第77話 正月準備

 うっかりしていた。


 「タカさん、おはようございます」

 「ああ、亜紀ちゃん、おはよう」


 俺は亜紀ちゃんと一緒に朝食の準備をする。

 俺は九時すぎに家を出れば余裕なのだが、子どもたちは8時頃に出なければならない。

 そういうことで、俺は7時には起きて、朝食の準備をしている。

 ただ、もう子どもたちは冬休みに入っているので、多少ゆっくりと起床している。

 朝食の席で、亜紀ちゃんが何気なく言った。


 「クリスマスも終わって、もう年末ですねぇ」

 「!」


 俺は味噌汁を噴きそうになった。

 うっかりしていた。

 クリスマスの準備で気を取られていたが、年末年始があるじゃねぇか。


 俺はずっと独り身だったから、行事などはまったく関係ない。

 クリスマスだって、別段なにもしなかった。

 いつも通り、独りでいつものように好きなものを食っていただけだ。

 自宅をイルミネーションで飾った家を見ると、

 「アホ丸出しだな」

 とうんざりした。


 今回のツリーはレンタルで借りたものだから、既に片付いている。

 飾りつけは購入したので、子どもたちがワイワイやりながら収納した。


 正月かぁ。

 どうするかなぁ。

 門松って、まだ間に合うのか?




 俺は便利屋に連絡し、門松の手配を頼む。

 「え、今からでしょうか?」

 便利屋も困惑しているようだ。

 「ああ、悪いんだけど、手配してみてくれねぇか」


 近所では、12月に入ると門松の注文を受け付ける集合所があった。

 臨時に用意された倉庫で、職人が注文分の門松を作る。

 しかし、もう既に注文は打ち切っていて、追加は受け付けないようだ。

 まあ、そちらは便利屋に頼むとして、手に入らなければ仕方がない。

 来年は気をつけよう。


 問題はアレだ。




 「亜紀ちゃん、正月はおせちなんか食べてたか?」

 「あ、はい。毎年母が頑張っておせちと雑煮を作ってくれました。あ、いいえ! 別におせちなんかなくても」

 亜紀ちゃんが慌てて言い直す。

 そうか、じゃあ絶対必要だな。

 まだどこかの店で、文はギリギリ間に合うのかもしれないけど、ここはやっぱり手作りだよなぁ。

 俺は料理は好きだが、おせち料理はさっぱりだった。

 あまり好きではないからだ。

 雑煮も、餅自体が好きでもないので、全然分からない。

 まあ、雑煮程度ならなんとかなるかもしれないが。


 便利屋にまた電話する。

 「お前、もしかしておせち料理だけは得意とかってことあるか?」

 「いえ、まったく、これっぽっちも」

 俺は電話を叩き切る。

 全然便利じゃねぇ。




 山中の姉の咲子さんならば、と思うが、流石に自分の家で精一杯だろう。

 栞は年末は実家へ帰ると言っていた。

 あの古流武術の家だ。

 特別な催しもあるんだろう。


 緑子は話にならねぇ。あいつは料理自体が全滅だ。

 喰うことにはちょっとうるさいが。


 俺は知り合いの伝を辿ろうかとも思ったが、何しろ年末年始だ。

 みんな、それなりの予定があるに決まっている。


 ヒマを持て余している人間。


 仕方ねぇ、あいつらに聞いてみるか。





 「部長、是非、お任せください!」

 一江は薄い胸を叩き、若干咳き込んだ。


 「おい、無理するなよ。もしもヒマだったらということで、お前ら田舎にも帰ったりするだろう」

 「はい、当直、帰省の人間を除き、参加できる人間を募ります」

 「いや、募らなくていいんだよ。誰か正月料理が作れる人が何人かいれば」

 「大丈夫です。以前のような大人数で押しかけることはしません」

 「そうか、ありがとう。じゃあ人選は任せる。ああ、料理を作って、別に正月は来なくていいからな」

 「部長ぅー、それはあんまりですぅー!」





 12月29日。

 病院は365日もちろん稼動しているのだが、一応休日もあれば、年末年始の休みもある。

 だから救急以外は、比較的落ち着いている。

 だから部の納会をし、毎年28日を以て、一旦は休日となるのだ。

 もちろん救急対応のために交代で当直、宿直もあれば、入院患者の対応も行なわれている。

 一江はうちの部署ばかりではなく、他部署やナースたちにも応募、面接(?)を済ませ、精鋭3人を選出してきた。

 一江(総指揮)、大森(意外と料理が上手い)、オペ看の峰岸(実家が料亭)。

 峰岸は第一外科のオペでよく一緒になるので、よく知っている。

 俺のお気に入りのベテラン看護師だ。


 「他にも希望者が多数応募しましたが、この三名に絞りました」

 「お前って必要なの?」

 「な、何をおっしゃいます! どこのレストランでも味を監修する総シェフや料理長、板長がいるじゃないですか!」

 「でも、そういう人って料理の達人だよな」


 一江は俺の問いに答えない。

 もう決まったことで動かせないと言いたいのだろう。

 まあ、世話になったことだし、いいか。


 「ところでもう一度念のために確認するけど、お前ら本当に予定はなかったのか?」

 「はい。私と大森は毎年、二人で昼間から飲んでいるだけですし、峰岸は実家へ帰るとかえって地獄だとかで」

 ああ、料亭は忙しいだろうからなぁ。


 「私と大森は年末年始の当直宿直は一切ありません。峰岸は30日が当直らしいですが、それ以外は空いています」

 「そうか、じゃあ宜しく頼む」

 「はい、お任せください!」




 そうして、この初日、12月29日に三人が家にやってきた。

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