第770話 大森・弟と新技

 五月のある金曜日。

 大森の弟が病院へ来た。


 大森明紀。

 優しさと明るさがよく分かる顔をしている。

 大森と違って痩せている。

 身長は170センチを少し超えるくらいか。

 病弱で、二学年を遅れ、現在19歳の高校三年生だ。


 「部長! あーくん、あ、明紀です。大学受験の下見に来ました」

 「おお! あの時の子かぁ。随分大きくなったもんだな!」

 「石神先生! ずっとお会いしたくて」

 「なんだよ」

 「先生に命を救っていただいて、ありがとうございました!」

 「何言ってんだよ。君の命の力が強かったんだよ」

 

 素直そうな青年だった。

 

 「あーくん、久しぶり!」

 「一江さん! 御無沙汰してます!」


 一江は何度か会っているらしい。


 「大学はどこを狙ってるの?」

 「はい! 東京大学です!」

 「へぇー! 頑張ってね!」

 「はい!」


 大森は終始ニコニコしている。


 「東大を狙うなら、成績はいいんだな?」

 「はい! あーくんは大丈夫ですよ!」

 「東大の学部は?」

 「医学部です!」


 「阪大じゃないのか」

 「部長、あーくんには部長のような人間になって欲しくて」

 「ああ?」


 見ると一江が嫌そうな顔をしている。


 「一江、その顔はなんだ!」

 「いーえ、べつにー」


 「僕は石神先生のような、立派な医者になりたいんです」

 「俺なんかは別になぁ」

 「いいえ! 僕のように、誰も助けられない人を助けられるようになりたいんです!」

 「まあ、頑張れよ」

 「性格は似ちゃダメだよ?」


 俺は一江の頭をひっぱたいた。


 「まあ、ゆっくりしていけよ。俺に出来ることがあったら言ってくれな」

 「それで部長、早速なんですが」

 「あ?」


 大森が言った。


 「明日の晩は、部長のお宅に泊めて頂けませんか?」

 「俺のうち?」

 「はい!」

 「なんでだよ?」

 「去年、部長のお宅に泊まった柳さんが現役合格しましたので!」

 「関係ねぇだろう」

 「いいえ! あーくんのために、少しでも何かしたくて」

 「なんだ、そりゃ」

 

 「部長、いいじゃないですか。大森はほんの少しでも出来ることがあれば、やってやりたいんですよ」

 「うーん」

 「石神先生、ご迷惑じゃなければ」

 

 明紀も言う。


 「分かったよ。別にうちに何があるわけじゃないけどな。柳もいるし、最近の東大の受験の話も出来るかもしれないしな」

 「「ありがとうございます!」」


 




 家に戻り、みんなに大森の弟が来ることを伝えた。


 「子どもの頃の大病で、ずっと病弱だったんだ。学年も二年遅れて、高三だけど19歳な。今もちょっと弱い。いじめんじゃねぇぞ!」

 「「「「アハハハハハ!」」」」


 「柳、受験生なんだ。東大医学部だってよ。何かアドバイスしてくれ」

 「分かりました!」


 「タカさん、夕飯は何にしましょうか?」

 食糧大臣の亜紀ちゃんが聞く。


 「予定はなんだっけ?」

 「それが、久々のすき焼きなんですが」

 「うーん、まあそれでいいんじゃねぇか?」

 「大丈夫ですか?」

 「まあ、その気遣いが出来るんなら大丈夫だろう」

 「お鍋、分けましょうか」

 「いいよ。いざとなったら俺が仕切る」

 「お願いします」


 レイと柳がすき焼きと聞いて緊張している。

 絆創膏を出しておこうと話していた。


 


 その晩、亜紀ちゃんと一緒に風呂に入った。

 いつものように、お互いの背中と髪を洗う。

 湯船に一緒に浸かる。


 「あー、お風呂っていいですよねー!」

 「そうなんだけどな」


 「あ! また何かノリ悪いですね!」

 「別に残念がってるわけじゃねぇぞ。最近、柳は一緒に入って来ないよな?」

 「はい、誘ってるんですけど、なんか恥ずかしいって」

 「それだぁ!」

 「はい?」

 

 「亜紀ちゃんには恥ずかしいって気持ちはないのか?」

 「ぜんぜん?」

  

 まったく疑問に思っていない。


 「あのなぁ。将来の彼氏に高校生になっても親父と一緒にお風呂に入っていたと知られてみろ!」

 「そういう人は目の前にいますし」

 「ダァーーーー!」


 「彼氏じゃなくてもなぁ、世間一般で言っても、どうかしてると思われるぞ」

 「いいですよ。どうせタカさんの傍にずっといますし」

 「友達できねぇぞ!」

 「真夜ができましたけど?」


 何を言っても無駄だった。


 「あのよー、前にも言ったけど、俺は独りで入ってオチンチン体操をしたいんだよ」

 「やればいいじゃないですか」

 「おーし! お前、泣いてチビるなよな!」

 「どんとこいです!」


 亜紀ちゃんが俺を真剣な目で見詰めている。

 ここは親父として威厳を見せなければならぬ。


 俺は湯船を出て照明を暗くした。

 洗い場に立つ。


 「よく見てろ!」

 「はい!」





 「チーンハンマー!」





 30センチほどの虹のような光の帯が出来る。

 ちょっとパチパチして消えた。


 「ギャハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 「どうだ、すげぇだろう!」

 「凄すぎます!」

 「びっくり仰天かぁ!」

 「びっくりしましたぁ!」


 俺は照明を戻し、堂々とブラブラさせて湯船に浸かった。


 「な! ちょっとパチパチしてたよな?」

 「したした! 驚きましたよー!」

 「「ワハハハハハハ!」」


 「苦労したぜぇ」

 「お疲れ様です!」

 「明るいとよ、あのキレイなパチパチが見えねぇんだ」

 「そうなんですね」


 「まだまだだな」

 「道は遠いですね」

 「結構疲れるしな」

 「捨て身の技ってことですね」

 「そうだな!」

 「「ワハハハハハ!」」






 結論。

 亜紀ちゃんとの風呂は楽しい。

 許せ、山中。

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