第295話 顕さんの別荘 Ⅳ
翌朝、顕さんをJRの駅まで送って行った。
「石神くん、本当にありがとう」
「いいえ」
俺はあの後、顕さんの状態を詳しく聞いた。
胃に悪性腫瘍があると言われ、顕さんはすぐに治療をしないことを決めたそうだ。
1年前にもなるらしい。
運が良ければ、まだ転移もしないでガンは胃に留まっている。
そうであれば、手術も容易い。
双子の話を聞いて、俺はそうではないかと感じた。
そうでなくても、あらゆる手段でやる決意もあった。
「それにしても、新宿のあの店に奈津江と行ったんだな」
「まあ、俺たちにはまだ早かったですけどね」
「懐かしいなぁ。また行きたいなぁ」
俺はその店が既にないことを伝えた。
「そうか」
顕さんは残念そうだった。
「でも、また飲みに行きましょうよ。うちにもまた来てくださいね」
「うん。そうだね。俺にもまだ幸せがありそうだ」
顕さんが朗らかに笑った。
双子が見たという奈津江の話が一番嬉しかっただろう。
「それにしても、あのガラスの屋上は素晴らしかったな」
「今度はゆっくりしていって下さいよ」
「うん、それも楽しみだ」
「奈津江にも見せたかったなぁ」
「多分、見てるんじゃないですか?」
「それもそうだな!」
俺たちは笑った。
「じゃあ、本当にありがとう」
「東京に戻ったら連絡しますからね」
「うん。石神くんにすべてお任せするよ」
顕さんをホームまで見送り、俺は別荘に戻った。
最高の気分だった。
「「「「お帰りなさい!」」」」
子どもたちが出迎えてくれる。
俺は双子を抱き締めた。
「お前たちのお陰で、顕さんはすごく喜んでくださったぞ」
「「うん!」」
「よし! 今晩は好きなものを喰わせてやる! 何が食べたい?」
「「ステーキ!」」
「ああ、いいぞ。何枚食べる?」
「うーん、一杯」
俺は笑って双子の頭を撫でた。
「じゃあ、一杯買ってきてやる。皇紀、買い物に行くぞ!」
「はい!」
俺はあのスーパーでステーキ肉を買い占めた。
20キロくらいあった。
「石神様、いつもいつもありがとうございます」
店長がまた挨拶に来た。
「いいえ、今日はお祝いで」
「そうでしたか。じゃあ、こちらもお持ちください」
鯛を一尾もらった。
礼を言い、別荘に戻った。
鯛は双子専用に焼き、昨日のバーベキューセットで俺が目の前で次々と双子のために焼いた。
亜紀ちゃんと皇紀は、自分で好きなようにやらせる。
喰い放題なので、文句も出ない。
「おい、お前らが見た女の人って、キレイだったか」
「うん。とっても綺麗な人だったよ!」
「髪がこのくらいで、目が大きいの」
「服はねぇ、白いワンピース!」
「背はねぇ」
双子が次々と教えてくれた。
奈津江だった。
あの、俺の、顕さんの、奈津江に間違いなかった。
「おい、どんどん喰えよ! たっぷり買ってきたからなぁ。ああ、タレも変えて見ろよ、このワサビもいいぞ」
俺は嬉しくて、嬉しくて、双子にどんどん勧めた。
20キロが消えた。
夜は、話はナシで、みんなでトランプをやる。
昨日の話を留めておきたかった。
幻想的な雰囲気でのトランプも、また良かった。
子どもたちに先に寝ろと言い、俺は下からワイルドターキーを持って来て、独りで飲んだ。
亜紀ちゃんが上がってきた。
「なんだよ、寝ろと言っただろう」
「すいません。私ももうちょっといたくて」
俺は笑って飲み物を持って来いと言い、椅子を勧めた。
「奈津江さんのお話、悲しいけどいいお話でしたね」
「そうか」
二人でしばらく黙って、雰囲気を味わう。
「二十年かかったな」
「え?」
「奈津江の話ができるようになるまで、さ」
「ああ」
「俺にとっても、顕さんにとっても、本当に掛け替えのない存在だったからな」
「はい」
俺は、亜紀ちゃんに顕さんがガンであることを話した。
「そうだったんですか」
「ああ。顕さんは死にたかったんだよ。気持ちは分かるけどな。アベルさんのときは、そのまま希望通りにした。でも今回は止めてしまった」
「はい」
亜紀ちゃんはマグカップのミルクを少し含んだ。
「奈津江が望んでいることだからな。お互い、生きるのは辛いけど、しょうがねぇ。のたうち回ってでも生きるさ」
「生きて下さいね」
「そうだな」
「絶対ですよ」
「分かってるよ。お前らもいるしな」
「じゃあ、ご褒美に一オッパイ、いいですよ」
亜紀ちゃんが笑って言う。
「バカを言うな」
「あ、いいんですか?」
「いいよ!」
俺も笑って言った。
「あの、最近牛乳をよく飲んでるんです」
「そういえばそうだな」
「ほら、双子が言ってたじゃないですか! 栞さんが牛乳がいいって言ってたって」
「ああ」
「一オッパイの単価を上げますから!」
俺たちは声を出して笑った。
ここは、本当に素敵な場所だと思った。
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