第769話 挿話: Driving in Death

 去年の12月初旬。

 栞が車を買ったというので、遊びに行った。

 土曜日の朝9時。


 「へー、ランクルかぁ」


 トヨタのランドクルーザー ZX G-FRONTIERだった。

 トヨタの創立70周年を記念して発売されたモデルだ。

 国産車としては非常に高価だ。

 白いボディは栞に似合っている。


 「エヘヘ、ずーっとペーパーだったんだけどね。知り合いに頼んで練習したんだ」

 「そうなのか」

 「じゃあ、ちょっとドライブに行こう!」

 「おう!」


 「あのね、おじいちゃんにも見せたいの」

 「え?」

 「だから、実家に行ってもいい?」

 「うーん。そんな長距離でも大丈夫か?」

 「平気! 結構練習したんだもん」

 「そうかぁ。でも高速に乗るぞ?」

 「大丈夫だよ! 高速も練習したし」


 不安はあったが、本当に練習をしたらしいので、俺も同意した。

 栞はV8のエンジンを唸らせた。

 一旦道路に車体を出してから、門を閉める。


 「じゃあ行くよ!」

 「おう!」


 物凄いスピードで走り出した。





 「おい、まだ一般道なんだからそんなに飛ばすなよ」

 「えー、まだ全然だよ」


 俺はすぐに不安が現実となった。

 細かい車線変更で、先行車を追い抜いていく。

 

 「もっと車間距離を取れ!」


 前の車の鼻先を掠めるように走る。


 「あぶねぇ!」

 「石神くん、うるさいよ!」

 「おい」


 栞は前を見詰め、獰猛に笑っていた。

 首都高に乗る。

 4号新宿線だ。


 栞はアクセルを踏み切り、また先行車を襲っていく。


 「おい、危ないって!」

 「大丈夫だよ!」

 「だって後ろで横向きで止まったぞ!」

 「アハハハハ!」


 栞は笑っている。


 「あ、間違えちゃった」

 

 三宅坂ジャンクションでバックする。


 「……」


 猛烈にクラクションを鳴らされた。


 「うっさいなー!」

 「おいおい」


 首都高5号池袋線に乗り換える。


 「さー! もうちょっとだー!」

 「頼むからさ、もうちょっと大人しく走ろうぜ」

 「石神くんって、運転は大人しいよね」

 「そりゃな」

 「あー!」

 「どうした!」


 「あれだぁ! ほら、ハンドル握ると人格が変わるってやつ!」


 そりゃお前だ。

 

 「石神くんって本当は激しいのに、運転すると大人しくなっちゃうんだね!」

 「それでいいよ」


 美女木のジャンクションに近づく。

 激しいスキール音(タイヤが路面と擦れ合う音)が響いた。

 

 「お前! 何でドリフトで曲がるんだぁ!」

 「ちょっと魅せたくて」

 「バカ言ってんじゃねぇ!」

 「あー! 4WDのAT車でドリフトするの、結構難しいんだよ?」

 「そんなもん、覚えなくていい!」


 「もーう! 石神くんは怖がりだなー」


 そう言って栞は笑った。

 俺も「花岡」を習得していなければ、栞をぶん殴って止めていたところだ。

 とっくに「絶花」と「金剛花」を使っている。


 ようやく関越自動車道に入った。


 「ここからはー、本気出すよー!」

 「もうやめてって」


 栞は更にアクセルを踏み込む。


 「ほらほら! 見て、ヒールアンドトゥ!」


 栞は自分の足元を指さす。


 「栞に教えた奴って、何者よ?」

 「おじいちゃんの紹介でね。他に仕事はあるらしいんだけど」

 「なんだって?」

 「本人は「自分は「走り屋」が本来です」って。すごいよねー!」

 「お前なぁ!」


 「40代後半なんだけど、なんか渋い人」

 「へー」

 「頭の横がね、金属のプレートなの! 何でって聞いたら、事故で頭蓋骨削っちゃったんだって!」

 「渋過ぎだろう、そいつ!」

 「アハハハハ!」


 数十回もの事故で、車も自分も潰して来たらしい。

 左腕がよく動かないのだと言っていた。


 「右手でね、私のオッパイを触ろうとするから。「タダじゃすまないよ」って言ったの」

 「そうかよ」

 「青い顔して「分かってます」って! それからは一生懸命にテクを教えてくれたよ」

 「ソーデスカ」


 「石神くんなら、いつでも触っていいよ!」

 「ありがとうな」


 関越自動車道では、栞が更に怖い運転をした。

 前方で三台が並ぶように走っていて、追い越せない。


 「もーう!」


 栞はクラクションを鳴らしながら、追い抜き車線に突っ込んで行く。

 前の車が気付き、スピードを落とした。

 栞は一瞬減速して左に車体を寄せ、強引に追い抜き車線に割り込む。

 追い抜いた車がスピンし、路肩に横転した。

 左車線の車は左に避け、もう一台と接触した。

 接触された車は、壁に突っ込んで止まった。


 「おい! 大変な事故だぞ!」

 「脇見運転かなー」

 「栞!」

 「へーきへーき!」


 目がギラついていた。

 その後も1台のトレーラー、8台の乗用車、2台のバイクが餌食になった。

 




 「良く来たのー、栞!」

 

 斬が信じられないほど優しい笑顔で迎えた。


 「よー」

 「なんじゃ、お前病気か?」


 俺たちは家に上がり、出前の鰻を喰った。

 俺のは二重天井だった。


 「石神くんはいつもそうだよね!」

 

 食欲は無かったが、無理矢理呑み込んだ。


 



 「帰りは俺が運転する」

 「えー! 私の車だよ!」

 「俺にも運転させてくれよ」

 「うーん。じゃあ大事に運転してね!」

 「ぉぅ……」


 栞は満腹になったせいか、帰りのほとんどで寝ていた。

 オッパイを触ると「もっとー」と言った。






 家に夕方に戻った。

 

 「またドライブしようね!」

 「二度と乗らねぇ」

 「えー!」


 



 「タカさん、お帰りなさい!」

 「にゃー!」


 亜紀ちゃんとロボが出迎えた。


 「おう、ただいま」

 「栞さんとドライブ、どうでした?」

 俺は手で制して、とにかくコーヒーを淹れてくれと言った。

 コーヒーを飲みながら、子どもたち全員を集めた。


 「いいか! 栞の車には絶対に乗るな!」

 「え?」

 「非常に危険です! だから君たちは絶対に乗らないように!」

 「えーでも私、楽しみにしてました」

 亜紀ちゃんが言った。


 「よし、ついて来い!」


 俺は子どもたちをハマーに乗せ、栞の運転を披露した。

 危険追い抜き、ドリフト走行……


 子どもたちは悲鳴を上げていた。


 「これを、ずっとペーパーだったド素人女がやります」

 「「「「!!!!」」」」


 「分かったな!」

 「「「「はい!」」」」


 その後、レイ、柳にも厳重注意した。

 一江、大森、六花、鷹にも厳命した。

 響子には「ドライブ」と聞いたら逃げろと言った。


 「お前、死んじゃうからな」

 「こわいね」


 


 栞は独りでドライブをたまにする。

 車は毎月修理に出し、タイヤの交換も頻繁だった。

 こないだ、バイクのハンドルがルーフに突き刺さっていた。






 「ドライブっていいよね!」

 「そうだな」


 栞がご機嫌なのはいい。

 栞以外の連中には気の毒だと思う。

 まあ、俺には関係ねぇ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る