第79話 前を洗うと言うので髪を洗う

 俺は響子と風呂に入っていた。

 脱衣所には、六花がいる。

 もうあいつを何とかするのを、ちょっと諦めかけている。


 「部長の下着」

 「なんだよ」

 「触ってもいいですか?」


 一応俺に聞いてくるから、まだいい。

 こいつは隠れて何かをやる、ということがない。

 その超感覚は別として、ちゃんと相手に確認するのだから、信頼できることは確かだ。

 もちろん、その「超感覚」が問題すぎなのだが。


 「まさか、響子にエロをしかけてねぇだろうなぁ!」

 俺が前に確認すると、一切していないと言う。

 「常識的に、するわけないじゃないですか」

 「ちょっと殴っていいか?」

 「お好きなだけどうぞ」

 「……」


 「でも、お前の部屋には百合とかショタのものも多かったじゃねぇか」

 「はい」

 「響子はなんでエロの対象にしねぇんだ?」

 「響子は私の大事な患者です」

 「……」


 ものすごい正論だが、何か頭に来る。

 やはりこいつの感覚は分からねぇ。





 「タカトラもすごい傷だよね」

 響子は湯船から、俺が洗うのを見て言う。

 「すごいだろう?」

 「うん。私より多い?」

 「そうかもな」


 「俺の身体は気持ち悪いか?」

 「ぜんぜん」

 「そうか」

 「うん、タカトラだもん」

 「アハハハ」


 俺は湯船に足を入れる。

 響子は俺の前に回り、俺が浸かると足の上に乗ってくる。


 「私の身体も気持ち悪くない?」

 「ぜんぜん」

 「ほんとに?」

 「だって響子だからな」

 「エヘヘヘ」


 響子が嬉しそうに笑う。


 「人間は生きてりゃ、傷だってつくこともあるよ」

 「うん」

 「傷なんて、どうでもいいんだ。見た目なんてな」

 「うん」

 「響子の肌は真っ白だけど、黒い人だっているし、ピンクの水玉人だっている」

 「うそだぁー!」

 「でも、ピンクの水玉人だって、それでいいんだよ」

 「うふふ」


 「人間はなぁ、魂よ!」

 「魂よ!」


 響子が俺に続く。


 「魂がきれいなら、それでいいんだよ。それだけが人間の価値よな」

 「うん」


 「ねぇタカトラ」

 「なんだ」

 「でも六花はキレイだよねぇ」

 「そうだよな」

 「あんなキレイな人って見たことが無い」

 「俺もそうだよ」


 突然浴室のドアが開いた。

 俺たちが見ると、そこには裸の六花がいた。

 タイミング的に、こいつ、既に脱いでいやがった。


 「また、お前は何でいつも入ってくんだよ!」

 「いえ、呼ばれた気がしたので」

 「呼んでねぇよ!」


 六花は一礼して、身体を洗いだす。


 「お前! 何やってんだ!」

 「いえ、一緒に入って石神先生の背中でも流そうかと」

 「もう洗ったよ!」

 何か、いつの間にか六花のペースになっている気がする。


 「では前の方を」

 「ふざけんな!」


 響子が声を出して笑った。


 「おい」

 「はい」

 「髪を洗ってやるよ」

 六花は俺の方を見る。

 「なんだよ」

 「いえ、お願いします」


 俺は響子を湯船から出し、冷えたらまた入るように言う。

 俺が六花の髪を洗っているのを、じっと見ている。


 「六花、泣いてるの?」

 響子が言った。


 「はい、嬉しくて」


 髪を洗い流し、俺たちは三人で湯船に浸かった。




 六花はずっと黙ったままだった。




 子どもたちにも風呂に入るように言い、俺は蕎麦を茹で始めた。

 六花はソファで響子と一緒にテレビを観ている。

 響子は昼間にいつもより長く寝ているので、今日はまだ起きていられる。

 俺は天ぷらを揚げ、薬味を準備する。

 子どもたちが全員風呂から上がったところで、丁度出来上がった。


 いつものコタツに山盛りの蕎麦と天ぷらを用意した。

 子どもたちはいつものように、ワイワイと食べ始める。

 テレビをつけ、紅白が画面に流れる。

 あまり知らない歌手たちが、何か歌っている。

 子どもたちは、テレビを観ながら、また夢中で食べていく。


 蕎麦がたちまち無くなり、テンプラもカスしかねぇ。


 俺は子どもたちの食欲のコントロールを少しばかり勉強している。

 こいつらは、出せばなんでも一気に喰う。

 だから、小出しにしてやると、それである程度満足することを覚えた。


 「食欲中枢がぶっ壊れてるのか」

 と思うほど勢いよく食べるのだが、間を置くとある程度は落ち着くのを発見したのだ。


 それは、各自の皿に盛った場合、それで満足することが多いからだ。

 米はそれなりに食べるが、鍋のような異常はない。

 何がそうさせるのか、まだ謎だが。

 俺が次の蕎麦を出すと、また食べ始める。

 だが、ペースは明らかに落ちている。


 響子は蕎麦を小さな椀に一杯と、エビ天を半分ほど食べて終わった。

 まあ、それくらいがいいだろう。


 六花はさぞまた喰うのかと思っていたが、意外に普通に終わった。

 ちょっとボウっとしている。

 紅白が終わる前に、俺は響子をベッドに寝かせ、子どもたちも紅白の終わりとともに部屋へ戻った。


 除夜の鐘が響く。


 六花はまだコタツで座っていた。




 「おい、どうした」

 俺が声をかけると、ハッとなり俺を見る。


 「すいません、まったりしてしまって」

 「別にいいよ」

 俺は笑って言う。


 「なんだ、考え事か」

 「いえ。ちょっと子どもの頃を思い出してました」

 「……」

 「小学生の頃ですが、響子と同じくらいでしょうか」

 「うん」


 「お風呂で、よく母親に髪を洗ってもらっていました」

 「そうか」


 「先ほど、石神先生が私の髪を洗ってくださり、それを久しぶりに思い出しました」

 「ああ」


 俺は一緒にコタツに入った。


 「お前が寂しそうだったからな」

 「え?」

 「そう見えたんだよ」

 「そうですか」

 「そうだよ」


 「あのなぁ」

 「はい」


 「もう、お前は独りじゃないんだぞ」


 「……」


 「俺がいるし、響子もそうだ。俺の子どもたちもお前のことが大好きだし、病院でも仲間がちゃんといる、そうだろう」

 「はい」


 「院長も、お前のことをずい分と買ってる」

 「え、そうなんですか?」

 「おう。あれは類人猿だけどなぁ、人を見る目はちゃんとあるんだよ」

 「アハハ」


 「それなのに、お前は寂しそうな顔をしやがる」

 「……」


 「まあ、お前らしいけどな。だからおっかなびっくり、俺について来いよ」

 「ありがとうございます」













 六花はまた涙を零した。

 泣いても六花は美しい。

 しかい、俺の胸を締め付ける。

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