第78話 大晦日
「一江先生! もっと小さく切って!」
「亜紀ちゃん! そろそろ冷蔵庫から黒豆を出してきてください」
「大森先生! 先に昆布を上げてください」
怒号が飛んでいる。
何のことはねぇ。
一江は自分が総指揮だの言っていたが、始まってしまえば峰岸の独壇場だった。
流石に料亭の娘で、一通りの料理は高レベルで習得している。
峰岸は165センチほどの身長で、スリムな体型をしている。
食べることが趣味らしいが、仕事が激務なので、なかなか太れないと言っていた。
長い髪を、普段は団子にまとめている。
今日は後ろで縛ってポニーテールにしていた。
なかなかの美人だ。
うちにも一度来たことがあるが、その時は彼女は料理の出番がなかった。
ケータリングだったからだ。
仕込が一段落し、午後三時を回った。
一旦休憩となった。
「亜紀ちゃん、疲れたでしょう」
一江が声をかける。
自分が余計なことを言ったという責任感からだろうが、亜紀ちゃんは一緒にやって覚えたいと言った。
「はい、おせち料理って、大変なんですね」
峰岸が言う。
「こういうのはね、どこまでも行っちゃうのよ。凝ろうと思えば、本当に大変になるの」
「なるほど」
「今回は石神先生の家だから、結構本格的に作ろうとしてるのね。大変だけど、覚えればいろいろな料理にも使えるものだから、頑張ってみるといいよ」
「はい、頑張ります!」
俺からの指示は、亜紀ちゃんの家で作っていたものは作ること。
事前に俺が亜紀ちゃんに、お母さんが作っていたものを聞いて、それは伝えてある。
まあ、家庭で主婦がやっていたものだから、それほどのものはなかった。
手間がかかるのは、黒豆くらいか。
あとは峰岸が中心になってメニューを決めたらしい。
必要な食材は、俺がすべて用意した。
それくらいはしなきゃ申し訳がない。
重箱はうちに無かったので、峰岸が実家から送ってもらってくれた。
料亭のでかいものが二十。
俺はそれとは別に、五段の結構いいものを買った。
門松は、便利屋が愛知の造園でなんとか無理を言って譲ってもらった。
30日には届けるということで、ギリギリ間に合った
設置は便利屋に頼む。
普段は俺の意向で、子どもたちはリヴィングの大きなテーブルで勉強をしている。
四人で集中してやった結果、全員が学年トップの成績を修めた。
双子は同列トップ。皇紀は二位。亜紀ちゃんはトップだった。
本来小学生は順位を発表しないが、俺が担任の先生にかけあって教えてもらった。
いいペースで進んでいたので、30日は作業なし。
31日に、再び作り、夕方には完成した。
俺は三人に礼を言い、10万ずつ包んで渡した。
恐縮していたが、無理に受け取らせる。
元旦に、遊びに来るように言うと
「いえ、元旦くらいは家族でゆっくりしてください」
と一江に言われる。
確かにその通りなのだが
「元旦を過ぎると、おせちはもうねぇぞ、きっと」
うちの子たちの食欲を知らねぇからなぁ。
では、元旦に、ということになった。
大晦日に、俺は響子の体調を確認の上で家に連れてきた。
六花も一緒だ。
アメリカでは祝いをすることはあっても、日本のように特別な認識はない。
響子もいつも通りでも良かったのだが、折角日本にいるのだから、日本的な行事に触れさせるのもいいだろうと思ったのだ。
響子は少しずつ体力を取り戻していった。
まだまだ普通の生活はできないが、起きている時間が少し増えた。
夕飯はベーコン巻きハンバーグとリゾットを作る。
子どもたちは双子が300グラム、皇紀と亜紀ちゃんは500グラム。
これはうちでは少なめだ。リゾットも驚くほどには作らない。
響子は50グラムだ。ベーコンは巻かない。代わりに湯葉を巻いた。
「食べられそうなら、でいいからな」
響子はうなずく。
響子はハンバーグを半分食べ、リゾットを小さなカップソーサーで完食した。
六花は500グラムのハンバーグを食べ、リゾットもお代わりする。
「石神先生、こんな美味しいものは食べたことがありません!」
「お前、この後蕎麦も茹でるんだから、食べ過ぎるなよ」
「はい!」
「亜紀ちゃん、おせち作りはどうだったよ」
俺は少し疲れの見える亜紀ちゃんに声をかける。
「思った以上に大変でした。でも、なんとか間に合って、今は嬉しい思いで一杯です」
「そうか」
亜紀ちゃんは妹たちから、がんばったね、すごいよね、と声をかけられ、嬉しそうだった。
街は静かで、ここは温かい。
俺は久しぶりに、日本の年末を味わっていた。
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