第288話 響子、麻布へ Ⅱ
「いらっしゃいませ!」
いつもの女性店員が深々とお辞儀をしてきた。
俺たちはいつもの窓際のいい席に案内された。
態のいい看板だ。
店長が挨拶に来る。
「石神様、先日は誠に申し訳ないことを」
一江は店の監視カメラの映像が投稿サイトに上がっていたことで、店にクレームを入れた。
客のプライバシーを侵害したことに対して、巨額の賠償請求を提示した。
俺が港区の大病院の重役であることを示し、その請求の正当性を訴えた。
必死に謝罪を申し込んできた店に対し、俺は水に流すと言った。
そして、店の宣伝に俺たちの写真を使うことを許可し、但し投稿サイトの動画は引き下げてもらった。
オーナーは大層喜び、今後の飲食はすべて無料にすると言ってきた。
俺はそれでは店に行きにくいので、別な提案をした。
それは直ちに受け入れられた。
「もういいんですよ。ほら、他のお客さんも驚いていますから。ああ、いつものサルサ・バーガーを俺は二つ、六花はどうすんだ?」
「四つ!」
「四つ!」
響子も六花の真似をする。
「いや、この子はお話ししたものを一つで」
苦笑しながら、俺が訂正した。
飲み物もそれぞれ注文した。
「かしこまりました」
店長は微笑んで離れた。
「ここはな、六花とよく来る店なんだ」
俺は響子にそう言った。
「そーなんだ」
響子は店内を見渡す。
外に出ることの少ない響子には、何もかもが新鮮だ。
「あ、タカトラと六花だ!」
響子がテイクアウトのカウンターの奥の壁を指さした。
楽しそうに笑っている、俺と六花のでかいポスターがあった。
六花が、眩しいくらいに美しく笑っていた。
「おい、なんだアレは?」
「さあ、知りません」
俺は確かに「宣伝に使っていい」と言った。
しかし、それは公式HPなどでのつもりでいた。
客が勝手にアップしている動画はまだ消えていない。
公式HPに客が投降するコメントも自由だ。
それらと連動してあのポスターは、謎のライダーカップルが訪れる店、という宣伝効果を狙っている。
やり手のオーナーだ。
客たちが、響子の指摘に気づき、俺たちに注目する。
ハンバーガーが届いた。
「あっ!」
響子が叫んだ。
俺たちのハンバーガーのバンズに、「六根清浄」と焼き印が押してある。
響子の小さなバンズには、それに「To Sweet KYOKO(愛しの響子へ)TAKATORA&RICCA」とある。
「これ!」
響子が俺たちを見る。
俺と六花はニコニコして響子を見ていた。
「すごーーい!」
響子は喜んでくれた。
「これは超常連の俺たちだけのサービスだからな」
「そうそう。それとお店の人がカワイイ響子のために、追加でやってくれたんです」
「ありがとー!」
響子は店の人に向かって叫んだ。
店長たちがニコニコして手を振る。
「私がタカトラのヨメの響子です!」
余計なことも言う。
店内で笑いが起きる。
俺たちはありがたくいただいた。
三人で手を合わせて「いただきます!」と言うと、店内の客が拍手してくれた。
響子は上機嫌でハンバーガーをすべて食べ、飲み物を飲んだ。
俺が口の周りの脂を拭ってやる。
六花は夢中でまだ食べている。
店長が来た。
「こちらは、「超常連」の皆様へのサービスです」
小さなアイスクリームを置く。
ここに俺たちが来ることを強調して去って行った。
響子は基本的に冷たいものはダメだが、まあこのくらいならばいいだろう。
念のため、温かいココアを頼む。
「響子、バイクはどうだった?」
「うん、楽しかったよ」
「怖くなかったか?」
「全然大丈夫」
六花は四つ目のハンバーガーに苦戦していた。
「おかしいです。こないだは平気だったのに」
「元々四つも喰う奴がおかしいんだ。持ち帰りにしてもらうか?」
「いえ、少し休めば」
そう言って、アイスクリームを食べ始めた。
「響子、お前が男だったとして、大食いの彼女ってどうよ?」
「え、六花は綺麗だからおーけー」
「それもそうだな」
俺たちは笑った。
六花は恥ずかしそうに俺を見ている。
「ゆっくり喰えよ。俺はずっと待ってるぞ」
六花は嬉しそうな顔をして、再挑戦した。
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