第802話 乾さん
高校二年の冬。
俺たちは遠征パレードで、関内にまで走っていた。
みんなで大騒ぎしながら走り、マリンタワーまで行くコースだった。
俺はいつものように総長の井上さんの隣を走っていた。
前方から無線で連絡が来る。
他のチームを見つけて停めたようだ。
俺は特攻の一番隊を連れて前に出た。
でかいバイク8台が停められていた。
全てハーレーダビッドソンなどの外車だ。
ハーレー、BMW、ドゥカティ。
一目で分かった。
俺は停めた連中を殴った。
「お前ら、この人たちは「走り屋」の方々だろう!」
「トラさん、すいません!」
俺は8人の所へ行き、頭を下げた。
「申し訳ありませんでした!」
ドゥカティに乗っていた男が降りて来て、俺の前に立った。
身長は175センチくらい。
ヘルメットを脱ぐと、30代後半か40代の渋い人だった。
「お前ら、族か」
「はい! 「ルート20」です!」
「知らねぇな。お前は?」
「はい! 特攻隊の隊長をやらせてもらってる、石神高虎です!」
「あ? ああ、お前が「赤虎」か」
俺の赤い特攻服で思い当たったようだった。
「はい! 俺です!」
男は他の人間に、俺が「赤虎」だと言った。
「お前、この始末をどう付けるんだ?」
「はい! 俺のことはどうなさっても結構です!」
「本気か?」
「はい!」
いきなり腹を殴られた。
重い拳だった。
「トラさん!」
叫ぶ仲間を、俺は手で制した。
「みんなもやっとけよ! 「赤虎」を殴れる機会なんてないぞ!」
他の人間は笑って、何もしてこなかった。
俺は肩を叩かれた。
「おい、大丈夫か?」
「はい!」
男は俺に名刺をくれた。
「悪かったな。明日連絡してくれ」
「はい!」
俺は覚悟を決めた。
「走り屋」の人たちに迷惑をかけた。
その詫びは入れなければならない。
「走り屋」たちは去り、俺たちはパレードを続けた。
その日はもうトラブルは無かった。
俺は翌日の日曜日に、名刺の番号に電話をした。
バイクの販売をしている人のようだった。
《乾武彦 輸入バイクショップ〇〇 社長》
電話に乾さんが出た。
俺は昨日の件を詫びた。
「本当に電話してきたんだな!」
「はい」
「ちょっと今から来いよ」
「はい、すみません。俺、貧乏でガスが今買えなくて。もうちょっと待ってもらえますか?」
「なに?」
乾さんは電話の向こうで大笑いした。
「ここまでは来れるか?」
「はい、なんとか。でも帰りの分は」
「じゃあ来い! ガソリンは満タンにしてやる」
「はぁ、分かりました」
殴られるのかと思ったが、そういうことでもなさそうだ。
とにかく、俺は向かった。
今と違ってカーナビなどはない。
俺は地図を見ながら、乾さんの店に行った。
「おお、来たか!」
「はい。昨日は本当に申し訳ありませんでした!」
俺が頭を下げると、中へ入れと言われた。
店は大きなガラスウインドウがあり、でかいハーレーダビッドソンの改造バイクが置いてあった。
中にも他に二台ある。
店内のソファに座らされ、コーヒーを出された。
「よく来たな」
「はい」
「お前、喧嘩強いんだってな」
「いえ、俺なんて」
「なんで殴りかかって来なかったんだ?」
「お詫びしなきゃって、それだけでしたから」
乾さんは大笑いした。
「お前、噂と随分違うな!」
「噂のことは知りませんが、迷惑を掛けたら謝るのは当たり前です」
「お前、面白いな」
乾さんは店員に言って、俺のRZにガソリンを入れてくれた。
そしてカツ丼をとってくれ、一緒に食べた。
「お前、貧乏なんだって?」
「はい」
俺は自分が病気がちで、病院代でうちに金が無いことを話した。
「お前が病弱? 冗談だろう!」
「今は大分いいんですけど」
「ワハハハハ!」
腹を抱えて笑った。
「ならうちでバイトしろよ」
「いえ、今バーで働いてまして。他の時間は勉強と集会でして」
「勉強?」
「はい」
「お前、大学に行くのか?」
「はい。東大医学部を目指してます」
「あ?」
「ほんとですよ?」
乾さんは爆笑した。
「「赤虎」が勉強かよ! お前なぁ、人間は頑張ってもできないことがあるんだぞ」
俺が高校の名前を言い、成績トップだと話すと、信じられないという顔をされた。
「ほんとか?」
「ほんとですって」
乾さんはまた笑った。
「お前は本当に面白いな!」
「いいえ」
その後、乾さんは俺のRZを見てくれた。
「チェーンが伸びてるな。ちょっと締めといてやるよ」
「あの! 俺お金が無いんで!」
乾さんは笑ってタダでいいと言ってくれた。
工具を持って来て、手早くやってくれる。
また二人で店に戻り、もう一度コーヒーを貰った。
「お前、トラって呼ばれてたな」
「はい。親しい連中はそう呼びます」
「そうか。トラは日曜日は空いてるのか?」
「はぁ。大抵勉強するだけですが」
「じゃあ、時々呼ぶからな」
「はい?」
それから、月に一、二度、乾さんに呼ばれるようになった。
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