第768話 オロチ、その熱愛

 ゴールデンウィークが終わり、俺は平常の勤務に戻った。

 斎藤の頑張りは引き続き、一江も認めるようになっていった。


 「亜紀ちゃんに感謝ですね!」

 「そうなのか?」


 弟の斎藤誠二も勉強を頑張っているらしい。

 俺も亜紀ちゃんから、クラスの中でも伸びて来たと聞いている。

 たまに学食で一緒に食べているようだ。

 なんでかなぁ。





 木曜日に、家で夕飯を食べていると御堂から電話が来た。


 「おう! 元気か?」

 「ああ、みんな元気だよ。親父が石神に会いたがってる」

 「そうか。柳も元気だぞ! 替わるか?」

 「いや、いい。ちょっと相談があるんだ」

 「分かった、俺に任せろ!」

 「まだ何も話してないよ」


 御堂が笑った。


 「実はな、オロチのことなんだ」

 「オロチ?」

 「うん。先月くらいからな、どうも床下で暴れてるんだよ」

 「何? 大丈夫か?」

 「よく分からないんだ。苦しんでいる様子でもないんだけどな。何か訴えたいというか、そんな感じで日に何度か床を叩いている。それが最近ますます大きな音になってきてな」

 「そうなのか」

 「石神に相談したくて電話したんだ」

 「俺にもよく分からないけどなぁ」

 「申し訳ないが、一度様子を見に来てくれないか?」

 「分かった、週末に行こう。金曜は遅くまでオペが入っているので、土曜日に行くよ」

 「助かる! 本当に申し訳ない」

 「いいよ! お前の家のことなら何でもするからな!」


 俺は柳を連れて行くと言って電話を切った。

 一体何が起きているのか。

 考えても分からないので、俺は放置した。

 ロボと遊んだ。




 土曜日の朝6時。

 俺は柳と一緒にアヴェンタドールで御堂の家に向かった。

 一泊の予定なので、荷物は少ない。

 土産も叶匠寿庵の菓子折りだけだ。

 それとオロチのために、極上のシャトーブリアンを。


 柳には、状況を話している。


 「オロチ、どうしちゃったんですかね」

 「俺に聞かれてもなー」

 「石神さんにしか分かりませんよ」

 「おい、今週のオロチ当番はお前だろう!」

 「えぇー!」

 「お前は細いから、床下に潜れ」

 「無理ですよー!」


 「そうしなきゃ、オロチ当番日誌に書けないだろうが!」

 「無茶言わないで下さい!」

 「骨は拾ってやるぞ。ウンチの中だろうけどな」

 「絶対やめて下さいね!」


 途中のサービスエリアで、俺が作ったおにぎりを一緒に食べた。


 「あ! 美味しいです!」

 「これが柳の最後の飯かぁ」

 「石神さん!」


 「よく味わっておけよ」

 「……」

 

 俺の分の唐揚げも柳にやった。

 柳は俺を睨みながら、それを食べた。





 11時頃に御堂の家に着いた。

 柳が微笑んでいる。


 「柳、久しぶりだな」

 「そうですね!」


 柳が電話し、御堂家のみなさんがまた総出で出迎えてくれた。


 「石神、本当にすまない!」

 「いいって! ここに来るのはいつだって楽しみなんだ」


 中へ入り、座敷でお茶を頂いた。

 柳も嬉しそうだ。


 御堂に詳しい話を聞いた。

 毎朝の卵二個はちゃんと食べているらしい。


 「朝と晩に、床下を叩くんだ。今朝もあった。最近は畳が持ち上がるくらいの勢いなんだよ。どんどん強くなっている」

 「そうか」


 俺は別な部屋を見せてもらった。

 確かに畳みが持ち上がってズレている。

 根太を壊していないか心配なほどだった。


 「じゃあ、とにかく見に行こう!」


 オロチの土産のシャトーブリアンを俺が丁寧に焼いた。

 俺は御堂家のみなさんを引き連れて、いつもの軒下へ行った。

 卵の殻は回収されている。


 「おーい、オロチ! 遊びに来たぞー!」


 俺が叫ぶと、引き摺る音がしてきた。

 いつもよりも音が激しい気がする。

 みんなが緊張するのが伝わって来た。

 俺は手で、下がるように伝えた。


 オロチがでかい顔を見せる。

 俺に向かって、長い舌を何度も出し入れした。

 俺はその頭を抱え、撫でてやる。


 「おい、なんか最近暴れているんだって? どうしたんだよ」


 オロチは更に動き、全身を庭に出して来た。

 御堂家のみんなは、もっと後ろに下がる。

 俺はオロチの全身を見た。

 傷などは特に見つからない。


 すると、オロチが動き出し、俺を抱き締め(?)てきた。

 俺の周囲でとぐろを巻き、俺を締め付けて来る。


 「石神!」


 御堂が叫んだ。


 「大丈夫だ!」


 駆け寄ろうとする御堂を止めた。

 邪魔をすれば何をされるか分からないためだ。

 俺を締め付ける力は増していき、骨が軋むほどだった。


 俺は頭だけ出されて身動きが取れなくなった。

 

 オロチの大きな頭が俺の頭上にある。

 その口が開いた。

 舌が伸びて来て、俺の口の中に入った。

 豪快なディープキスだ。


 舌が俺の口の中でうごめき、外に出され顔中を舐められる。

 また舌が口に入れられた。

 その瞬間、舌を伝わって何かの液体が流し込まれた。

 思わず呑み込んだ。


 「石神ぃ!」


 御堂の声が聞こえた。

 もう、大丈夫だとは言えなかった。






 俺の意識が飛んだ。





 

 目覚めてブライトリングの時計を確認した。

 12時。

 暗いので深夜0時なのだろう。

 座敷に布団を敷かれ、寝ている。

 掛け布団は剥がれている。

 浴衣を着ているが、大きくはだけていた。

 下着も脱いでいる。


 夢を見ていた。

 着物姿の美しい女性との情交の営みだった。

 透けるような白い肌。

 少し冷たさを感じるその肌は、俺の燃えるような性欲に心地よかった。

 何度も女性に突き入れ、放った。

 十数度も続けられ、女性は満足そうに微笑んで去った。


 あまりに生々しい夢だったので、俺は咄嗟に股間やシーツを確認した。

 良かった、汚していない。


 俺の布団の上で、柳が寝ていた。

 

 「なんだ、こいつ?」


 よく見ると、部屋の障子が開け放たれ、縁側のガラス戸も全開だ。

 五月とはいえ、少し肌寒い。

 下着を履いて浴衣を整えてから柳を起こした。


 「おい、柳、起きろ」

 

 揺り動かすと柳が目を覚ました。


 「あ、石神さん! 大丈夫ですか?」

 「ばかやろー! 看病してる奴が寝ててどうする!」

 「すみません! でもちゃんと起きてたんですよ!」

 「ぐっすり寝てたじゃねぇか」

 「それが急に眠気が……」

 「使えねぇ!」

 「すみません」





 俺は柳に何があったのかを聞いた。


 「石神さんがオロチに巻かれちゃって。その後で舌を」

 「あー、その辺はいいから」

 「オロチが軒下に戻っていって、慌ててお父さんが石神さんを抱きかかえて運んだんです」

 「そうか」

 

 「そうしたら石神さんが「大丈夫だから寝かせろ」と言って」

 「そうなのか?」


 全然覚えていない。


 「だから様子を見ようってお父さんが。私がずっとついてるって言って」

 「グーグー寝てたってわけだな」

 「すいません」


 俺は部屋のことを聞いた。


 「柳、なんで戸を開けてるんだ?」

 「え! ああ! ちゃんと閉めてましたよ!」

 「?」


 柳が驚いていた。


 「柳」

 「はい、なんですか?」

 「お前、風呂に入って来いよ」

 「はい?」

 「ちょっとな、お前臭いぞ?」

 「エェッーーー!」


 柳は慌てて自分の匂いを嗅ぐ。

 起きてからずっと生臭い。

 柳が畳の匂いを嗅いだ。


 「石神さん、ここですよ!」

 

 俺も布団から出て、柳の示す畳を嗅いだ。

 確かに生臭い。

 あちこちを嗅ぐと、布団から縁側まで臭いが続いていた。


 「なんだこりゃ?」

 

 深夜だったが、風呂を借りた。

 柳も付いて来る。


 「やっぱお前も臭いのか」

 「違いますよ!」


 裸になった柳を嗅ぐが、柳は臭くない。


 「やめてくださいー」


 俺は笑って一緒に風呂に入った。


 「あ! お父さんに知らせないと!」

 「バカ! 今呼ぶんじゃねぇ!」


 湯船に一緒に浸かる。


 「石神さん、どうもないんですか?」

 「ああ、ちょっとだるいかな。でも問題ないと思うぞ」


 全身がだるかった。

 腰も鈍痛がある。

 そして、柳には言えなかったが、キンタマがちょっと痛い。

 その痛みには覚えがある。


 風呂から上がり、申し訳ないが台所を借りた。

 物凄い空腹だ。

 柳と来るときに食べたおにぎりが二個だけだった。

 柳にやった唐揚げが悔やまれるほどに腹が空いていた。

 柳に一応断り、卵を中心に食材を使わせてもらった。

 生卵を三つ呑み込んでから作った。


 目玉焼きを5枚。

 ニラの卵とじにベーコン。

 キノコ類を適当に淹れて味噌汁を作り、卵を落とした。


 柳も一緒に少し食べる。

 タンパク質中心の食事だった。


 柳が御堂を起こしに行った。




 「石神! 大丈夫なのか!」

 「ああ、迷惑をかけた。勝手に食事もいただいてしまったよ」

 「そんなことは構わない! 体調はどうなんだ?」

 「さっきまでだるかったんだけどな。もう大分いい。大丈夫そうだよ」

 「驚いたよ。お前が倒れて」

 「お前が担いでくれたんだってな。重かったろう?」

 「石神、お前」

 「アハハハハハ!」


 御堂は俺の様子を見て、一応安心した。


 「さっきまで起きていたんだがな。柳と交代しようと思ってたんだ」

 「そうなのか」

 「それが突然眠ってしまった」

 「ほら! やっぱりそうよ! みんな突然眠らされたの!」

 「柳、何言ってんだ」

 「だって! お父さんも椅子に座ったまま寝てたよね?」

 「うん」

 「ほら!」

 

 自分が眠りこけたのを誤魔化すなと言うと、柳が怒った。


 「私ちゃんと起きてたもん!」

 「お前、よだれまで出してたじゃん」

 「おとーさーん!」


 御堂が大笑いした。

 今日はもう寝ようということになった。


 「私、石神さんと一緒に寝る!」

 

 御堂と俺は笑って、早く布団を敷いて置けと言った。

 柳が駆け出して行く。





 「御堂、夢を見た」

 「どんな夢だ?」


 俺は夢の内容を話した。

 それと障子とガラス戸が全部開いていたこと。


 「そして部屋がやけに生臭かった」


 俺と御堂は黙って考えていた。


 「それとな。相当精子を放った。経験で分かるが、キンタマには一つも残ってねぇ」

 「!」


 「この痛みは覚えがある。女たち10人と朝までやりまくった時と同じだ」

 「石神!」

 「ああ、心配するな。布団には一滴も零してねぇ」


 御堂がまた大笑いした。


 「それはどうでもいいけど。でも、じゃあ」

 「ああ、ちょっと信じがたいがな」

 「石神、お前は本当に」

 

 柳が布団を敷いたと呼びに来た。

 御堂と一緒に部屋へ行った。


 「ああ、確かにまだ少し臭うね」

 「そうだろう?」


 俺がぴったりとくっついた布団を離すと柳が「あー!」と言った。


 「御堂、今日は柳に何もしねぇ。安心してくれ」


 御堂がまた大笑いした。


 



 翌朝。

 オロチは暴れなかった。


 朝食を頂き、軒下へ行った。

 また御堂家全員が来る。

 正巳さんが散弾銃を持ってこようとするので止めた。


 「御堂家の守り神でしょう」

 「いや、石神さんの方が大事だ。もしもの時には音で驚くかもしれん」

 「大丈夫ですから」


 俺が呼ぶと、オロチが顔を出して来た。

 舌を出して俺の顔を舐めまわす。

 俺は笑って頭を撫でてやった。

 あの部屋に篭った匂いがした。



  


 昼食を頂き、俺と柳は御堂家を出た。


 「石神さん、何があったんでしょうね?」

 「あー、お前は寝てろよ」

 「えー! お話しましょうよ!


 「雄しべと雌しべがな」

 「なんですか?」

 「まー、そんな話だ」

 「なんなんですかー!」








 家に帰り、蛇の繁殖期を調べた。

 大体5月から6月にかけて交尾するようだ。


 「へー」


 俺は深く考えるのをやめた。

 ロボがしきりに俺の匂いを嗅いでいた。

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