」
「ああ。六花たちも本当はそういうチームだったけどな。自由にみんなで走って楽しもうって人たちだ」
「暴走族とどう違うんです?」
「族は喧嘩屋だよ。喧嘩したくて相手を探してるって連中だよな」
「うーん、よく分かりません」
亜紀ちゃんが二杯目のキャビアを食べたので、俺はスプーンを取り上げ、キャビアを遠ざけた。
「あーん」
「「走り屋」は襲わなかったんですか?」
レイが言う。
「ああ、そうだよ。俺たちだって元々はバイクが好きなんだ。だから同じバイク好きな人たちは仲間みたいなものだからな」
「なるほど」
「まあ、さっき柳が分からなかった通り、仕訳は結構曖昧だ。俺らだって、本来は喧嘩なんかじゃなくて仲間と楽しく走りたいってものだったしな」
「「「うそ!」」」
「……」
俺は亜紀ちゃん用の焼きベーコンをフォークで奪った。
「あーん」
「じゃあ、石神さんは「走り屋」とは喧嘩しなかったんですか?」
柳が聞く。
「もちろんだ。ただ、あちらさんは俺らのことは毛嫌いしていたけどな」
「そりゃそうですよね」
柳の頭にチョップ。
「でも、仲良くなることもあったんだ」
「ほんとですかー!」
「ああ」
俺は思い出の走り屋の話をした。
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