第477話 あの日、あの時: 決意
小学二年生の時に、謎の高熱に見舞われた。
40度以上の熱がずっと続き、そのうち血を吐くようになった。
近くの病院では何もできず、何駅か離れた大きな病院に入院した。
しかし、そこでも手の施しようがなく、薬もまったく効かなかった。
一挙に身体が衰弱し、医者に死を宣告された。
両親の嘆きはどれほどだっただろうか。
俺は今でもそれを思うと苦しくなる。
奇跡的に治った。
熱が下がり、終わりごろに全身に湿疹が吹いたために、結局は麻疹だったと診断された。
しかし、そこから毎月40度以上の熱が出るようになった。
それ以外はまったくの健康だ。
小学五年生の時、決定的なことが起きた。
突然遊んでいる途中で倒れた俺は、急激に高熱を出し、再び吐血した。
最終的に東大病院に入り、内臓の多臓器不全と診断された。
それは後付けの診断だったが、俺が死ぬことに間違いはなかった。
一応熱が下がり、俺は退院した。
大きな理由は、家に金が無くなったことだった。
内臓の活動が弱まり、俺はじきに死ぬと言われた。
「どんなに長く生きても、お子さんは20歳までは生きられません」
俺はそれを直接は聞いていない。
ある晩に両親が喧嘩しているのを聞いて知ったのだ。
俺は死ぬまでに何ができるだろうかと考えた。
申し訳ない、という思いで一杯だった。
そんな時、入院の部屋が同じになった静馬君と出会った。
また俺は高熱を出して入院していた。
「俺さ、もうすぐ死ぬんだって」
俺はいつも寝た切りの静馬君に話した。
「君は大丈夫だよ」
「どうしてさ」
「僕の病気はちゃんと病名が付いている。科学的に確定されたんだ」
「へぇ」
「君の病名はまだだろ? だったら確定されてはいない。だからまだ大丈夫だよ」
よく分からなかったが、俺は嬉しくなった。
静馬君は本が好きだった。
いつも枕元にたくさんの本がある。
でも俺の家は貧乏で本がない。
その時読んでいた本も、静馬君が既に読んでいたものだった。
俺は入院中に仲良くなったチョーさんに本を借りた。
「トラの友達ならいくらでも持ってけ!」
チョーさんはそう言って一抱えのエロ本を持って俺たちの部屋に一緒に来てくれた。
「ほれ、これをやるよ」
「あ、ありがとうございます」
数か月後、静馬君は亡くなり、俺はご両親に呼ばれた。
入院中に仲良くしてくれたと礼を言われた。
多くの本を譲っていただいた。
俺は俺が入院するたびに、そして退院するたびにお袋が医者に礼を言い、深々と頭を下げるのを見ていた。
「またお医者様が治してくれたね」
「そうだね」
お袋は嬉しそうに笑い、いつも病院の前にある定食屋で好きなものを喰わせてくれた。
大体、大好きなチキンライスを注文した。
「俺はあんまり作ったことないんだけどなぁ」
店主が毎回言った。
中華料理屋だった。
「ここはいいお医者様がいてよかった」
「俺、よく殴られるけど」
「高虎がいたずらばっかりするからね」
「そうかぁ」
「お医者様に感謝ね」
お袋はそう言って微笑んだ。
食べ終わって、俺は言った。
「先に帰ってくれよ。ちょっとみんなに挨拶してくる!」
「待って、高虎!」
俺は走って病院へ戻った。
担当医の南条先生の部屋に行った。
診療中で、俺は看護婦たちに捕まって追い出されそうになった。
「ほんのちょっとだけです! 南条せんせー! どうかぁ!」
「なんだ、トラ! 忙しいんだ今」
「あの、どうやったら医者になれますかぁ!」
俺は引っ張り出されながら暴れて聞いた。
「先生、私は後でも」
シャツをめくっていた老人の患者が言ってくれた。
担当医はため息を吐いた。
「勉強しろ! 学年トップは当たり前だ! できるかお前に」
「ありがとう! おう、任せろ!」
俺は押さえつけていた看護婦たちにも礼を言い、病院を飛び出した。
帰ってから、静馬君の家に電話した。
静馬君が使っていた参考書や問題集を貸していただけないかと言った。
訳が分からず戸惑っているお母さんに俺は言った。
「俺、医者になりたいんです。そのために学年トップにならなきゃいけなくて!」
「そうなの?」
「静馬君が、勉強の仕方を教えてくれました。でもうちは貧乏で参考書とか問題集が買えなくて」
是非来なさいと言われた。
俺が静馬君の家に行くと、お母さんが静馬君の使っていた勉強道具を全部段ボールにまとめてくれていた。
俺も手伝ったが、膨大な量だった。
「お父さんがもうすぐ帰って来るから。車に乗せて持って行ってあげる」
「ありがとうございます!」
嬉しかった。
俺はお茶をいただき、菓子を出された。
「静馬はね、高虎君のことを楽しそうに話してたの」
「そうですか!」
「小学生なのに、難しい本を読んでるんだって。話したら本当に楽しい子で、悪戯がまた面白いんだって」
「そうですか!」
「手術が成功したら、友達になるんだってね」
お母さんが泣き出した。
俺は何をしていいのか分からなかった。
「あの、もう俺と静馬君はとっくに友達ですからぁ!」
俺は思い切り叫んだ。
俺は抱きしめられ、泣かれた。
俺は夕飯をご馳走になり、その間にお父さんが帰って来た。
二人が別室で話をし、部屋へ戻って来た。
「静馬のものは幾らでも持って行ってくれ。君は医者になるんだね。頑張ってくれな」
その夜、車で静馬君の参考書や問題集が俺の家に運ばれた。
鉛筆や定規などの様々なものも頂いた。
最後にお父さんが俺に細長い包みをくれた。
「これは静馬が高校入学の時にプレゼントしたものなんだ。君に使って欲しい」
モンブランの万年筆だった。
お袋が驚いていたが、静馬君のお父さんと話をし、深々と頭を下げて礼を言った。
「高虎、あなた医者になるの?」
「おう! お袋、医者は立派な人間だって言ってたじゃんか」
「そりゃそうだけど」
「俺、絶対になるからな!」
「そうなったら、本当に嬉しい」
お袋が泣いた。
「大丈夫だよ! 俺が絶対って言ったら必ずなるから」
「そうだね。お前はそうだもんね」
「おう! 任せろ!」
俺は胸を叩いた。
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