第75話 ゲインの家に入った最初の警官は……

 俺は先に響子と六花をベンツで送った。

 病院で響子を降ろし、六花とベッドまで連れて寝かせる。

 当直の看護師に顔を出し、俺たちは六花の家に向かった。


 「響子は大丈夫そうですね」

 「ああ、良かったよ。まあ、明日あたりちょっと熱は出るだろうけどなぁ」

 「はい」

 「熱を出すのは心配だろうけど、悪いことじゃないんだ。まだ体力があって、免疫機構を高めようとしているわけだからな。まあ、熱を出せば消耗もするんで、もちろん良いばかりではないけど」


 六花は、渋谷の小さなワンルームに住んでいる。

 狭い部屋なのに、立地上、家賃は高い。

 青山や表参道などよりは多少安いので、渋谷、ということに決めたようだ。


 俺の家は中野だし、他にも都心でももっと安い地域は幾らでもある。目黒方面もそうだ。実際、そちら方面から日比谷線で通勤している者も多い。

 しかし、六花はいかに病院へ短時間で来られるかを優先して選んだ。

 もちろん、響子のためだ。


 「ところで、そのバーバリーのコート、よく似合ってるぞ」

 「は、いえ、ありがとうございます」


 「お前、それ今日のために買ったんだろう」

 「はい、自分は全然いい服なんか持ってませんので、石神先生のお宅へ伺うのに困ってしまい」


 俺は笑った。


 「バカだなぁ。そんなの全然気にすること無いのに」

 「あ、それと、今後響子を外へ連れて行くこともあるかもしれないと思い、あまり酷い恰好だとまずいかと」


 六花は、もちろんある程度の響子の家のことを知っている。


 「その通りなんだ」

 「え?、はい」

 「近いうちに、アビゲイルから連絡がいくはずだよ。響子の専任看護師で、非常によくやってくれているお前。響子からも大絶賛されているお前に感謝すると言っててな」

 「はあ」


 「こないだ、響子の買い物に一緒だったじゃないか。会話はできなかったけど、アビゲイルはお前のことをずい分と褒めていたぞ。響子のために非常に親身になって世話をしてくれているってな」

 「そうなんですか」

 「それ以外にも、響子のためにお前が必要なことが分かったから。お前の状況、環境を整えなければならないっていうことになった」

 「はい、どういうことですか?」


 「今後、響子について回るであろうお前のために、必要な服装を購入するってさ。そのコートの代金も、だからアビゲイルからもらうはずだし、それどこじゃない。お前の服を一式揃えた上で、これからお前が何かを購入するために必要な資金を預けることになってる。恐らく最初だけでも数千万円単位でそのための金が動くぞ」


 「ええぇー!」


 「それとな。今のマンションは年明けには遅くとも動くことになるぞ。今、アビゲイルが俺の友人の不動産屋を使って、物件を探している。多分病院から徒歩圏内だ。4LDKくらいの部屋にはなると思うよ。服などで多くの容積が必要だからな」


 「なんでぇー!」


 「お前なぁ、相手は世界最大の富豪だぞ。覚悟しておけよな」

 「石神せんせい、助けてください」


 俺は声を出して笑った。


 「まあ、もちろんカワイイお前のためだ。俺も精一杯協力するよ」

 「おねがいします、身体は好きにしていいですからぁ」


 俺は右手でこめかみを殴る。


 「一つだけ忘れなきゃいいんだよ。すべては響子のためだからな」

 こめかみを押さえながら、六花はうなずく。


 「お前はどんなに金を得ても、ねぇだろうが地位を得ても、お前はお前だ。何も怖がることはねぇ」

 「はい!」

 「まあ、お前もそうなったんだから、金の使い方を覚えろ。俺がちゃんと教えてやる」

 「お願いします」





 多額の金が六花に渡されることは、院長も承認している。

 「あいつなら大丈夫だろうが、お前がしっかり見ててやれ」

 と言われた。

 もちろん、そのつもりだ。


 俺は六花の家の近くになり、ちょっと興味が出て

 「おい、ちょっとお前の部屋に上がっていいか?」

 そう尋ねた。

 今後の生活の激変もあるし、一度現状を見ておきたかったのだ。


 「はい、是非」


 俺は近くの駐車場に車を入れ、六花のマンションへ向かった。

 3階でエレベーターを降り、六花の部屋に着く。

 ちょっと片づけで待たされるかと思ったが、六花はすぐに俺を中へ入れてくれた。

 異性を部屋に入れるのは、男女共に少しは考えるものだ。

 結構整理されているのか。




 恐ろしい部屋だった。




 6畳の小さな部屋に、狭いキッチンがある。

 女性なので、室内に洗濯物を干しているのはまだいい。

 ロープには幾つもの洗濯物や下着がロープに干されている。

 それは本来は片付けて見せないものだろうが。


 しかし、問題はそれどころではなかった。






 部屋にはあちこちにうず高くエロ本が積み上げられている。

 棚にはエロマンガ。

 こちらは整理されていて、普通のものも多いが、他にも百合、BL、SM、ロリ、オネショタ、レイプ、など、角度は入っているものの、ジャンル別に整頓され並べられていた。

 一角は高価な「うすい本」がぎっしりと詰まっていた。






 お前! どうして俺を入れた!






 絶句している俺に、六花は


 「コタツですいません」

 と、俺を座らせる。

 まったく恥ずかしがらないし、悪びれることもねぇ。


 俺は、何を話していいのか困惑していた。


 コーヒーが出された。

 「インスタントで申し訳ありません」


 少しの間、俺たちは無言でコーヒーをすする。

 味がまったく分からん。


 「あのよ」

 「はい」

 「テレビは無いんだな」


 俺は見当違いな話題を振る。


 「はい。テレビがあると、私の給料が消えてしまうので」

 意味が分からん。


 ああ、映像ソフトまで買い漁るってことか。

 エロの。

 時間を置いて、俺は察した。


 「あのよ」

 「はい」


 「お前さ、エロが大好きなんだな」

 「はい、その通りですが?」


 見れば分かりますよね、みたいに言うな!


 「あのよ」

 「はい」


 「アビゲイルとその関係者には絶対にエロは見せるなよ!」

 「はい? ああ、分かりました」

 「来週の休みまでに、エロ本などは全部梱包し、『看護資料』ってマジックで書いておけ!」

 「はい、分かりました」


 よく見ると、デスクの上と周辺には、膨大な看護学の本や医学書、薬学、介護の本などが積み上がっていた。

 恐らく、響子のために自分でも勉強しているのだろう。


 「ああ、デスク周りの本なんかは出しておいていいぞ」

 「でも、そうすると『看護資料』が梱包されていることと矛盾しませんか?」

 「いいんだよ! 引越し寸前まで勉強してたってことになるだろう」


 「はあ」






 俺は気になって確認した。


 「バイブなんかもあるのか?」

 「いえ、でも石神先生が使われるのなら買っておきます」

 「そういう意味じゃねぇよ!」

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