第476話 鷹との別荘
金曜日の夜。
俺と鷹は早めに上がり、駐車場へ向かった。
アヴェンタドールには張り紙をした。
《触るな!》
その貼り紙に、「はい!」と沢山書かれていた。
誰かが書いたものをみて、他の人間も真似したようだ。
鷹が可笑しそうに笑った。
「石神先生は、本当にモテますよね」
俺は苦笑し、貼り紙に「よくやった!」と書いて、壁に貼った。
二泊だから、荷物は少ない。
アヴェンタドールの狭い収納にも収まった。
都内を走っている間は灯も多いが、すぐに暗い山ばかりになっていく。
時折照らしている遠くの街灯が、それはそれで美しい。
「鷹、疲れてないか?」
「はい。石神先生こそ。運転までさせてしまって」
「俺は大丈夫だよ。まあ、ちょっと食事を少なくすると子どもたちが心配するんだけどな」
「そうなんですか」
「健康って、食事の量だと思ってるんだよ、あいつら」
鷹が声を出して笑った。
中央道は空いていた。
短い時間だが、時速300キロで走る。
エンジンが喜んで唸る。
「鷹、これが300キロの体感だ」
「速いですね」
「覚えておいてくれ」
「はい」
子どもたちならば、途中のサービスエリアで食事をする。
しかし今日は鷹がいるので、遅くなるが別荘で作ろうということになっていた。
食材は買ってある。
米や調味料などは、こないだ来た時に残してあった。
別荘に着いたのは、夜の8時前だった。
アヴェンタドールを飛ばしてきた甲斐があった。
途中で中山夫妻の家に寄り、鍵を受け取った。
「素敵な別荘ですね」
鷹が言ってくれた。
「さあ、入ろう」
外は少し肌寒かった。
中を案内するのは後にし、俺たちは食事を作った。
米を研ぎ、6合炊きの炊飯器で炊く。
「おい! これを使うのは久しぶりだぞ!」
以前から別荘に置いてあるものだ。
鷹が可笑しそうに笑った。
簡単なものだ。
アボガドと焼きキノコのサラダ。
大エビの焼き物。
フグの唐揚げ。
シャトーブリアンのステーキ。
千枚漬け。
椀はズワイガニだ。
二人で楽しく作った。
「やっぱり鷹と一緒の食事はいいなぁ!」
「そんなことをおっしゃって。お子さんたちと、いつも楽しそうに召し上がってるじゃないですか」
「ああ、あれも楽しいけどな。でもこうやってゆったりと食べるのは格別だよな」
「そういうものですか」
「鷹だからな」
鷹が微笑んだ。
「ズワイガニの椀なんて初めてだ」
ズワイガニの身が花を開いたようになっている。
生臭さを思ったが、まったくない。
素材の下処理が完璧なのだ。
身が甘い。
「美味いな!」
「ありがとうございます。石神先生のステーキも流石です」
「子どもたちとじゃ、滅多に喰えない。一度出したら、量が少ないって文句言われたよ」
「ウフフフ」
食事の話題で盛り上がった。
「響子も最近食べるようになってきたんだ」
「背も伸びましたよね」
「ああ。今154センチだ。やっぱりアメリカ人だよな」
「一時は随分とふっくらと」
「あー、菓子を隠れて喰ってた時なぁ」
二人で笑った。
鷹が片付けている間に、俺は風呂を準備した。
掃除し、湯を焚く。
戻ると、鷹がコーヒーを淹れてくれた。
風呂の準備が整うまで、二人でのんびりする。
「静かですね」
「ああ。外は真っ暗だろ?」
「はい」
「夜はお化けが出るからな」
「そうなんですか?」
「おお。だから俺の傍を離れるなよな」
「分かりました」
鷹が微笑んでいる。
一緒に風呂に入った。
亜紀ちゃんとは違って、下着を自然に隠して仕舞う。
自然に前を隠して歩く姿は新鮮だ。
鷹が俺の身体を洗ってくれる。
俺も鷹を洗おうとすると、恥ずかしいと言われた。
俺は笑って湯船に先に入る。
鷹と一緒にゆったりと湯船に浸かった。
「いいお風呂ですね」
「風呂が好きだからな。広めに作った。でも最近じゃ三人一編に入ろうとしたりで、全然寛げなかったよ」
俺は歌を歌った。
安全地帯の『消えない夜』。
鷹がそっと俺の肩に頭を乗せた。
「石神先生、素敵です」
鷹が呟いた。
風呂から上がり、俺は鷹のゆるくウェーブのかかった長い髪を乾かしてやる。
鷹はずっと恥ずかしげに鏡を見ていた。
冷やしたワインとチーズを持ち、俺たちは屋上へ上がった。
階段の昇り口で、鷹が立ち止まった。
「石神先生、これ」
「幻想空間。そう名付けたよ」
鷹は恐る恐る進んだ。
「子どもたちが親を喪った年な。夏休みにどこにも行ってないだろうって聞いたんだ」
「はい」
「もちろん、それどころじゃなかったわけだけどな。俺もレジャーのつもりじゃなかった。この幻想空間を見せてやろうってな。」
「はい」
「そうしたらどうなる、なんて考えてない。俺が出来るすべてのことをしてやろうと思っただけだ」
「そうなんですね」
「子どもたちもここに来て、一瞬だろうけど親を喪った悲しみから逃れてくれた。それだけで満足だった」
「まあ」
鷹が優しく笑った。
本当に美しい女だった。
「亜紀ちゃんたちは毎日笑ってますよね」
「ああ、あれは俺のためでもあるんだけどな」
「え、どういうことですか?」
「自分たちが悲しい顔をしていると、俺が心配するからなんだよ」
「!」
「前に亜紀ちゃんに言われたんだ。ちょっと落ち込むと俺が猛烈に心配するからできないですよーってさ」
俺は笑った。
「まったくなぁ。じゃあ部屋で落ち込めばいいだろうって言ったら、それでも俺が察して部屋に来るんだって。そんなことあるかよなぁ」
「石神先生……」
「まったく、子どもらしいことをさせてやれない。ダメな親だよ」
「そんなこと!」
鷹が俺の手を握った。
「石神先生は最高の人です」
「ありがとう、鷹」
俺たちは唇を重ねた。
「前からお聞きしたかったんですけど。石神先生はどうしてお医者様になったんですか?」
「別に何でも良かったんだけどな」
「というと?」
「お袋が医者を尊敬してたからな」
「お母様のためなんですか!」
「ああ」
俺は鷹に、絶望したバカなガキの話をした。
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