第773話 大森明紀 Ⅱ
目が覚めると、ルーが笑って見ていた。
「なんだよ?」
「エヘヘヘヘ」
「このやろう」
「タカさん、いい夢見てましたね」
「別にー」
「アハハハハ!」
俺は仕方なく笑って起きた。
「準備は出来たか?」
「はい!」
「じゃあ、大森たちも起こしてくれ」
「はーい!」
寝間着を着替えて下に降りる。
亜紀ちゃんが鍋をテーブルに運んでいる。
他の子どもたちが食材を入れたバットを並べていた。
やはり、鍋を分けた。
俺と大森、明紀、レイ。
子どもたちの鍋に柳が入る。
苦戦が激しいようなら、柳はこちらへ呼ぶ。
大森が何度も俺に礼を言って来た。
「まあ、油断はするな」
「はい!」
大森が真剣な顔になり、明紀にくっついた。
「いただきます!」
「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」
「にゃ」
ロボは大量の肉が盛られ、大喜びだ。
悪鬼共はガシンガシンとこん棒で殴り合っているような音を立てて肉を奪い合っている。
明紀が呆然と見ていた。
「明紀」
「はい」
「あれが地獄っていうんだぞ」
「はい」
「兄弟姉妹で死肉を奪い合うというなぁ」
「はい」
「お姉ちゃんに肉をやれ」
「はい、お姉ちゃんどうぞ」
「ありがと、あーくん」
「おお、あったかいなー」
俺たちはゆっくりとすき焼きを味わった。
亜紀ちゃんの箸が折れ、砂時計を返す。
プラズマ誘導で砂を落とそうとしている。
「ワハハハハ! それは「Ω」の粉末だぁー!」
「超希少材料を!」
物凄い顔で睨まれた。
ディアブロの退場で、残った者たちは一斉に肉を喰った。
柳も懸命に口に入れる。
1分が過ぎた。
「ウォォォォォーーーー!」
ウォークライと共に、亜紀ちゃんが鍋の上で回し蹴りを放つ。
全員動きを読んでいたので避けている。
ブゥオンという風切り音がした。
風圧で浮いた肉を亜紀ちゃんがすかさず掴み取って行く。
他の子どもたちは身を離しているので間に合わなかった。
「凄いですね」
明紀が呟いた。
「大森、あれだな。屋上のビアガーデンで泥レスを見ながら飲むみたいな感じか?」
「いえ、そういう経験が無くて」
「あー、俺も無かったわ」
きっと、泥レスの方が品があるだろう。
双子の奇怪な合体技や、皇紀の殴られながら掴む重戦車戦法が見られる。
「柳! こっちに来い!」
「はい!」
柳が席を移った。
「ご苦労さん」
「いえ、健闘したとは思うんですが」
「まあ、一人前は喰ったかな」
「はい!」
柳はレイの隣に座り、ゆっくりと食べ始める。
40分で肉が無くなり、リヴィングに爽やかな風が吹いた。
締めのうどんをみんなで食べた。
「どうだ、明紀。一杯食べたか?」
「はい。とても美味しかったです」
「そうか。じゃあ、ちょっとドライブでも行くか」
「え! いいんですか!」
「ああ、近場だけどな。とっておきの場所に連れてってやろう」
「ありがとうございます」
「部長、宜しくお願いします」
大森が頭を下げた。
俺はシボレー・コルベットを出した。
明紀が仰天する。
「コレ、凄いですね!」
「おー! 早く乗れ!」
「はい!」
俺たちはV8のでかいエンジン音で出発した。
スーパーチャージャーが回転する。
「あー! 回ってますよ」
「いいだろう!」
首都高に乗り、車の本領の走りを見せた。
明紀は興奮している。
「石神さんは凄いですね!」
「まーなー!」
しばらく走り、羽田空港に向かった。
明紀は黙って夜景を見ていた。
「石神さん」
「なんだ?」
「僕は石神さんやお姉ちゃんに良くしてもらってるのに」
「なんだよ」
「ちょっと何かあるとすぐに体調を壊して。情けないんです」
「お前よ」
「何でこんなに僕の身体は弱いのか。お子さんたちの、ああいう元気な姿を見ると、ますます自分が情けなくて」
明紀は泣きそうな顔をしていた。
右手で頭を撫でてやった。
「お前は本当に情けねぇなぁ」
「はい、そうなんです」
「19歳にもなって、そんなことで落ち込んでるのかよ」
「え?」
「今はなぁ、美人になりてぇ、金持ちになりてぇ、女にモテてぇって。どいつもこいつも亡者よな」
「石神さん」
「なんで自分にねぇものを欲しがってるのか、俺にはさっぱり分らん」
「でも石神さん」
「うるせぇ! お前は一生ひ弱な身体で生きて行くんだ! それ以外に道はねぇだろうが!」
「はい!」
羽田空港の灯が遠くに見えて来た。
「お前が百万回神様にお願いしてもなぁ、神様は何もしてくれねぇぞ?」
「はい」
「お前はお前だけの道を行け! 今更迷うんじゃねぇ!」
「はい! すいませんでした!」
俺たちは羽田空港の駐車場に入った。
展望デッキに向かう。
途中で缶コーヒーを買った。
「わあ! 綺麗ですね!」
俺は明紀をベンチに座らせた。
二人でしばらく夜の空港を眺める。
「さっきいたレイな」
「はい、綺麗な外人さんですね」
「ああ。今は鍛えてるけど、以前は身長は高いが細くて普通の女性だった」
「そうなんですね」
「うちの荷物を船で運んでくれてな。亜紀ちゃんと双子が護衛でついた」
「はい」
「途中でとんでもない化け物に襲われた。レイは必死でレールガンを出して戦った」
「え?」
「100メートルを超える巨大な生き物だ。14頭に囲まれたんだ」
「そんな!」
「敵の攻撃で、レイの腹が裂けた。はらわたが零れて、もう死にかけていた」
「!」
「でも、レイは自分の命を放り出して、死に物狂いでレールガンを発射した。意識もほとんど無かったはずだ。そのお陰で、ギリギリ双子の命が助かった」
「……」
「なんでもない、何も特別なこともない女性だよ。自分の腹が裂けて動けない瀕死で、そういう女性がやったんだ。お前、できるか?」
「いえ、とても出来ません」
「何でだと思う?」
「分かりません。僕には勇気が無いとしか言えません」
「じゃあ、その勇気ってどこから来るんだ?」
「え?」
「人間はみんな弱いんだよ。でも、勇気があればとことん戦える。それはどうしてだ! 考えてみたことはないのか?」
「ありませんでした。僕には無いとだけしか」
コーヒーを飲めと言った。
明紀は一口含んだ。
「人間はよ、てめぇのことを考えてりゃっどんな丈夫な身体の奴でも弱いんだよ。レイのような戦いは出来ない。レイはな、双子を救いたかったんだ。自分じゃねぇんだ」
「!」
「腹が裂けりゃ痛いよ。内臓が出てくりゃ怖いよ。誰だってそうだ。自分のそんな姿を見てりゃそうに決まってる。だけどな、自分じゃない奴を助けたいと思えば、痛みを堪えて恐怖を乗り越えて動けるんだ。自分じゃないからな」
「石神さん!」
「その一発で稼いだのは数秒だっただろう。一頭を撃破したけど、残りの十数頭が迫って来る。絶対絶命だ。なあ、明紀。それでいいと思わないか?」
「はい!」
「精一杯やって、ダメならそこまでだ。でもそれでいいじゃないか。何もこの世で悔いることはねぇ! やってやった! なあ、それでいいだろう?」
「はい!」
旅客機が飛び立っていく。
機体のランプが点滅して遠くなっていった。
「お前は自分は自分はって言う。もうそれはいいんだよ。お前は自分じゃねぇものを見ろ! お前の本当の人生を行け!」
「石神さん! 分かりました!」
「ひ弱ですぐに寝込むダメな身体だ。その身体で誰かのためにほんのちょっとのことでもやろうとしろ。それでお前の人生は美しい」
「はい!」
明彦が泣き出した。
「響子という、一生ベッドから出られない奴がいる。その運命は分かっている。でもな、そいつは俺のために何でもしたいんだと。俺が大好きで、きっと俺の子どもを産んで大事に育てるんだってよ」
「ああ」
「いいだろ?」
「はい!」
「銀座でお茶を飲んでいたら火事になったんだ。大森は力があるから、自分が響子を抱えて逃げると言ったんだよ」
「そうなんですか」
「でもな。響子の担当の看護師が、細い身体なのに自分が抱えると言った」
「はい」
「「命に代えても自分が響子を守る」。そう言ったそうだ」
「……」
「俺はな。適材適所なんて大嫌いなんだよ。そんなもの、犬に喰わせろってなぁ」
「アハハハハ」
「あ、ネコはダメな。可愛いからな!」
「アハハハハハハ!」
「明紀、お前がやらなきゃならない運命なら、お前はそれをやれ! 自分に合ってるかとか無理だとか考えるな。ただやれ!」
「はい! 分かりました!」
俺たちは帰って、一緒に風呂に入った。
防衛システム輸送の激戦の映像を見せてやった。
明紀は号泣していた。
「この映像を観たからには、お前にも強くなってもらう」
「石神さん!」
「「花岡」を大森から教われ。俺が許可する」
「ありがとうございます!」
風呂から上がり、明紀は大森に嬉しそうに話した。
大森が俺に頭を下げた。
「花岡」には身体を頑強にする技がある。
免疫力を高め、心身を鍛える方法がある。
明紀にどこまで有効かは分からない。
しかし、確実に今よりも良くなるだろう。
明紀は、ずっと嬉しそうに笑っていた。
その弟を見て、大森も更に嬉しそうに笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます