第385話 襲撃者の夜 Ⅲ

 「二人とも、ごめんね。私が強くないから」

 「ううん、タカさんが守れって言ったら、私たちは守るからね」

 「そうそう。鷹さんはタカさんの大事な人だもん!」

 「ありがとう」

 タクシーの中で、鷹は両脇の双子を撫でた。

 双子も嬉しそうに鷹を見上げる。

 赤坂の鷹のマンションには、すぐに着いた。


 鷹は双子のために、夕飯を作り出した。

 よく食べる二人のために、米は最大の8合を炊く。

 冷蔵庫の食材をすべて出し、出来得る限りのものを作ろうと考えていた。

 ルーが電話で話している。

 相手が石神らしいことは分かった。


 二人はベランダに出て、黙って外を見ている。

 突然、空気が変わった気がした。

 双子の様子がおかしい。


 「どうしたの?」

 小声で鷹が聞いた。

 ルーが手で制して中にいるように示した。


 「ハー、分かる?」

 「うん、左側がおかしい」

 「ハー、どっちにする?」

 「私が「轟雷」にしようかな」

 「じゃあ、私が「虚震花」ね」


 「鷹さんはここね」

 「1分で戻るね」


 「はい?」


 次の瞬間、双子が搔き消えた。

 ベランダから飛び降りたようだ。


 「ここは8階!」


 そして少し後に、左前方の道路で巨大な閃光。

 小さく伝わる振動。

 その後、玄関から双子が戻って来た。

 裸足だった。


 「なにアレ! ゾンビじゃん!」

 「タカさんが人間じゃないって言ってたけど、ほんとじゃん!」

 二人で言い合っている。


 「どうしたの? 何があったの?」

 「黒い車にね、3人乗ってたの」

 「なんか髪がなくてね、ゾンビみたいだったよ」


 「あ、一人残しとくんだった!」

 「えー、やだよ。あんなの触りたくないもん」

 「うーん、ま、亜紀ちゃんがちゃんとやるかな!」

 「そうそう!」


 「もう大丈夫?」

 「ちょっと待ってね」

 今双子がやってきたことはあまり理解できなかったが、大変なことがあったのは分かった。

 双子がまたベランダから周囲を見ている。


 「もうヘンな波動はないね」

 「そうだね!」

 「鷹さん、もう大丈夫っぽい!」

 鷹は笑った。

 小さいが、信頼でき頼りになる二人だった。


 「じゃあ、何か美味しいものを作ろうか!」

 「「わーい!」」


 


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 亜紀が石神の部屋に入ると、聖は武器を床に拡げていた。

 丹沢の訓練地で、石神が使っているのを見たことがある。

 聖は石神のコンバットスーツを着ていた。

 亜紀と同じように、ブーツも履いている。


 「あの、聖さん。お風呂を用意しましたが」

 「ああ、それは後になるな。ええと、ナニちゃんだっけ?」

 「亜紀です」

 「そう、あんた戦えるんだよな? トラがそう言ってた」

 「はい!」

 亜紀ちゃんの顔が変わる。


 「嫌な雰囲気だ。裏から来るぞ。8人だ」

 「分かるんですか?」

 「俺たちは、そういうように出来てる」

 亜紀が笑った。


 「タカさんの友達ですもんね!」

 「あんた、いい女だな」

 聖も笑った。


 「俺は外に出る。あんたはどうする?」

 「私も出ます。それと私は亜紀です」

 「あ? ああ、なかなか人の名前って覚えられなくてよ」

 「られな過ぎですよ!」

 「もう来た。堀を乗り越えて来るぞ」


 二人はバルコニーに続くドアを開け、地面に飛び降りた。

 亜紀の着地を見て、聖は笑顔になる。

 聖が方向を指さす。

 そして指で「六」と示した。

 亜紀が頷く。


 聖は、ステアーAUGとM629を身に着けていた。

 腰のベルトにはそれぞれの弾倉と大きなナイフがある。

 亜紀の手には武器はない。

 聖は近接戦闘タイプだと理解した。

 手で「行け」と合図する。

 女の子を戦わせることに迷いが無い。

 聖は亜紀の戦闘力を信頼できるものと判断していた。


 「トラが「戦える」って言ったもんな」

 疾走する少女の背中に呟いた。




 亜紀が走る。

 音は無い。

 聖も走った。

 同じく無音だった。


 3秒後に、亜紀が接敵した。

 6人は、聖と同様の装備だった。

 亜紀にライフルを向け、躊躇せずに撃つ。

 乾いた銃声がした。

 しかし、亜紀が手を振っただけで何事も無かった。


 いや、撃った相手が消えた。


 「?」


 聖が戸惑ったのは一瞬で、聖は亜紀から最も離れた一人を撃つ。

 頭が吹き飛んだ。

 ハローポイントの弾頭であることは、事前に確認していた。

 一人が聖に向かって手を向ける。

 恐ろしく「嫌な感じ」を受け、聖は迷わず横に跳んだ。

 一瞬前までいた場所が抉れていた。


 再びステアーを構えた時には残りの4人は地に伏せていた。

 聖は小さく口笛を吹いた。


 「やるじゃねぇか、あの娘」


 亜紀が軽々と塀を乗り越える。

 止まっていた黒いライトバンに向かって手を向けた。

 聖が塀に飛びついて昇った時、ライトバンは既に無かった。

 亜紀が声を出さずに笑っていた。

 美しく、そして恐ろしい顔だった。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 俺はルーから連絡を受けた。


 「鷹さんのマンションの前で、黒い車がいました」

 「そうか、やっつけたか?」

 「はい! でも気持ち悪かったー」

 「大丈夫か?」


 「うん。なんかゾンビみたいな奴らだった。ハーが「轟雷」を使ってから、わたしが「虚震花」で消しましたー」

 「そうか、よくやった。みんな無事だな?」

 「はい!」

 電話を切ろうとすると、ルーが聞いてきた。


 「タカさん、鷹さんがご馳走作ってくれてるの。食べてもいい?」

 「どうせもう喰ってるんだろう」

 「うん!」

 俺は笑って、喰いすぎるなと言った。





 電話を切って間もなく、亜紀ちゃんから電話が来た。


 「そっちも来たか」

 「はい。8人でした」

 「無事か」

 「はい。庭が少しだけ抉れましたが、それだけです」


 「聖はどうしてる?」

 「今、お風呂に入ってます。あの人スゴイですね!」

 俺は笑った。

 ちゃんと役に立ったらしい。


 「最初に聖さんが気付いてくれたんです。見てもないのに人数まで分かってて」

 「番犬に飼うか?」

 亜紀ちゃんが笑った。


 「でも、犬の方が頭よさそうですよ? カワイイし」

 冗談が言える。

 安心した。

 俺は詳しい状況を聞いた。

 

 外の車は跡形もないらしい。

 庭の「モノ」は聖と二人で物置に入れてある。

 頭髪が無く、額に大きな傷跡があるらしい。


 「目が完全に死んでました。無表情で、何も考えてなさそうで」

 「人間の思考を壊されているらしい。命じられたことをやるだけの人形だな」

 「酷いことしますね」

 「死なせてやるのが供養だな」

 「はい」

 亜紀ちゃんの精神に動揺はない。

 安心した。


 「後で聖に電話させてくれ」

 「分かりました」



 



 今晩はもう他の襲撃はないだろう。

 念のために御堂に電話した。


 「そっちに変わりはないか?」

 『うん、石神に言われた通り、全員にネックレスを渡しているけど、何もないよ』

 「そうか。一応しばらく気を付けてくれ。何かあれば「飛んで」行くからな」

 『ありがとう。ああ、そういえば、少し前に一瞬庭が光った気がした。見たけど何もないよ』


 「ん? そうか。遅い時間に悪かった」

 『とんでもない。わざわざありがとう』


 気にはなったが、襲撃者が来たら何もしていないわけがない。

 「α」を身に着けていれば、御堂のスマホも「轟雷」などの影響は受けない。

 いつでも俺に連絡が出来る。


 聖から電話が来た。

 俺は場所を告げ、タクシーで来いと言った。


 「お前、日本語で話せよ!」

 「俺のことをバカだと思ってるだろう!」

 「そうだ!」

 「ぶちのめすぞ、てめぇ!」

 「やってみろ!」

 俺は電話を切り、振り向いた。


 「六花、出るぞ」

 「はい」


 六花は毛布にくるんだ「響子」を抱いて、俺に付いて来る。



 



 ハマーに乗り、新宿中央公園へ向かった。

 そこで本隊を迎え撃つ。

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