第287話 響子、麻布へ
土曜日。
俺はドゥカティで病院へ行った。
真っ赤なライダースーツで見舞客用の通用口から入ると、一瞬警備の人間が驚いた。
俺が手を挙げて挨拶すると、すぐに気づいてくれ、頭をさげてきた。
俺のライダースーツの背には、金糸で太い毛筆体で「六根清浄」と刺繍してある。
六花も同じ字体で、銀糸で刺繍してあった。
俺は同じ金糸でやろうと言ったのだが、六花は、これでいいと言った。
刺繍は六花が手配しようとしたが、結局、俺の後輩がやっている洋品店に任せた。
暴走族時代の後輩だ。
「トラさん。またこういうの着るんですね!」
後輩の武市は喜んで引き受けてくれ、見事な刺繍を施してくれた。
やっぱり、「分かっている」奴に頼んで本当に良かった。
六花は既に来ていて、響子を真っ赤な特攻服に着替えさせている最中だった。
「おはよう、響子!」
「タカトラのエッチー!」
下着姿の響子が、特攻服を着るところだった。
何もねぇくせに、胸を腕で隠す。
「何言ってんだ。何度も一緒にお風呂に入っただろう!」
「だーめーでーすー! あうとですー」
「あ?」
六花がクスクス笑っている。
「なんだとー! じゃあ、俺が全部脱がせてやるー」
俺はいやらしく笑いながら、響子に迫る。
「すっぽんぽんだぁー!」
響子は下着のまま逃げて喜んだ。
響子は走れるようになっていた。
捕まえた俺は、響子のパンツを腿まで降ろす。
「やめてぇー!」
カワイイお尻に頬ずりをした。
響子は笑って俺の頭を叩いていた。
「TAKATORA! Don't be silly!(ふざけるな!)」
怒号が聞こえた。
アビゲイルが立っていた。
興奮して顔が真っ赤になって、右手を振り上げている。
六花が硬直し、深く頭を下げた。
「グランパ!」
響子が嬉しそうに向き、アビゲイルは駆け寄った。
「おい! お前はいつもキョーコにこんなことをしてるのか」
「はい」
「うん、そうだよ?」
響子が笑顔でそう言い、アビゲイルも振り上げた手を降ろし、響子にパンツを履かせた。
「まあ、いい。あんまり驚かせるな」
アビゲイルは六花に響子を預ける。
六花は手早く特攻服を着せた。
お尻をポンポンされ、響子が喜んだ。
俺は響子に関して、大概のことをアビゲイルにいちいち報告している。
俺の家に呼ぶときはもちろん、どこかへ連れ出すときには必ず話している。
基本的に、アビゲイルは了承するばかりか、歓迎してくれる。
響子が喜ぶことを、アビゲイルも喜んでくれた。
俺や六花以外に、響子を外へ連れ出せる人間もいない。
いつも、「感謝する」と言っていた。
今日は、麻布にバイクで連れて行くと言ってある。
そうしたところ、アビゲイルが見送りに来たいと言ってきた。
俺は断る理由もなく、分かったと言った。
別にバイクに乗せることが心配なのではないだろう。
ならば、こないだ話していたあの件か。
アビゲイルは響子を抱きかかえ、駐車場まで歩いた。
英語でずっとおしゃべりしていた。
終始、ニコニコしていた。
俺はドゥカティにクッションを取り付けていた。
響子を前に座らせるためだ。
アビゲイルは響子をそのクッションの上に乗せてくれる。
俺も跨り、響子にヘルメットを被せ、ハーネスで響子と自分を固定する。
「じゃあ、宜しく頼む」
「ああ、行ってくる」
「アルがくるぞ」
「分かった」
短い遣り取りだった。
「じゃあ、キョーコ! 楽しんで来いよ!」
響子が後ろを向き、アビゲイルに手を振った。
いつもよりもゆっくりと走った。
それでも、車とはGが違う。
少しだけ心配したが、響子は楽しんでいた。
風を感じている。
ハーネスはきちんと俺と響子を結んで固定している。
「六花、少しスピードを出すぞ」
横で六花が手を上げ、親指を立てた。
加速する。
響子が喜ぶ。
先ほど俺たちを追い抜いて行った、国産車のワゴンを抜く。
女性二人が窓を開け、手を振ってきた。
俺たちも手を振る。
バックミラーに、スマホをかざしている様子が写った。
また一江にイヤミを言われる。
麻布の店にはすぐに着いた。
ドアを開け、俺たちが店内に入ると、大歓迎された。
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